第六章 あっけない幕引き
――三月三日――
「あの……今ちょっと、時間取れる?」
放課後、紫杏が席の前に立って言うと、相手は意外そうな顔で見返して来た。
「何か用?」
「……えっと、話があるんだけど」
「話って、また屋上で?」
「ううん。今日は――理科室で」
相変わらずおどおどした言い方になってしまったが、紫杏には絶対引き下がらないという決意があった。
「……わかった」
静香はおもむろに頷き、立ち上がった。
廊下に出てから、紫杏はちらっと教室の中を振り返った。林崎の姿は既にない。このところいつも、チャイムが鳴るとすぐに帰ってしまっていた。
――今日も、林崎くんは誰とも口を利かなかった。誰も林崎くんに話し掛けなかったし、林崎くんの方も……。元々、積極的にクラスメートと接する人じゃなかったけど――。
「日野原さん、理科室通り過ぎてるよ」
「あ、ごめん」
静香に指摘され、紫杏は慌てて引き返した。
理科室には誰もいなかった――もちろん、冷一も。
「話って何?」
静香が紫杏の顔を覗き込むようにして尋ねる。
紫杏はひるまなかった。怖がることなどない。彼女はもう、魔法が使えないのだ。
「……魔法……」
紫杏は何となく、思ったことを口にしていた。
「坂巻さん、魔法が使えなくなって、困ってない?」
まばたきしてから、静香は表情を和らげた。
「ああ、私のこと心配してくれてたんだ」
「え……」
「大丈夫よ。一生魔法が使えないわけじゃないんだから」
「え、そう……なの?」
「当然でしょ」
静香は確信ありげに言い切った。
「林崎くんに、他人の魔力を根こそぎ奪えるほどの能力があると思う? 一時的に封じられてるだけよ。そのうち戻るわ――そう、あいつの力を押さえ込めば」
「押さえ込むって、どういう意味?」
「反対にあいつの魔力を奪ってやる」
紫杏には聞き捨てならないことだった。
「でも、坂巻さん、魔法が使えないのにどうやって?」
「私がやらなくても、やってくれる人はいるよ」
「――? 誰のこと?」
「決まってるじゃない、仲間たちのリーダーよ」
「……リーダー?」
――ああ、明堂先輩のことか。
「あの人も今回の騒ぎで、何らかの手は打たざるを得なくなったでしょうしね」
今回の騒ぎ――その言葉を聞いて、紫杏ははっとした。そうだった。今日は全てをはっきりさせるために、坂巻さんを呼び出したんだ。
「あのメールを出したのは……やっぱり、坂巻さんだったんだね」
「そうよ」
静香は案外あっさり白状した。
「明堂先輩がいつまでも手をこまねいてるから、もうそんな場合じゃないって知らせてやろうと思って――明堂先輩だけじゃなく、他のみんなにもね。一人では無理だったから、仲間に手伝ってもらったけど」
「仲間って、明堂先輩の仲間? それとも、坂巻さんの……?」
「私の仲間は、明堂先輩にとっても仲間だよ」
それは違うと思った。少なくとも明堂は、静香を仲間とは見なしていなかった。彼女一人が勝手にそう考えているだけだ。
――彼女一人が……ううん、林崎くんもそう考えてる。林崎くんは、私も坂巻さんも、明堂先輩の……リーダーの命令に従って動いてると思ってるんだ。だから林崎くんの敵意は、他の誰でもなく、明堂先輩に向けられている。
『明堂先輩は僕を、この土地から追い出そうとしてるんだ』
『相手が本気なら、僕も本気にならないとね』
でも……どうして? 明堂先輩は口で脅しただけだって言ってたのに。他に何もされていないのに、どうして林崎くんはその脅しを、本気だと受け取ったんだろう。前の学校で同じようなことがあったから……?
