方法その3 咬殺

うるさい犬に黙れと言うことは出来ても、実際に黙らせることは出来ない。

毒殺と撲殺は失敗した。

不本意だが、咬殺することにした。

絞殺ではない、咬殺である。

つまり、咬み殺す。


といっても自ら咬んで殺すわけではない。

いくらなんでもそのような危険な行為は出来ない。


他の犬を連れてきて咬ませるのである。


肉弾戦において、体重は戦闘力である。

隣の家の柴犬、平均体重は9kgである。※1

様々な犬種があるが、一例としてシベリアンハスキーは20kg※1、戦闘力は2倍以上である。

ドーベルマンは40kgともなり※1、柴犬の4倍の戦闘力が期待される。

土佐闘犬ともなれば100kgに達するものもあるとされており※1、柴犬の10倍の戦闘力を誇ると考えられる。


一方で、問題は性格である。

柴犬は保守的で防衛心が強く、テリトリーをむやみに犯す他人や他犬には厳しい態度を見せるという。※2

これまで散々グルルルと唸られたのも、納得である。


とにかく、連れてきたその犬に柴犬を殺してもらわなければ困るのである。


シベリアンハスキーは人にも他犬にもフレンドリーであり、社会性の強い性格である。

攻撃性が低いため番犬には向かない性格とされる。※2

ドーベルマンの気質は友好的で穏やかであり、中庸な気性と鋭敏さがあるとされている。※1

土佐闘犬は、飼い主に対しては従順でおとなしいものの他人には心を許さず、縄張り意識が強いため他の犬と仲良くするのは難しいとされる。※2


土佐闘犬しかない。


問題は、上記のとおり土佐闘犬は飼い主に対しては従順であっても他人に心を許さないことにある。

おとなしく連れてこられてくれるとは思えない。

そもそも、おとなしく連れてこられることなどありえないほど凶暴なものが望ましい。

そして100kgの土佐闘犬を力で捻じ伏せて連れてくることも難しいだろう。

通行人が土佐闘犬に襲われて重症を負ったり死亡したりといった事故も起きており、時には飼い主をも襲うことがあるという。

土佐闘犬を新たに飼い始めるわけにもいかない。


猫に危害があっては困るからだ。


土佐闘犬は、眠らせて連れてくるしかないだろう。

動物を眠らせる方法は様々あるが、もっとも一般的なのはメデトミジンというアドレナリンα2作動薬を利用することである。※3

これは厳密には眠らせているわけではないのだが、鎮静、筋弛緩を引き起こし、極端に大人しくなる。

アチパメゾールという拮抗薬が存在し、これを投与することですぐに起こすことが可能である。※3


これらの薬剤はどちらも筋肉内投与で効果を発揮するという利点がある。


血管内投与、つまり土佐闘犬の腕を掴んで「はい大人しくしててねー、血管の中にメデトミジン入れるからねー」などとやっていては、自分が咬まれることはまず間違いない。

筋肉内投与であれば、慣れれば1秒もかからない。

注射筒に高圧ガスを充填した吹き矢を使って遠距離から眠らせることも可能である。

メデトミジンが効いて大人しくしているところからアチパメゾールを血管内に投与するのは問題ないと考えられるが、こちらも筋肉内投与で済むなら楽で良い。


薬品と道具の準備は出来た。

あとは土佐闘犬を探して連れてくるだけだ。


こちらは意外と簡単に見つかった。

土佐闘犬を飼養する者は、自らは土佐闘犬を飼養しているとの旨、言いふらしたくなるようだ。

自己顕示欲というものであろう。

また、観光資源として扱われることもあり※4、居場所はいくらでもわかる。


連れてくるにあたって、眠らせてから檻に入れて運ぶのは現実的ではない。

なにせ体重100kgである。

自ら檻に入ってもらって、それから眠らせることが望ましい。

その檻は予めトラックに積んでおくことが必要である。

100kgの土佐闘犬が眠っている檻をトラックに載せるのは困難だからである。

従って、土佐闘犬がトラックの荷台に上がって檻に入り、檻を閉めた後にメデトミジンで鎮静をかけ、そして運搬するという流れとなる。


トラックはレンタカーで済ませるとして、檻は特注のものを用意した。


所詮は動物、しかも獰猛な性格の土佐闘犬である。

檻の中に捌いた鶏まるごと1羽分を吊るし、フラフラと動かし、闘争本能を刺激してやれば即座に食いついてくる。

ルアーフィッシングを生餌で実施するようなものである。


檻を閉めてメデトミジンを注射し、そして隣の家の前に連れてきた。

檻を開き、アチパメゾールを注射する。

トラックの荷台を傾け、檻から荷台から降ろす。

いくら拮抗薬といっても即座に覚醒するわけではないので、その間にトラックで走り去る。


これで隣の家の犬も、もう終わりだ。


まずはガソリンスタンドの洗車コーナーで徹底的に荷台を洗浄して犬の臭いを消した。

檻を処分し、トラックにガソリンを満タンに入れてレンタカー会社に返却する。


意気揚々と帰宅すると、隣の家の前にパトカーが2台並んでいる。

パトランプはついていない。

人だかりも出来ている。

先頭には警官が3名立っており、そのうち2人は拳銃を抜いている。


目論見どおり、土佐闘犬が柴犬を咬殺して通報されたに違いない。

パトランプがついていないのは、土佐闘犬を刺激しないためと思われた。

過去には暴れる大型狩猟犬を警官が射殺した事例※5もあり、今回警官が拳銃を抜いているのは良い兆候である。


隣の家の庭を見ると、土佐闘犬が寝ている。

ひと仕事終えたあとの休息だろうか。


しかし柴犬の死体が見当たらない。

血痕も見当たらない。

柴犬は家の中に避難させてしまったのだろうかと不安になる。


よく見ると、寝ている土佐闘犬に寄り添って寝ている柴犬を発見する。

柴犬と土佐闘犬は、性格のセオリーに反して予想外にも友達になってしまったようだ。


今回はこの辺で勘弁してやるか。



─資料─

※1 一般社団法人 ジャパン ケネル クラブ

※2 みんなの犬図鑑

※3 獣医薬理学

※4 高知新聞

※5 日本経済新聞

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