方法その4 埋却

うるさい犬に黙れと言うことは出来ても、実際に黙らせることは出来ない。

毒殺と撲殺と咬殺、そして迷子作戦は失敗した。

不本意だが、埋却することにした。


死亡した動物を勝手に埋めることは廃棄物処理法に抵触する※1が、廃棄物処理法よりも優先される法律がいくつかある。

ここで目をつけたのが、家畜伝染病予防法である。

家畜伝染病予防法に定められた病気の動物は、殺処分の後に埋却、焼却等の方法で死体を処理することが義務づけられている。※2

このため、家畜伝染病予防法及び施行規則、マニュアル等を熟読すれば動物の死体を埋却するにあたってのノウハウが得られる。


家畜伝染病予防のためには、長さ4m、幅4m、長さ50mの埋却溝を複数掘るとされている。

ただしこれは何百頭もの牛を埋却する場合であって、犬を埋めるには幅4mと長さ50mは不要であろう。

また、死亡した牛ならば深さ4mあれば良いかもしれないが、生きている犬を埋めるのであるから4mにこだわることなく飛び出してしまわないだけの深さが必要になると考えられる。

そういう意味では深ければ深いほど良い。


犬のジャンプ(高さ)の最高記録はグレイハウンドが達成した172.7cmである。※3

従って理論上は2m掘れば十分と考えられるが、法面のりめんにしがみついたり斜めになったりしている部分を踏み台にされる可能性も考慮すると、深ければ深い方が良い。


埋却する上でブルーシートを用いることは禁物である。

死体が腐敗する際に発生するガスがブルーシートの隙間に溜まって、あるとき噴出する事故が起きている。

余計なことを考えずに穴を掘って犬を放り込んで埋めてしまえばいい。

腐敗による細菌汚染が気になるのであれば、消石灰を山ほど撒いてから埋め戻すことが有効である。


さて、人力でも20〜30m掘ることは可能である。

浅井戸と言って、直径1mくらいの穴を掘ることが出来るようだ。※4


穴を掘ったとして、どのように犬を放り込むかも考えなくてはならない。

まず、首輪を付け替えて連れ出すことは可能であった。※5

古来より、馬を水辺に連れていくことは出来ても馬に水を飲ませることは出来ないと言う。

犬を穴の際まで連れていくことは可能だが、犬に穴に入ってもらうことは出来ないだろう。

自ら落とすしかない。


落とす方法は具体的に決まった。


あとは穴を掘る方法である。

業者に頼む、または重機を借りてきて掘るのは、あまりにも目立ちすぎる。

だいたい穴に犬を落としたあとに埋め戻してくれと頼むわけにもいかない。


従って自分で掘るしかない。


一日に1mも進まない。

穴掘りだけに専念していればもう少し進めることは可能と考えられるが、そこまで暇ではない。

他にもやることはあるのだ。


こうしている間にも、犬は吠えている。

許さない。


法面に段差を作りつつ降りて掘ってというのは現実的ではない。

滑車とロープを利用して掘った土を地上まで持ち上げ、自身も地面に上がって土を積む。

地道な繰り返しである。


5mほど穴を掘ったら、水がでてきた。

井戸を掘っているつもりはなかったが、とにかく地下水が湧いてきた。


5mで妥協するか、さらに掘り進めるか迷うところであるが、実際に犬を放り込んでみることにした。

脱出されるようであれば、さらに深く掘るしかない。

ぬかるみにハマって身動き出来ないようなら、そのまま埋めてしまえば良い。

滑車やロープを穴から外す。


犬を連れてきて、穴に放り込んでみた。


犬は脱出した。


驚異のジャンプ力で飛び上がったわけではなく、法面の小さな段差を利用してジャンプを繰り返して登ってきた。


法面の段差を処理しつつ、もっと深く掘ることにした。


ぬかるむ中、必死に掘りつづける。

人間は放っておけば乾くが、水を吸って重くなった服を着て、水を吸って重くなった土…というより泥を掘り続けるのは簡単なことではない。


掘削は遅々として進まない。

毎日コツコツと自分のペースで掘ってはいるが、体力も限界に近い。


継続は力なり、自身に言い聞かせて掘り続ける。


重労働である。

暑い。


それにしても、あまりにも暑い。

何かがおかしい。

湧いてくる地下水の温度が上昇しているようだ。


15mほど掘ったところで、急激に水温と水量が上昇し、水温を計測してみると45℃であった。


これは火傷する。


慌てて脱出したが、穴は熱水に浸されてしまった。


もしやと思って成分分析を依頼したところ、各種イオンや鉱塩などが全て基準値を上回り、紛れもない温泉であることが判明した。※6

掘削の規制があったはずだが、うやむやにした。

レジオネラ等の微生物検査を実施し、衛生を確認した。


たかだか15m掘っただけで温泉が出てたまるかと思ったが、調べてみると過去には4mの掘削で温泉が湧いた事例もあるようだ。※7

浴槽が深さ15mというのは都合が悪い。

ポンプを設置し、1mほどの穴を掘り、垣根を作り、露天風呂とした。


猫とともに露天風呂というのは悪くない。

連日の疲れも癒される。


今回はこの辺で勘弁してやるか。



─資料─

※1 e-gov 法令検索 廃棄物の処理及び清掃に関する法律、同法施行規則

※2 e-gov 法令検索 家畜伝染病予防法、同法施行規則

※3 わんこの先生

※4 株式会社 ハギ・ボー

※5 うるさい犬を黙らせる 幕間

※6 e-gov 法令検索 温泉法、同法施行規則

※7 別府温泉地球博物館

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