――――

 ――辺りは闇に包まれていた。誰もいない、何もない――果てさえない闇。

「林崎くん……?」

 紫杏は首を回した。

 ――林崎くんはどこ? どこへ行ってしまったの? また、私の前から消えてしまったの?

「林崎くん!」

 こぼれそうになる涙を、紫杏は必死で抑えた。

 ――泣いちゃだめ。泣いてる場合じゃない。林崎くんを、林崎くんを探さなきゃ。

 けれど、体は言うことを聞かなかった。立ち上がることさえ出来ず、紫杏はその場にうずくまって泣き出した。

「林崎くん……」

 ――どうしてなの。追い掛けても、追い掛けても、林崎くんは行ってしまう。私の思いを置き去りにして。

「林崎くん、戻って来て――お願いだから戻って来て――」

 どれくらい、そうして泣き続けていただろう。

「日野原さん」

 上の方から、声が降って来た。

「泣かないで」

 見上げると、塗り潰したような黒い闇の中に、林崎が浮かんでいた。

「林崎……くん」

「泣かないで」

 林崎はひざまずき、紫杏の頭を撫でた。

 ――彼の手は温かかった。これは幻覚じゃないと、紫杏は思った。

「林崎くん……」

「ごめんね」

「えっ?」

「やっぱりちゃんと謝らなければと思って、戻って来たんだ」

 林崎が立ち上がったので、紫杏もつられて体を起こした。

 周囲は相変わらず真っ暗で、林崎の姿だけが淡く光っている。彼は何もない空間から、手品のように赤い紙バッグを取り出した。静香のものとは微妙に色合いの違う、赤い紙バッグ。

「そ……!」

 紫杏は口に手を当てた。

「それ……私のチョコレート? どうして林崎くんが……」

「バレンタインの日、あなたが呪い入りのチョコレートを持って来たから――こっちにも何か魔法が掛けられているんじゃないかと思って」

「あ……」

「だから、返す振りをして、こっそり取り上げてしまったんだ。……ごめんね」

「そんな……」

 ――謝らなきゃいけないのは私の方だよ。私はあの時、何も気付かなくて……。

「捨てるつもりだったんだ。捨ててしまおうって思った――何度も。でも、どうしても捨てられなかった。このチョコレートには、あなたの思いが込められていたから」

 林崎は紙バッグを差し出した。

「林崎くん……」

「これは、桔流に渡さなきゃ」

「林崎くん!」

 紫杏は縋る思いで林崎を見上げた。

「違うの、林崎くん。私はあなたに」

「……僕がここへ来なければ、あなたは桔流に恋していたんだよ」

「え……?」

 林崎はそっと、紫杏の額にキスをした。

「僕が、魔法を掛けたから……。あなたを……とりこにする、魔法を……」

「――!」

 紫杏の足下に、ぽっかりと穴が開いた。

「林崎くん――!」

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