――二月十五日――

 放課後になり、紫杏は校内を捜索していた。

 ――昨日林崎にチョコレートを返してもらったあと、教室に置いた鞄を取りに戻った。慌てていたから、落として気付かなかったのかもしれない。

 校舎を上から下まで見て回り、また最上階に戻って屋上も調べた。

「やっぱり、ない……」

 がっくりと膝を突いた時、上から声が降って来た。

「何やってんだよ」

「れ、冷くん!」

 屋上のフェンスに寄り掛かって、冷一が見下ろしていた。神出鬼没はいつものことだから、別に驚かないけれど……。

 紫杏は冷一が腕に抱えている分厚い単行本を見やった。

「また屋上で本読んでたの?」

「うちに帰るまで待てなかった」

 これもいつものこと。冷一との会話は、いつも代わり映えがしない。

 冷一は軽く首を傾げた。

「何がないって?」

 紫杏はそっぽを向いた。

「……冷くんには関係ない」

「何ふてくされてるんだよ」

 ――昨日のこと忘れたの? 頼るなって言ったくせに。

「……」

「……」

 冷一は黙って、紫杏が話すのを待っている。

「……チョコレート」

 紫杏は渋々打ち明けた。

「昨日学校に持って来たチョコレートが、なくなっちゃったの」

「ごみと間違って捨てられたんじゃないのか?」

 かなりひどいことを言われた気がしたが、今は突っ掛かっている場合ではないので聞き流した。

「ううん、やっぱり私、ちゃんと家まで持って帰った……だから、やっぱり……誰かに盗られたんだと思う」

「は……? 本気で言ってんの?」

 呆れ顔の冷一に構わず、紫杏は思案した。

「私の部屋に忍び込んだか、別の場所で奪って置いて、そんなことなかったように思わせたか」

「あのな」

「そういうこと出来そうな人って誰だろう。動機は……?」

 その時、ある考えが閃いた。

 ――もしかして、あの人が……。

「ばかばかしい。自分でどこかに置き忘れたんだろ」

「違うってば! ありそうなところは一通り探したんだから。朝からずっと……あ!」

 振り回した拍子に傘が手を離れ、手すりを越えて落ちて行ってしまった。

「やだ、もう……」

「俺は取って来てやらないぞ」

 冷一が冷たい声を出した。

「頼んでない」

 身を乗り出すと、裏庭に横たわった傘が見えた。

「わざわざ降りて拾うの面倒だな……」

 じっと、傘を視線を注ぐ。

 ――おいで……。

 初め、傘は紫杏の言うことを聞きたくないようだった。草の上に居座ったまま、ぴくりとも動く様子がない。が、やがて小さくかたかた震え出し、ぎこちなく地面を離れると、ようやく紫杏に向かって飛んで来た。

 ……よし!

 両手で傘の先端を掴んだ時――。

「何やってるんだ?」

 冷一がぽかんと立ち尽くしていた。

「何って……」

 紫杏は冷一の、狐につままれたような顔を見返した。

 ――どうしてそんなに驚くの?

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