「……ねえ。坂巻さん、あのメールに、林崎くんが前の学校を退学になったって書いてたよね。あれって……」
「ああ、あれね。栗田先生に聞いたの」
紫杏は顔を上げた。
「先生が教えてくれたの?」
「ううん。先生は教えてくれなかった。詳しい事情は知らないんだって。でも、そんなわけないじゃない。隠すってことは、何か言えないような事情なんだなって思ったの。退学になったとか、大体そんなとこだろうって」
「じゃあ、あれはただの憶測なの?」
静香に魔法を掛けられて、自分があれこれしゃべったのではないかと考えていた紫杏は、違うとわかってほっとした。それでも、やっぱり彼女のしたことは許せなかった。
「あることないこと言い触らして、林崎くんをこの学校から追い出そうとしたんだね」
静香の眉がぴくりと動いた。
「それは……確かに認めるけど、そもそも明堂先輩が始めたことだし。私はただ、協力を」
「そうじゃない。明堂先輩を利用してるのはあなただよ」
そんな言葉が出て来たことに、紫杏は自分でも驚いた。
「坂巻さん、前に屋上で、噂の話をしたよね。林崎くんがテストで不正をしたって噂が流れて、問い質そうとした上級生と、林崎くんが揉めたって。坂巻さんはどうしてそんなことを知ってたの?」
「だからそれは……噂を聞いたから……」
「噂は広まってなかったんだよ。明堂先輩が広まらないように魔法を掛けてたから。それなのに、坂巻さんは知ってた。……自分が流した噂だからでしょう?」
「……」
静香の顔付きがどんどん険しくなって行くのがわかったが、口を閉じることが出来なかった。
「メールには、林崎くんが女子で一番だった坂巻さんを目障りに思ってたって書いてあったけど、それはあなたの方なんじゃないの? あなたは林崎くんが目障りだったから――!」
「黙りなさいよ」
静香が低い声で凄んだ。
「私に逆らうと、どうなるかわかってるの?」
「どうなるって言うの? あなたの魔力は全部、林崎くんが取り上げてくれた。もう、あなたなんて怖くないよ」
そこまで言って、紫杏はようやく口をつぐんだ。静香の後ろに見慣れぬ男子生徒が二人、忽然と現れたからだ。恐らく三年生だろう。
――そういえば、仲間がいるって……。
紫杏は後ずさろうとしたが、次の瞬間、更に三人の男子生徒に周囲を塞がれていた。
「林崎くんに絡んで魔力を奪われた三年生たちも、坂巻さんの仲間だったの?」
声が震えたのは、怖かったからではなく、怒りのためだった。
「だったら、何」
「明堂先輩に言う。林崎くんにも。全部坂巻さんの仕組んだことだったんだって。事実がわかれば、みんなだって」
静香がやれやれというように肩をすくめた。
「面倒くさいなあ、もう。力尽くで黙らせないとだめ?」
紫杏は身を固くした。
「あなたをどうにかしちゃって、林崎くんのせいにすれば、明堂先輩があいつに仕返ししてくれるかもね」
紫杏には「どうにかしちゃう」というのが具体的に何を意味するのかわからなかったが、逃げた方がいい、と感じた。
静香がじりじりと近付いて来る中、男子生徒たちは無言でそばに控えている。俯いているので顔がよく見えず、ただ不気味だった。
――瞬間移動はしたことがないから無理だ。隙を突いてドアまで走るしかない。この状況では、それしか……。
紫杏は背後にいる男子生徒に体当たりし、その脇をすり抜けた。飛び付くようにしてドアを開き、外に出る。
「あ――待ちなさい!」
静香の声と共に、魔法の力が追い掛けて来た。見えない腕に捕らえられ、強く引き戻されそうになる。
「――!」
全力で抗おうとしたが、敵うはずもなかった。紫杏はバランスを崩して廊下に倒れ込んだ。体を起こす間もなく、男子生徒が迫り、紫杏に向かって手を伸ばすのが見えた。
――助けて、誰か――。
紫杏は目をつぶった。
「――冷くん……!」
優しいぬくもりが、紫杏の手を包み込んだ。
乱暴に掴まれることを予想して身構えていた紫杏は、あれっと思って目を開けた。そこに、冷一の姿があった。
「冷……くん?」
一瞬、どういうことなのかわからずうろたえた。しばらく頭を巡らし、三年生だと思っていた男子生徒のうちの一人が、冷一だったのだと気付く。
「どうして……」
唖然としたのは紫杏だけではなかった。静香は理科室を出てすぐのところで立ち竦み、当惑と苛立ちが混じったような声を冷一にぶつけた。
「あんた何」
「桔流冷一」
紫杏の前に膝を突いた格好のまま、冷一が答える。彼はいつもの無表情だったが、ひどく怒っているのが感じ取れた。
「名前を聞いてるんじゃないよ。どうしてあんたがここにいるのかって聞いてるの。この子とどういう関係?」
「彼氏」
さらっと言った冷一を、紫杏は半ばパニック状態で見上げた。
――彼氏――?
