4.神灯

森は暗い牢獄を出ても劣らない鬱蒼さを宿しており、依然として手元の燭台の明かりだけが足元を照らす。

先程通ってきた道に、血が滴っている。

この先に行けば、あるいは。

赤い道標を辿って私は先を急いだ。


「これは恐らく、狩人族の、拠点…」

進んだ先にあったのは、寂れた建物。

それが中の状況を見る前から物語っていた。





「…去ね」

「...」

中は血と灰の残状だった。

一番奥の椅子には胸を貫かれ項垂れる男の姿。

周囲は青黒く焼け焦げた何十もの屍。



その中に溶け込めない、一人の人影があった。




「それ以上近付くな。今すぐ立ち去れ」

「断る」

「...」

「貴方を連れ出しに来た」

「...連れ出す?巫山戯るな」

剣を引き抜き眼前の空間を切り裂く。

鈍い音を立ててダガーが足元に落ちる。

チッという小さい舌打ちが耳に届いた。

「...話すことは無い、死ね」

対話の意思は無い。しかし引き下がる気も毛頭無い。

細剣の切っ先を目の前に向ける。

互いの視線が交差し、そして、刃が閃いた。




金属の細く強く衝突する音だけが響く。

懐を狙う切っ先を鍔で受け止め流し、そのまま一撃を眼前に突き刺した。

屋内で耐えきれない互いの剣撃は、舞台を外の森に移す。

しかし、風の如く流れる様に動く身体に剣先は届かない。

天性の狩人としての恐ろしい程の身体能力。

的確に急所を抉ろうとするその姿は猟犬の如く。

もはや剣筋、速さの優位などは存在せず、互いに紙一重の攻防を重ねる。

息をする間も惜しい追撃を耐え、互いの刃は弧を描いた。

「どういうつもりだ」

「約束を果たしに来た!」

「お前に用は無い」

「拒絶しないで、こんなのは間違ってる...!」

「お前に何が分かる...!」

圧倒的な憎悪を込めて刃が迫る。頬に、鋭い痛みが走った。

「ぐ...っ」

「誰が俺を救える、俺の何を救う。俺にはもう何も残されていない。あるのは、この力だけだ...!」

短剣に青黒い焔が宿る。

しまった、これは彼等の。

すんでのとこで躱す。万が一あれに当たってしまったら、反撃不可では済まない事態になる。

「何故貴方がその力を...?!」

「俺は俺の為にこの力を受け入れた。この力をもって、今までの全てを葬るのが俺の選択だ...!」

「そんな事、何の解決にもなっていない...!」

「ああ煩い、煩い、黙れ。お前みたいな奴が一番、耳障りなんだよ...!」

受け止めた細剣に、今までの比では無い力がかかる。受け止めきれなかった力が、支えていた剣を弾き返し、床に落とす。

そのまま体制を崩され押し倒される。剣を弾かれた自分は悲しいほどに無力だった。

二人を照らしていた蝋燭が、雨に当たりふっと消える。白い髪と赤い目は、暗い空間では、二人の存在の主張を確かにしていた。

首筋に冷たい温度が伝わる。突きつけられた短剣は二人の優劣を明確に示す。

私は速く脈打つ心臓を抑え、





時が、静止する。


「...」


「...抵抗しろ」


私は抵抗しない。


「助けを乞え」


助けも乞わない。


「泣いて縋れ」


泣き縋りもしない。


目を開け、彼の頬に手を伸ばす。

喉元の切っ先が僅かに揺れ、一筋の血が地に落ちる。


「どうしてだよ」

「...どうしてなんて理由は無いよ」

「何も分からない癖に」

「分からないけど、知ることは出来る」

「俺には何も無い...」

「何も無くても、まだ生きている。未来がある」

「勝手に諭して、そうやって...お前もどうせ俺を置いていくんだ」

「置いていかない、何処にも」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「ぁ...」

「生きる意味が無いなら探せばいい、分からないことがあるなら知ればいいの。私が照らす、貴方を救う。命は、あなたが思っているより、暖かく、美しいものであるから...!」


瞳の奥が小さく、しかし確かに、灯火をともして揺れたのを、確かに私は見た。


短剣が、手を離れ、地に落ちた。

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