方法その2 撲殺
うるさい犬に黙れと言うことは出来ても、実際に黙らせることは出来ない。
毒殺は失敗した。
不本意だが撲殺することにした。
細かい話だが、ひとくちに撲殺と言ってもどこを殴打したのかによって死因は変わる。
頭部を打てば脳の損傷によって死ぬ。
胸部や腹部を打てば臓器の破壊によって死ぬ。
頚部を打てば骨折からの頚髄損傷で死ぬ。
最も素早く確実と考えられるのは、やはり頭部である。
何で殴打するかというのも重要である。
運動エネルギーは{重さkg×(速度m/s)^2}/2であるから、十分に重いものを十分な速度で衝突させれば良い。
同じ角速度で実速度を稼ぐ意味では長尺の物を使用するのが良い。
そして衝突部分は十分な質量を持っていなくてはならず、また現実的に人間が振り回せるものでなくてはならない。
最適な道具として考えられるのは、バットやゴルフクラブである。
失敗することなく確実に実行しなくてはならない。
そのためには技術と体力が必要である。
目的は犬を黙らせることで、わざわざ必要以上に苦しめることはないのだ。
では果たしてどれほどのエネルギーを衝突させれば良いか。
目安として、自動車と歩行者が衝突した場合の致死率は30km/hでは約10%、50km/hでは80%以上とされている。 ※1
この場合、自動車の重量データが必要である。
T社のコンパクトカーVは970kg〜1,100kgである。 ※2
また、H社のコンパクトカーFは1,100kg〜1,240kgである。 ※3
キリの良いところで1,000kgとして計算する。
歩行者の8割以上を死に至らしめるエネルギーを計算した。
速度:50km/h→13.9m/s
質量:1000kg
から算出した運動エネルギーは96,605J(ジュール)である。
約100,000ジュールのエネルギーをぶつければ人は殺せる。
この運動エネルギーを生身の人間がぶつけるのは、現実的ではない。
プロ野球の野手がバットで思いっきり殴れば犬もひとたまりもないだろう。
プロ野球選手のバットのスイングスピードは平均140km/hと言われており※4、バットが900gと仮定する。
速度:140km→38.9m/s
質量:900g→0.9kg
から算出した運動エネルギーは681Jである。
なお、高校生のスイングスピードは110km前後とされており※4、金属バットは900g以上という規定がある。
速度:110km→30.5m/s
質量:900g→0.9kg
から算出した運動エネルギーは419Jである。
厳密には900gのバットそのものを投げつけるわけではなくバットヘッドで殴るわけだが、これは概算なのでひとまず置いておく。
おそらくここまでの運動エネルギーをぶつけなくても犬は撲殺できると考えられるが、ひとつの目安に過ぎない。
だいたい素人がバットを振り回してこれだけのスイングスピードを稼げるとも思えない。
次に、ゴルフクラブである。
一般的なアマチュアゴルファーがドライバーを振った時のヘッドスピードは平均40m/sとされている。※5
この時、もっとも有効なドライバーのヘッド重量は200gとのこと。※6
速度:40m/s
質量:200g→0.2kg
から算出した運動エネルギーは160Jである。
なお、7番アイアンを使用した場合、シャフトが短くなることからヘッドスピードは34m/sまで落ちる。
その一方で、ヘッドの重量は400gまで増加している。※7
速度:34m/s
質量400g→0.4kg
から算出した運動エネルギーは231.2Jである。
従って、ドライバーで犬をホームランするよりも7番アイアンでボコッと殴る方が有効と考えられる。
ここでは詳細は省くが、単純に運動エネルギーをぶつけるのみならず、より小さい一点に集中させた方が貫通力は増加する。
7番アイアンのヘッドを刺すように叩きつけるのが有効と考えられる。
頭蓋骨にめり込む7番アイアン、そして脳の損傷から死に至らしめることが出来るだろう。
方法は決まった。
7番アイアンを用意し、家の中でイメージトレーニングをした。
実際に家で素振りをすると照明を破壊する可能性や猫に当たる恐れがあった。
十分にイメージトレーニングを積んだところで、いざ犬と対峙する。
犬は相変わらず耳を伏せ、グルルルと唸っている。
長尺の得物を所持していると強くなった気がした。
もちろん、保持している人間の強さは変わらないが実際の戦闘力は上がっているはずである。
7番アイアンを振り上げる。
犬は唸るのをやめ、怯え始めた。
これから何が起こるのか察したに違いない。
「お前…」
迷ったら余計かわいそうなことになる、7番アイアンを一気に振り下ろす。
犬は機敏に避ける。
当たらない。
鎖で繋がれているので繋いである杭から一定以上離れることは出来ないが、その範囲の内側であればいくらでも動けるのである。
振り下ろしても当たらない。
袈裟振りにしてみるも、当たらない。
横振り、逆振り、居合振り、いずれも当たらない。
燕返しなどの技を繰り出すも、全て避けられる。
脚を狙った低く鋭い振り払いは飛び上がって避けられた。
そこから振り上げへと繋げるが、空中で体を捻って避ける。
突きも交えてみたが、当たらない。
反撃として飛びかかってくるところを7番アイアンで防ぐことも多くなってきた。
犬を惑わすために手元でクルクル回したり逆手に持ち替えたり、あの手この手で打撃を入れようとしつつも、とにかく当たらない。
冗談ではない、犬と殺陣をしたいわけではない。
犬の戦闘力を低く見積もりすぎていたようだ。
上段からの振り下ろしが、ついに当たった。
7番アイアンのシャフトも折れたが、とにかくこれで終わりだ。
…と思ったら、それは残念ながら残像であった。
これで終わってたまるか、と、折れたシャフトの鋭利な断面で刺殺することを検討した。
しかし今回はあくまでも撲殺が目的であり、刺殺に切り替えるのであれば改めて考察が必要である。
失意のまま帰宅した。
今回もこの辺で勘弁してやるか。
─資料─
※1 和歌山県警速度管理指針
※2 TOYOTA
※3 HONDA
※4 なるへそニュース プロ野球スイングスピードランキング!山田?中田?1位はあの選手!
※5 ゴルフの学校
※6 ゴルフ理論で飛距離アップ、スコア―アップが実現!
※7 Golf Magic
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