9.対話
モークシャは頭を抱えていた。
勿論悩みは問題の彼、チェイスのことである。
交渉には成功したものの、彼は本当に交渉にしか意味を感じていないようだった。
まず仲間と馴染もうとしない。確かに仲良くする気は無いとは言っていたが、少しは会話とかそういうのがあるかなと微かな希望を持っていたのだ。
しかし話さない。本当に話さないのだ、驚く程に。
話しかけられても半分は無視、もう半分は煽りというか貶しというか、とにかく敵意剥き出し興味無し。この前ついに苦情が来た。まだ危害は加えてないから事は収まったが、本当に勘弁して欲しい。
あと戦闘。確かに強い。とても強いのだけど、勝手が過ぎる。勝手に前線に行ってすぱーっと片付けてはい終わり、といった様子で。助かるような困るような...要は話を聞いて欲しい。
「んー...」
「珍しい、悩み事なんて」
「あ、アカネ...いや、流石に悩むかな、これは」
「だよねぇ〜」
そう言うと、彼女は苦笑する。苦笑でも彼女は太陽の様に笑う。つい最近まで笑い方も忘れていた自分にはその笑顔が少し羨ましかった。
「もう少し心を開いて欲しいというか、なんと言えばいいか...」
「随分彼ひねくれてるよねぇ。私が貴方の立場だったらと思うと気が遠くなるね」
「まだ私の話は多少聞いてくれるからそこは救いが...」
「もう一発殴って痛い目見せた方が話が早そうだよね」
「い、いや殴っちゃ駄目だと思う...」
「あはは、そう言うと思った。まぁ私が言うのもアレだけどさ、こういうのは時間がなんとかしてくれるんじゃないかな」
「そうかな...」
「そうそう、そういうもんだよ。そのうちなんか変わるきっかけがあるって」
「...まぁもう少し、頑張ってみるね」
「うんうん」
そのまま彼女は満足そうにその場を去っていった。それを見送り、少し冷めた手元の珈琲を啜る。
日が姿を地平に潜めようとしている。
私は足早に、ある部屋に向かった。
「こんばんは」
「...」
ノックをしても返事が返ってこないのは知っているので、いつもこうして部屋に入っている。
表情を変えない彼にも、もう慣れた頃合だ。
「一人の方がいいのだろうけど、これも決まりだから、少し我慢して欲しい」
私がこうして何故わざわざ部屋を毎日訪れているのか。単刀直入に言えば監視である。
話は彼の処遇の話し合いまで遡る。あの後仲間達の受け入れの条件として出されたのが監視だった。そのため、こうして任務外時間にも様子を確認に来ている、という訳だ。
そしてもう一つ、大事な理由がある。
彼が持つ、青い焔の力だ。
あれは敵側主将の持つ能力だが、問題はその性質にある。
善神の本能が、アレは目覚めさせてはいけないものだと私に告げるのだ。決して人に宿していい力ではない、と。
そんな力を、半分無理矢理ではあるがこの彼は引き継いでしまっていた。正直私にはそれがどんな問題を起こすかが予想出来ない。
そこで、私の神性で何か出来ることは無いかと考えたのだ。私の神眼は悪性の浄化の加護がある。こう毎日来る時間は、その効果を見るには都合が良かった。
私はここに来た際、絶対すぐ帰る事はしないようにしている。必ず何か会話をするのだ。彼も拒絶はしなかった。言葉の数は少ないが、しぶしぶであったとしても、彼が会話を返してくれるのは単純に嬉しかった。
傍にあった椅子に腰を掛ける。
「...今日の任務は大丈夫だった?少し怪我をしていたように見えたけど」
「...この程度なら慣れている」
「あまり自己犠牲は良くない。私も貴方のことは言えないのだけど」
「...?」
「ほら、私、死ねないから。傷もある程度したら消えるし、昔は結構自滅的な戦い方したの」
「…都合のいい身体だな」
「そんなこともないよ。痛いものは痛いし辛い。でも前はそんなこともどうでもいいくらい私は自分のことがわからなくなっていただけ」
「...何故その戦い方を止めた」
「仲間が悲しむからだよ。私がみんなが傷つく様を見たくないように、彼らも私が傷つくのを見るのが辛いってわかったから」
「そんな事の為だけに」
「些細な事じゃないよ、とても大事な事」
「...」
「まだ分からないかもしれないけど、ここで暮らしていたら分かるはず、きっと」
「...」
「じゃあもう行くから、また明日。ゆっくり休んで」
椅子を立ち、そのまま部屋を立ち去る。こうやって会話をすることで、何かが変わる訳じゃないけど。
それでも、何かが変わればいいなと、願っている。
しかし、転機というものは、突然にやってくるものだ。
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