「彼氏なら、この場に介入して、いじめっ子から救い出す理由も権利もあるだろう?」
冷一は紫杏を助け起こした。
「行こう」
「ちょっと、誰がいじめっ子よ。まだ用は済んでないのよ。待ちなさい――」
喚く静香を完全に無視し、冷一は紫杏の手を引いた。促されるままに歩き出した途端、周囲の景色が変化した。
二人は屋上に立っていた。
さっきまで晴れていたのに、厚い雲が垂れ籠めて辺りは薄暗い。雨か雪でも降りそうな空模様だ。
「あの……助けてくれてありがとう」
背を向けたまま顔の見えない冷一に、紫杏はおずおずと声を掛けた。
「あの、冷くん……?」
「全く――一体何をやってるんだ」
冷一が振り返った。
「どうしてここまでばかな真似が出来るんだ? あんな言い方したら、相手を挑発するだけじゃないか」
「ごめんなさい」
今まで彼に怒鳴られたことがなかったので、紫杏は縮み上がった。
「坂巻さんがあんまりひどいから、つい。それに、色々言えば少しは時間が稼げるかと」
「助けが来るまでの?」
「違う。自分で何とかするつもりだった。今回は、冷くんに頼らないようにしようって……だから理科室を選んだんだし」
「――そう」
冷一はため息をつき、それ以上はしつこく言わなかった。
「鞄は教室?」
「うん」
「すぐには取りに行けないな。さっきの連中がその辺をうろうろしてるかもしれないし。しばらくここにいよう」
「……うん」
二人はフェンスの陰に並んで座った。
紫杏は目の届く範囲を見渡した。――
――冷くんがここに掛けてた魔法を解いたのかな。
紫杏はそっと隣を窺った。
冷一の横顔は何も語らない。彼が何を考えているのかわからない。……まだ、怒っているのだろうか。
相手が視線に気付いてこちらを向く。
「何?」
「あ、えーと……」
とりあえず、何か言わなければと思った。
「さっき……坂巻さんがやけにぺらぺら白状したけど、もしかして、魔法を使ってしゃべらせてたの?」
「そんなつもりはなかったけど……心の中で『話せ』って念じてたから、そうなるかも」
「本当のことを、はっきりさせたかったから?」
「別に。大体そんなところだろうと思ってたし」
紫杏は思わず身を乗り出した。
「だったら、どうして……」
「全部白状させるまで、引き下がらないつもりだったんだろう。だから手を貸してやったんだ」
「確かにその通りだけど――そうじゃなくて――私が言いたいのは……」
「どうせならもっと早く助けて欲しかったって?」
彼はまた正面に顔を戻した。
「……呼ばれたら、すぐに行くつもりだったよ」
「……」
――そうか……呼んだから来てくれたんだ。私が、冷くんを呼んだから……。
遠くから、ゴロゴロと雷鳴のような音が聞こえて来た。空はすっかり暗くなっている。
突然、紫杏が弾かれたように立ち上がったので、冷一の視線も上を向いた。
「どうかし――」
「やっぱり、ちゃんと話し合わなくちゃ」
「――何の話?」
「明堂先輩と林崎くんがきちんと話し合えば、きっと全部元通りに……」
ああ、その話か、と冷一は言った。
「……話し合えば解決? そんな簡単には行かないだろう」
「どうして? 明堂先輩も林崎くんも、お互いに誤解してるだけなんだよ。林崎くんがテストで不正したなんて嘘の噂を流して、明堂先輩をけしかけて、二人が対立するように仕向けたのは坂巻さんなんだから」
「じゃあ、彼女が嘘の噂を流して、明堂先輩をけしかけて、二人が対立するように仕向けたのはどうしてだと思う?」
