Still Raining, Still Dreaming - 3
隣で運転する友人は、この空模様とは正反対に、朗らかな表情で語り続けている。
「そもそも、セックス・ピストルズは友人とか家族の集まりで出来たバンドじゃなくて、ある目的の下に集められたメンバーなんだ。
ニューヨークで流行り始めたパンク・ロックはすぐにロンドンまで渡ってきた。だけど、当時のイギリスは不景気真っ只中で、特にロンドンでは若い失業者がいたんだよ。それはもう、たくさんだ。
で、仕事が無いと、当たり前だけど
そういう風潮をいち早く察知して行動に移したのがセックス・ピストルズのプロデューサーである、マルコム・マクラーレンだったんだ。仕事がないために街でたむろする連中からスカウトして、攻撃的な音楽性や破茶滅茶な言動をメンバーに仕込んでいった。調教と言ってもいいかもな。
かくして世に放たれたセックス・ピストルズは斬新な服装や激しい言動で社会に噛みついて、『パンク』というひとつの
満足気な顔で講義を終えた友人に、僕はぱちぱちと拍手しながら言った。
「すごいな。お前、教授になれるぞ」
「馬鹿、良くて准教授だよ」
どうやら満更でもないらしい。今の言葉に気を良くしたのか、友人はこう付け足した。
「せっかくだから豆知識だけど、マクラーレンにスカウトされたメンバーは全員が音楽経験を持たなかったらしい。完全なる素人バンドだったんだぜ」
「それ、本当か?」
「まあ、彼がイチから育て上げたバンドだからな。自分のアイデア通りに仕込むのはむしろそっちの方が都合が良かったんだろう」
友人の言葉に、だが僕はそれとは違う部分にも納得した。
「でも確かに、素人同然のやつが大成功したとなったら、同じような大当たりを狙って色んなバンドが出てきてもおかしくないよな」
「そうさ。セックス・ピストルズの影響を受けたバンドは数知れず。あのクラッシュだってその影響を受けてパンク・バンドとして売り出した訳だからな!」
あからさまに興奮した友人からさらに話を聴くうちに──もしかするとこの時には既に──僕らは駅を過ぎていた。
正確には、僕の家の方角に出ていた。乗り過ごした、ということらしい。車で。
(そんなことがあるもんか)
とは思うが、僕も駅を過ぎていたことに気付かなかったので何も言えないのだった。
ふと、友人が僕に訊く。
「それで、結局どこまで乗せていけばいいんだ?」
「え? ──あ」
僕の家はかなり近付いていた。
「本当に家まで送っていかなくていいのか? そのままだと濡れるぞ」
「いいって、いいって。ここまで来ただけで十分だよ。それじゃ」
またな、と言って車から降りる。降る雨のせいか少し肌寒い。離れていく車を後ろに感じながら、僕は傘を開いて歩き始めた。
……しまった。やられた。
まさか、足元に跳ねてきた蛙に気を惹かれて、走ってきた車が踏んだ水溜まりに気付かなかったとは。
(なんか今日、気付かない日なのかも)
とまで思ってしまうほど、抜けている。今日は家に帰ってからが本番だというのに。
濡れた身体で家路につく。やけにこちらを見る蛙が目につく。それらは僕を笑っていたり、あるいは心配していたりと、様々である、ように思える。実際奴らにそこまでの思慮深さは無いのだ。
家に着く。いや、まだ目の前だ。玄関の扉の前で、僕は入るのをためらっている。
自分の家に帰りたくない一人暮らしなんてのは、ふつう、いない。母親から「家に来たよ」なんて連絡が来た時は別だが、誰も居ないのに入るのをためらってしまうなんて話は、そうそうあるもんじゃないだろう。
それは、まあ、つまり。
今、僕の家には誰かが居るわけで。
ドアノブを捻る。鍵は、開いている。
意を決して扉を開く。そこには──
「あら、おかえりなさい?」
雑誌のモデルみたいに微笑む。
『彼女』が居た。
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