Still Raining, Still Dreaming - 5

 一人暮らしの身にとっては、ご馳走してくれるほどありがたい存在はない。それは、雨の日にいつの間にか家に入り込んでいる『彼女』だとしても同じことだ。

 いつも通り、美味しそうな料理が食卓に並ぶ。……これは僕の表現力が貧弱なのではなくて、そうとしか表現できないのだ。ゲームテキストの「おいしい料理」が、おいしい謎の食事であるように。

 そんな謎の食べ物たちは、実際いつも美味しい。「美味しい」という味がする、というべきだろうか。舌が肥えていない僕には難しい話である。


 なんとも言えずに黙々と食べる僕をじっと見ていた彼女が不意に口を開く。

「ところで今日は、何を聴かせてくれるのかしら?」


 さっきごちそうしてくれる、と言ったのを少し訂正する。彼女が食事を作るそのお礼に、僕はひとつ曲について語るのだ。それが対価であり、僕と彼女の相互関係なのである。

 だから雨の日はいつも何にするかを考えているのだが、今日は友人とずっと喋っていたので決まっていない。

 こういう時には、どこかからヒントを得るべきだが…………すぐに見つかった。学食での会話、『最高のパンク・バンド』について。帰りに聴いたのは候補のひとつだった、セックス・ピストルズ。であればここは、これしかあるまい。

「クラッシュ──ザ・クラッシュです。今日はそれにしましょう」


「クラッシュ? それは何?」

 初めて聞いた言葉なのか、はたまた僕に合わせているのか彼女は首を傾げる。

「The Clashクラッシュ──パンク・ロック・バンドです」

 友人の受け売りですが、と続ける。

「主に76年から86年に活躍したバンドで、商業的に最も成功したパンク・バンドのうちのひとつに入るバンドです。

 イギリスで強烈な誕生をしたセックス・ピストルズに影響を受けて結成され、ファースト・アルバムの『白い暴動(原題:The Clash)』はその影響を強く受けている……そうです。

 ですが、クラッシュといえばパンクとレゲエの融合を目指した音楽性が第一にあると思います。今日はクラッシュのおそらく最も有名なアルバム、パンクに批判的だったイギリスの批評家たちを一転して絶賛させたといわれる、『ロンドン・コーリング(原題:London Calling)』の表題曲を聴きましょう」


 曲名はロンドン・コーリング。これは第二次世界大戦中にBCCが占領地に向けて行った放送の出だし「This is London Calling...(こちらロンドン)」から来ているものである。もちろんパンク・ロックだが、一般的なそれへのイメージとはかなり離れているように思う。特にセックス・ピストルズの衝撃的なそれらとは。


 僕は空になった皿を有無を言わさず持って行った彼女を見送り、アルバムを探す。……なんだか詐欺のような話だが僕はアルバムの『ロンドン・コーリング』を持ってはいない。僕が持っているのは彼らのベストアルバム、『ザ・ストーリー・オブ・ザ・クラッシュ』だけなのだ。

 その2枚組のアルバムの、2枚目をCDプレイヤーにかける。ナンバーは12。再生時間は3分19秒。ロンドン・コーリング。ザ・クラッシュが放つ、史上最高威力の曲である。

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