「それは……」
紫杏は少し考え、言葉を選んで答えた。
「……林崎くんが、テストで一番だったから」
「そして、明堂先輩が二番だったから。あわよくば共倒れにって考えたんだろう」
「……」
「並外れた能力は脅威でしかない。排除したがる人間は多いよ。一度は丸く収まっても、また同じことが繰り返される」
「それじゃ、どうすればいいの?」
「そんなこと考える必要はないよ。明堂先輩に任せて置けばいいんだ。さっき彼女もそう言って――」
「違う」
「え?」
「私が聞きたいのは、林崎くんの気持ちだよ」
冷一の目が、僅かに見開かれた。
「『みんなが』とか『誰かが』とかじゃなくて、『あなたが』どう思うかを知りたいんだよ――林崎くん」
彼はしばらく何も言わなかった。やがてゆっくりと立ち上がり――まっすぐに、紫杏の視線を受け止めた。
「……気付いてたのか」
ややたじろいだものの、紫杏は目を逸らさずに言った。
「最初は気付かなかったよ。だって、林崎くん、冷くんの姿をしてるから……」
「僕が現れたらがっかりするだろうと思ったんだ」
「そんなこと……」
――冷くんの顔、冷くんの声。でも、冷くんじゃない。どんな姿をしていても、私にはわかる。
「どんな姿をしていても、林崎くんは林崎くんだよ。でも……やっぱり、私は……林崎くんと話す時は、林崎くんの顔を見て話したい」
「そう? 僕はこの方が話しやすかったけど」
「林崎くん――」
「わかったよ」
笑いながら、彼は眼鏡を外した。
「じゃあ、後ろを向いてて。元に戻るから」
「……私が見てない間に消えたりしない?」
「しないよ」
なおも未練がましく見つめていると、相手の方が先に背を向けた。紫杏も渋々それに倣う。
背中合わせで沈黙しているのはひどく居心地が悪かった。紫杏は気持ちを落ち着かせるために深呼吸した。
「林崎くん……もういい?」
答えはなかった。
「林崎くん……?」
遠慮がちに振り返ると、林崎は紫杏から離れて屋上の端に立ち、フェンス越しに下を見ていた。
「林崎くん……」
近付こうとした紫杏を、強い風が押し戻した。よろめいて数歩後退した時、林崎がこちらを向いた。
林崎は林崎に戻っていた。冷一より幾分長めの髪が、風になびいて揺れている。
「随分強力な魔法だったみたいだな。完全に取り除いたはずなのに、まだ少し残ってる」
彼は独り言のように呟いた。
「誰が掛けたんだろう……明堂先輩かな」
「冷くんだよ」
紫杏が出した名前に、林崎は興味を示した。
「そうなのか……。案外、桔流の方が明堂先輩より高い能力を持っているのかもしれないね。もし、真面目にテストを受けていたら……」
屋上のドアが音を立てて開いた。
「紫杏ちゃん!」
「えっ?」
紫杏はびっくりして振り返った。
「明堂先輩? え……本物の明堂先輩ですか?」
あんまり唐突だったので、つい変な聞き方をしてしまった。
勢い良く飛び込んで来た明堂は、紫杏を見、林崎を見て眉を吊り上げた。
「林崎、お前……紫杏ちゃんに何をした?」
「何もしていないよ」
「何もされてません」
林崎と紫杏はほぼ同時に答えた。
明堂は紫杏に視線を戻した。
「本当か? 本当に大丈夫なのか?」
「私は大丈夫です。明堂先輩こそ……」
紫杏は明堂が息を切らしているのが気になった。
「まさか、ここまで走って来たんですか? どうして……魔法は?」
「うん……」
明堂は束の間押し黙った。
「……罠に掛かったかも」
「罠?」
「前に話したよね、林崎が魔法を使うと反応する探知機のこと」
