2.邂逅

出会いは、深い森の中。

来たる決戦に向け、敵地に進軍する私達の前に、彼は現れた。


滴る血。足元はぴちゃりと歩く度に赤色の波紋が反響する。

体を包み込む外套は元の色を食い潰され、鈍く白に光る長い三つ編みが、その姿を暗闇から引き出していた。

振り向いた姿は、赤眼だけが煌々と鋭い輝きを此方に向ける。


「...敵ね、しかも格上の」

「気をつけろ、殺気の鋭さが今までの敵とは桁違いだ」

「...来る!」

コールとフィロの注意を反芻する間もなく敵が此方に飛び込んでくる。

隙のない短剣の捌きは、確実に此方側の喉元を掻き切るべく弧を描く。

すんでのところで攻撃をかわす。

数ミリ距離で殺気が肌を撫でる。とても手馴れている、と感じた。

長剣を使う自身にとって短剣はリーチの差で有利に戦闘を進めることが出来る。しかし、この敵は自身が如何に傷つくことも厭わないといった間合いの詰め方をしてくる。そういった自滅的な戦い方の敵は小回りの効かない自身の戦い方とは部が悪かった。

それは見ていて周りの仲間にも理解出来たのか、機動力のあるメンバーが前に躍り出る。

その隙に前線から後ろに下がると、エルサが、青ざめた顔で立っているのが目に映った。

「...なんで...」

夢なら覚めて欲しいと言わんばかりに注がれる視線は小刻みに震え、足は竦んで動かない。


一体何が、彼女はどうしたのか。


視線の先、外套の男のフードがふと風に煽られ、スラリと長い耳が目に飛び込む。


エルサのものと全く同じ耳。

まさか、と思う。


鋭い赤眼が、獲物を定めるように、細く此方を貫いた。







「エルサ!あれって」

「...!モークシャ、そう、そうなの...!彼が、その」

「何故敵に...」

「わからない...!まさか私のせいで...」

「馬鹿な事言わないで、なんとかして止めないと...!」

メンバーが呻き声を上げて吹き飛ばされる。前線の抜け穴を見逃すことなく潜り抜け此方に恐ろしい速さで彼が迫ってくる。

自身の長剣を引き抜き彼のエルサに向けての一撃を正面から受け止める。

そのままの体制で話しかける。

「貴方は、狩人族のチェイス...?!エルサに何故攻撃をするの...!」

「黙れ、部外者は消えろ」

短剣が軋む。元々この細剣は、鍔迫り合いに向いている形状ではない。押し切られるのも時間の問題だ。

後ろでエルサが悲痛な叫び声を上げた。

「チェイス!なんで敵なんかに!やっと会えたっていうのに...!」

「煩い。俺はお前を殺す。それだけの為に俺はこうしてお前達の前に来ている。」

「...な、そんな」

エルサが絶句する。変わり果てた幼馴染に昔の面影はなく、目には純粋にして濁り果てた殺意が顕になっていた。表情は微動だに変わらず、何も感じないかの様な歪さから来る悪寒が、背筋を駆け回る。

私は思わず糾弾する。

「何故...!彼女を殺す理由なんてない筈...!」

「...」

部外者に用はないと言うかの様に目を向けることすらなく剣ごと身を弾かれる。

地面に衝突した体が軋む。しかしそんな痛みに呻いている暇はない。

彼女に狂刃が迫る。

いけない、こんな結末は駄目だ。



『私の代わりに、あいつのこと、助けてやってくれない?』



約束が、脳裏を駆け巡る。

そうだ、こんなのは間違ってる。



手を伸ばせ。




掴み取れ。











そして、








私の中で何かが、カチリと音をたてて繋がる音がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る