嘘だよん。

小鳥 薊

好きだよ。

 ボク、十七歳。高校二年生。

 名前は熊木昊くまきそらといいます。

 自分のことを「ボク」なんて呼んでいるけれど、れっきとした女の子だよ。


 じとっとした暑さの教室が少しずつマシになってきた。煩かった蝉は死んでしまって、これからは冬に向かって物事は進んでゆく。パパやママ、朝のニュース番組のアナウンサー、学校の先生も、みんなそう。なんとなく忙しないよね。

 そういえば、昨日のホームルームで、担任から進路希望調査の用紙をもらった。進学希望者は志望校を、まだ決めていない人はとりあえず進学か就職かくらいは、この用紙に書いて一週間後に提出しなくてはならない。

 先のことなんてまだ全然考えられないのに、それでも何かしら決めなきゃいけないお年頃なんだね。

 ボクは、もうすぐ大人になる。その準備期が来たってことか。


 ボクは、自身がまだ子供でいられるうちに、「若気の至り」でやっておきたいことが一つだけあるんだ。

 季節が冬を迎える前にそれを実行して、その記録をここに記したいと思う。

 これはボクが「若気の至り」で書いた独白ノートです。

 では、いきます。


 ボクは他人ひとから見れば『カワイイ』んだって。

 よく、友達の女の子たちからも周りの大人たちからも言われる。男の子にも、告白されたことがあるんだけどね。

 アイツは男友達だったんだ。その子に突然「好きだよ」って告白された。実はボクは彼が好きで好きで堪らなかったから、内心物凄く驚きつつも一気に舞い上がった。それなのに、そのすぐ後に「冗談だよ」って揶揄からかわれた。そして、本気のリアクションを仲間内で散々ネタにされたボクはひどく傷ついた。

 勢い余って返事をしなくてよかったのかもしれない。それでもその数秒のシドロモドした姿が可笑しかったみたいで、続けて「そんなわけねーべ」って念押しされ、吹き出された。

 そんなわけねーべ、だってさ。


 罰ゲームか何かだったのかな。だとしたら悪い遊びだよ。男の子ってこういうノリ、好きだよね。ボクは好きじゃない。

 若気の至りで済まされるかはわからないけれど、ボクの計画は言ってしまえばあのときの憂さ晴らしなのかもしれない。

 男の子たちへの報復かもしれない。それか、ただの気まぐれかな。普段、ボクはこんなことするようなキャラじゃないんだもの。


 君のことが好きなんだ。嘘だよん。

 これはね、ボクがまだ『カワイイ』うちに、他人ひとの気持ちを弄んで、彼らがどんなリアクションするのかを試してみた記録だよ。

 悪いよね、本当。でもボクは実行した。




 一番目の男の子は、いかにも優等生っていう感じの、ヒョロヒョロ眼鏡くんだった。

 たまたま見つけた違うクラスの誰かさんだったから、面識のない人物から突然告白された人の反応を試すのにちょうど良かった。

「ねえ、(名前も知らない)君。ボクのこと知らないかもしれないけど、君のことが好きなんだ。」

「え……だって君……。」

 眼鏡くんはボクから一歩退いて、上から下までを品定めしてからさ、眼鏡を人差し指で、くいと持ち上げた。

 意図はわからんけど、それだけ。ただ気まずそうに立っている。言葉が見つからないんだね。わかったわかった。

「嘘だよん。」

 そう告げても、眼鏡くんはまだ呆然と立ち尽くしている。オイオイ、鳩が豆鉄砲くらったかい。ボクは、数秒間だけ待ったけど、結局彼は一向にマネキンだったから、もういいやと彼を置き去りにして歩き出した。

 バイバイ、無反応の眼鏡くん。訳わかんなかったよね、ごめんよ。


 二番目の男の子は、クラスでも気持ち悪いと定評のあるデブで、コイツはいつもガムを食べているみたいに口をくちゃくちゃ動かしているから、なんだか常ににやけているようにも見える。キモイんだよ。クチャクチャ男に罪はないかもしれないけれど、ボクの悪ふざけに少しばかり付き合ってくれ。

「ねえ、(デブでキモイ)君。信じられないかもしれないけれど、君のことが好きなんだ。」

「はん、嘘だねー。」

 なんだ、反応速いな。自分のこと、わかってるんだね。クチャクチャ男は、口元をクチャクチャさせながらボクの言うことを全くもって信じてもいない感じだ。当然だよね。ありがとう。