「あ――」
「もうずっと反応がなくて、林崎に壊されたものと思ってたんだけど。それが今日久々に魔法の気配をキャッチしたんで――すぐさま飛んで来ようとしたわけ」
説明しながら、明堂は顔をしかめた。
「だけど、着いたのは校門の外だった。何か知らんが、魔力が弾かれたらしい。今、この校内で、俺は魔法が使えない」
「誰も使えないはずだよ。僕以外は」
林崎が言い足した。
――魔法が使えない? それじゃ、明堂先輩は……。
「林崎くん、わざと明堂先輩が気付くように魔法を使ったの? 明堂先輩をここに来させるために?」
紫杏は唇を震わせた。胸がざわざわした。
「一体、何をするつもりなの……?」
「僕がどう思うか知りたいって言ったのは日野原さんだろう」
林崎はもたれていたフェンスから離れ、頭上の雲を振り仰いだ。
「どうすればいいか、ずっと考えて来たけど……やっぱり、方法は一つしかないと思う。そのためにはまず、明堂先輩をどうにかしないと」
「どうにかって――」
思わずぞっとしたのは、理科室で静香が同じ言い方をしていたせいだった。同じことを意味しているとは限らないけれど……。
「命まで取ったりはしないから、安心して」
林崎が付け加えた言葉は、逆に紫杏の不安を増した。
「おい」
さすがに明堂も黙っていられなくなったらしく、声を高くして林崎に詰め寄った。
「何で俺なんだよ。俺が何をしたって言うんだ? 気に入らないことがあるなら、暴挙に出る前にはっきり言え」
林崎は明堂を見た。その眼差しは冷ややかだったが、聞かれたことには答えた。
「邪魔をしてるじゃないか」
「邪魔?」
「僕の魔法を台無しにした」
「俺がいつそんなことを」
「先月。――僕を呼び戻しただろう。携帯に電話を掛けて」
明堂がはっと息を呑んだ。
「僕は、戻るつもりはなかったのに」
そうだった。明堂はあの時、自分が魔法を破ったと林崎に思わせたのだ。
紫杏は慌てて前に出た。本当のことを言わなければ――。
「違うよ、林崎くん。あれは違うの」
「紫杏ちゃん」
明堂が鋭く遮った。
「余計なこと言うな」
「でも……」
――このままじゃ、林崎くんは明堂先輩を……。
「命まで取ったりはしないから」
紫杏の蒼白な顔を見て、林崎は繰り返した。
「今度こそ、確実に魔法を掛けたいだけなんだ」
まるで小さい子供に言い聞かせているような口調だった。
「日野原さんは先に帰っていいよ」
紫杏は首を振った。
「私はここにいる」
「あなたがいたって、何も……」
「私はここにいる。これ以上、林崎くんを悪者にはさせない……!」
「僕は最初から悪者だったよ」
淡々と林崎は言った。
「僕の持つ力そのものが悪なんだ。親にさえ疎まれた――本当の僕がどんな人間か、日野原さんはわかっていないんだよ」
「林崎くんは林崎くんだよ」
紫杏はひたすら首を振った。
「魔法が上手か下手かなんて関係ない。林崎くんは林崎くんだよ」
林崎の瞳が揺れた。何か言おうとして、一旦言葉を飲み込み、隠すように目を伏せる。
「日野原さん……僕は忘れたいんだ」
「私だって、忘れられるものなら忘れたいよ」
「忘れさせてあげるよ。今度こそ、確実に」
林崎が微笑んだ。――悲しい微笑みだった。
紫杏は手を伸ばしたが、林崎には届かなかった。彼は言葉を続けた。
「全部――リセットする」
その瞬間、何もかもが闇に沈んだ。
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