7.輪転
部屋に入ると、彼はまだ目が覚めていないようだった。後で時間を改めて来るべきか、と思ったが、起きた時に何かあったらいけないと思い、横に置いてあった椅子に腰を掛ける。
ふと、首元から大きな傷痕が覗いているのが目に映る。ああ、あの拷問の傷は残ってしまっているのか。
「...ぅ」
「...!」
彼が静かに目を開き、部屋の様子を見る。反応は予想していたものよりずっと冷静で、自分の置かれている状況をすぐに飲み込んだ。
「...捕らえられたのか」
「...ごめんなさい、一応、何をするかわからないから」
「...は、それで?俺はどうなる、ずっとこのまま軟禁か?」
「いえ、お願いがあるの。私達と一緒に旅に行かない?」
提案に、乾いた笑いを見せる。
「...馬鹿なのか?お人好しが過ぎる」
「だって、」
「...?」
「貴方に美しいものを見せるって、約束したから」
「...!」
瞳の奥が揺らぐ。
私は視線を合わせる、目を逸らされないように。
苦虫を噛み潰したような顔をしていた彼が、ふぅ、と息を吐き出し、此方を覗き返す。
「...俺はお前らの味方になるつもりも無いし、馴れ馴れしく関わるつもりも毛頭無い」
「...」
体を起こし私のこめかみに指を突き付ける。
「だから、これは交渉だ。俺はお前に同行するし危害も加えない。だがその代わり、俺はお前以外の話は聞かないし、俺が少しでもこの行動に意味を感じなくなったら俺はお前を殺す」
「...わかった。それでいい」
「...本当に馬鹿だ。お前も、他の奴も」
「今はそれでいいよ、いつか分かる時が来るから」
「...」
「あと、私の名前はモークシャ。そのお前って呼び方で呼ばれたままじゃ釈然としない」
「...知るかよそんなこと」
「む...私は気にする」
「...」
「...じゃあ、また後で様子を見に来るから。まだその傷じゃ動いては駄目だから」
「...」
「また後でね。チェイス」
扉を閉める。
外で待っていたエルサが此方の顔を見て安堵の表情を見せた。
「上手くいったっぽいね」
「まぁなんとか...これから大丈夫だろうか...」
「まぁ大丈夫なんじゃないの?私の勘だけど」
「ええ...」
「いや本当だよ?貴方なら彼を変えられる、そんな気がするんだ」
そう言うと、彼女は肩の重荷を下ろした後のような笑みを見せた。
私も彼女にできる限り笑い返した。
歯車は、今、確かに廻りだした。
明日はどんな美しいものを見せようか。
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