――二月十四日――

 冷一に罵声を浴びせて逃げた紫杏は、一気にバス停まで駆けて来た。

『まだ、来てない……』

 呟いて、ベンチに腰を下ろす。

 全力疾走したせいで息が上がっていたし、ひどく切なかった。おまけに、バスを待つうちに、ぱらぱらと雨がちらつき始めた。紫杏は泣きながら、屋根の下で体を抱えていた。横に置いた紙バッグが涙で霞む。

 ――冷くんが悪いんだ。人の話を聞こうとしないから。誰が代わりに渡してくれなんて頼んだの? 私は……このチョコは……。

『日野原さん?』

 突然声を掛けられて、紫杏は飛び上がった。

 クラスメートの林崎はやしざき寛人ひろとだった。雨音のせいで、彼が近付いて来たことがわからなかったのだ。涙を拭う暇もなかった。

 林崎は傘の下から、紫杏の顔を覗き込んだ。

『どうしたの? 桔流と何かあった? 意地悪でもされた……?』

 ――林崎くん、勘が良すぎ。まるで全部見ていたみたい。

『何でもないの。ちょっと、喧嘩しただけ』

『あなたのようなか弱い女の子に優しく出来ないなんて、桔流は困った奴だね』

 林崎はそう言って笑った。

『そんな……』

 俯くと、また涙がこぼれ落ちた。林崎が慰めようとしてくれても、今の紫杏には逆効果だった。涙はどうしても止まらなかった。

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