「嘘だよん。」

 間髪入れにそう言うと、癇に障ったのかクチャクチャ男はまさかの逆ギレモードを発動させた。

「いつもいつもは、俺になら何やっても良いって思うなよー!」

 は? お前らって? 知らんがな。お前の問題をボクに押し付けてくるなよ。

「うん、うん、ごめんね。」

 ボクは君を面倒くさいと思ったので早々と逃げることにした。

 クチャクチャ男は追いかけてはこなかったが、後ろで「チクショー!」とか叫んでいた。

 その前に何かあったのかなー。


 三番目の男の子は、一つ上の先輩のイケメンで、女友達がキャーキャー騒いだりしている存在。女の子には不自由していないって感じの人だよ。

「あの、突然ですみませんが、あなたのことが好きなんです。」

「いや、無理だし。いるし。」

 そこを強調しなくてもいいじゃないか。でも意外にちゃんとしてるんだね。断り慣れてるだけかな。イケメンは何の抵抗もなく、ボクの告白に動揺など見せなかった。

「嘘だよん。」

「……ウゼッ。」

 トントン拍子のやりとりで、イケメンはイケメンらしくボクをひらりとかわして去っていった。ボクに費やした時間が勿体なさそうだね。イケメンは多忙スケジュールなんだ。数歩歩けばボクとのやり取りなんかすぐに忘れるね。

 ボクは頭をぽりぽりと掻きなかまらイケメンの後ろ姿を見送った。


 そして四番目の男の子は、いかにも不良って感じのヤンキー。下手するとボコボコにされそうだ。

 不良は不良らしく、午後の授業をふけて人気のない屋上で時間を潰しているところに、ボクは一人きりで乗り込んだ。

「ねえ、(怒鳴らないでね……)ボク、君のことが好きなんだ。」

「はあ?」

 不良は、睡眠を邪魔する者は誰だという具合に、ボクの方を睨みつけた。そしてすぐに、フッと鼻で笑うと怠そうにボクへにじり寄ってきた。

「ふーん……で、何してくれんの?」

 その毛がないわけでもなさそうで、不良は一瞬でボクの胸ぐらを掴むと足を軽く引っ掛けて、不安定になったボクに馬乗りに跨った。

「暇つぶしでもしてくれや。」

「う……嘘だよん。」

「……。」

 冗談が過ぎたみたいだ。不良は躊躇いもなくボクの左頬を打った。

 衝撃の直後から頬はジンジンと痛み熱い。皮膚の内部で死に切れなかった蝉が啼いているみたいだった。

「お前、『カワイイ』し俺は良いんだぜ。一発、抜いてくれや。」

 ……ボクはその後、酷い目にあった。プライドの高い男を揶揄うとダメだね。

そういえば、アイツもプライド、高めかも。


 ボクはこの愚行を四人で打ち切りにした。やっぱりこんなことをしてはいけないよね。

 ボクの悪ふざけに付き合わせてしまった皆さん、ごめんなさい。

 そして最後に、これを読んでしまった君に言うね。嘘だよん。ごめんなさい。これ全部、作り話なんだ。

 もちろん、アイツも、アイツ以外の四人もちゃんと現実に存在している。でも、これはボクの空想で、「もしもノート」だ。実際にはボクは「若気の至り」を実行していない。

 ではなぜこんなバカげた話を作ったかっていうと、この「もしもノート」は、これからボクが現実にする、一世一代の告白のためのイメージトレーニングでした。おかげでボクはたとえどんな結果になろうとも、なんとか生きていけそうだ。もちろん、玉砕覚悟の告白なんです。


 だって現実のボクは、男の子で、告白する人も男の子で、絶対にボクのことをそういう風には好きじゃない人だから。

 ボクの親友なんだもの。

 彼はボクのセクシャリティを知らない。彼のそばにいるために、ずっと隠してきたからさ。でもボクはもう限界だった。この気持ちを伝えたい。

 この衝動ってなんなんだろうね。動物的だよね。相手の気分を害してまで、今までの関係性を壊してまで伝えたいこの気持ち。エゴだって思うよ。相手はこれから親友を失うんだから。

 それでも、ボクが好きなアイツは、どんなリアクションをする?

 空想の四人のどれかに似ている? それとも五人目のパターンかな。いずれにせよ、ボクは無反応にも罵倒にも暴力にも耐性ができた……これがアイツなら、違うかな。

 もしも、もしもだよ、万に一つの確率で、受け入れてもらえるとしたら? そんなことはないんだ。ないのはわかっているんだけど、それでもアイツは誰よりも優しいかな。

 ボクはそんなアイツを少しだけ困らせてみたいと思ってしまう。「嘘だよん」って言ったら、安心するんだろうな。


 ボクの「もしもノート」の内容は、全てが空想なわけではなく、実は半分本当なんだ。八月の終わりに、ボクはアイツに騙された。

 アイツのことが好きだったボクは、「冗談だよ」のタイミングがあと数秒遅かったら、「ボクもだよ」って応えてしまっていたと思う。ボクはずっと泣くのを堪えるのに必死だった。その涙は早とちりの嬉し涙とのちに湧いた悔し涙。


 だから、ボクは言うんだ。

 困惑するかもしれない、怒るかもしれない、信じてすらくれないかもしれない。そんな君に。

 本心からの告白の後にさ。


 嘘だよん。

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