Still Raining, Still Dreaming - 4

「ああ、どうも。お久しぶりです」

 目の前で柔らかに微笑む女性。上ずった声で目を泳がせる僕。無理して作った笑顔もきっと引きつっているだろう。

 相対する彼女は、とても見目麗しく、形容するならば大和撫子、小野小町? いや多分、より美しく、そしてよほど恐ろしい。傾国の美女、というのが適当かもしれない。それほどの美貌が、このひとにはある。


 綺麗すぎる、というのが素直な感想だ。周りの雑草を枯らすが、自らは華やかに咲く、あの薔薇のような。どことなく得体が知れないというか──


 ──身体が震えた。思考の渦から一気に引き戻されて、思い出したように寒くなる。

 小刻みに震える僕に、綺麗なそのひとはようやく異常を察知したようだ。お手本のような微笑み、その細くなった目の、黒目だけがするすると僕の頭から足にかけて落ちていく。

 その視線はまるでメンテナンスのためにスキャンする機械だ。しかし、緊張こそするが不思議と安心感がある。これも美人ゆえなのだろうか。

「──濡れているのね」

 彼女はそう言うと洗面所に入っていった。すぐにタオルを手にして戻ってくる。

「拭きなさいな。濡れたままでは困るでしょう」

 変わらず微笑をたたえたまま差し出されたタオルを受け取りながら、僕は言った。

「ありがとうございます。ですが、こういうずぶ濡れの時は『早く風呂場に行って身体を温めてこい』と言うものですよ」

「あら、そうなの?」

「ええ、そういうもんです。風邪引いちゃいけませんから」

 なるほど、と言って、彼女はようやく笑顔をやめた。今度はなにか考えているような顔をしている。玄関で立ち塞がって考え込んでいるので、僕は家に上がれなかった。


 しばらく思案顔をしたのち、彼女は満足気にひとつ頷いた。そしてもはや少しずつ体温を取り戻そうとしていた僕ににこりと笑い、

「早く風呂場に行って身体を温めてこい」

 と言い放った。

 僕は頷くしかなかった。



 僕が風呂場から出てきた時、彼女は座り込んで窓の方を向いていた。明かりをつけるには微妙な光が白い横顔を照らしている。

(……月?)

 っている訳ではない、純粋な光の反射は、月を思わせた。血の気が感じられない青白い肌に、まるで死んだように微動だにしないところなんて、物凄く精巧につくられた人形のようである。

 普通人の横顔というものはずっとは見ていられないものだが、彼女があまりに動かないので、つい僕も動きを止めてしまっていた。


 ……動きどころか、恐らく思考も止まっていた。とした時には、カーテンは閉まっていて、明るい部屋の中で彼女が心配そうにこちらを見ていたからである。

 人間って立ったままでも眠れるのね、と彼女は言った。僕はそれを否定しておきたかったが、むしろそれを言うと逆効果になる気がしたので、何も言わなかった。


 僕が黙っていたのをどう捉えたのか、彼女は立ち上がって僕に笑いかけた。

「じゃあ、ご飯にしましょうか」

 ようやく頭がはっきりしてきた僕はそれに応えた。

「はい、そうですね」

 雨の日の、夕食が始まる。

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