第十一話

────三年前。

ボクは交通事故にあった。

信号無視をした車に跳ねられ救急車で病院に運ばれた。

そしてボクは三日間ほど意識を失っていた。普通なら死んでもおかしくない状況だった。けれど奇跡的に軽傷ですんだ。

事故が起きたとき綾音はボクの側にいた。

跳ねられたとき彼女はその光景を見ていた。綾音は何も出来ずにただ見ていただけと苦しそうに言っていたのを覚えている。

彼女はボクが死んでしまうんじゃないかと不安だったらしい。

ボクが意識を取り戻すと彼女は目を真っ赤になるまで泣いていた。

それ以来、彼女はボクのことを沢山心配するようになった。

今なら彼女の気持ちがわかる。

何も出来ないという自分への苛立ちと好きな人を、自らの力でちゃんと守れないという不安。彼女はこんなに心が押し潰されそうになる感情を抱いていた。

ボクにはとてもできることじゃない。

けれどボクは───

何も出来ないんじゃない。

何かするんだ。

彼女を助ける為に────

「綾音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

ボクは少し手を伸ばす。

あと少し……、あと少し……。

彼女の手を掴む。

ボクは叫ぶ。

「盾よ!」

そのままボクと会長は地面につっこんだ。


────『キミはどうしたい?』

柔らかな印象を受けるこの声は聞き覚えがあった。

『黒い影。彼を倒したい?』

確か三雲が言っていた神那とかいう女性。

ボクは目を開くとそこは何もない真っ白な四角い空間だった。

「倒したい。それに──」

『それに?』

「ボクは好きな人を守りたい。」

『そう……』

神那は少し笑った気がした。

声だけでしかわからないが優しい人なんだろうなと直感で感じた。

『彼は元気?』

多分、彼とは三雲のことだろう。

「元気すぎるくらいだよ」

『ふふ、そうだろうね』

「神那さん?」

『何?』

「三雲のことを好きだったの?」

『好きだったよ。キミが彼女を好きなように』神那は言った。

『私と彼は持ちつ持たれつな関係だったけどお互いに認めあっていた。今のキミと私との関係みたいにね。どちらがかけても成り立たない』

ボクはその言葉に少しだけ気恥ずかしさを感じた。

『だから、黒い影を封印することはできた。死んじゃったけど。でも後悔はないよ。私は彼に……、霜月に出会えたから。でもそれは過去のこと。今はキミの番』

「えっ?」

『今はキミが戦ってる。好きな人を守りたいんでしょ?』

「うん……。でも奴に敵わないんだ。どうすれば?」

『大丈夫、キミは力を持ってるから。そんなに不安がらなくても大丈夫。彼女の手を離さない限り、キミは強くなれるから』


────目の視界が暗闇から、星の瞬く夜空に変わった。

ボクは痛む体を起こし、辺りをみる。

隣に会長が倒れていた。

どうやら助かったようだ。

「大丈夫か、二人とも!?」

三雲が駆け寄る。

「大丈夫だよ、三雲……」

まだ重たい雰囲気が続いていた。

隣の会長が目を覚ます。

「慶大……」

「綾音、大丈夫?」

「少し体が痛むが……、大丈夫だ」

会長はよろめきながら立つ。

「まだ死んでいないのか……」

屋上からボクらを見下ろしながら黒い影は不満そうに言った。

「しかし、悪運の強い奴らだな……。ここまでしぶといとは我は驚いているがな」

黒い影は笑っていた。

「慶大……、もう逃げられそうにない。ごめん……」

隣にいた会長が呟く。

彼女をみるとうつむき、泣いていた。

「私に力があれば……」

ボクは彼女の腕をとり自分のほうへ引き寄せ、抱きしめた。

「大丈夫、諦めないで」

「でも……」

「まだ戦える。二人、一緒なら……」

「うん……」

彼女はボクの体に腕を回し二人で抱き上う。「死ぬ覚悟は決まったか……?」

黒い影は残虐な笑みを浮かべたまま、ボクらにむけ言う。

「これが本当の終わりだ……」

黒い影は屋上から飛びおり白い剣を振りかざす。そして、雷のようなものをボクらにむけ放った。

ボクは上に右手を翳す。

「何をやっているんだ、かわせ!死んでしまうぞ!」

三雲が叫ぶ。

雷のようなものがボクらを包む前に言った。「盾よ……」

そうするとボクらの丁度、真上で雷は止まりダァンと弾ける音がして雷は消えた。

「何……?」

黒い影は着地し今回ばかりは本当に驚いた顔をしていた。

「慶大、防いだのか?」

会長は信じられないという顔をしていた。

「うん……」

ボクは抱きしめていた彼女を離す。

けれどボクは彼女の右手を左手で握ったままにした。

神那の言ったとおりボクは彼女の手を離さない。

「綾音!」

「何だ、慶大……?」

「好きだ!」

会長は目を見開き、少しして微笑み「私もだ……」とだけ嬉しそうに言った。

「何が起きているのか説明して貰おうか?」黒い影は無表情のまま言った。

「一つ言えることはアンタを倒せると言うことだけ……」

「ほう、面白い……。ではやってみろ……」黒い影は白い剣を構える。

「綾音……」

会長はボクの呼び掛けに無言で答えると手を離し木刀を持ち構える。

再び、木刀が青く輝きだす。

「慶大……」

会長は笑うと黒い影のほうをみる。

ボクは自分自身の内側へと意識を集中する。もう二度とあんなことはゴメンだ。

柿本綾音。彼女がいるからボクは笑っていられるし、ここにいられる。

どんなに日常が非日常に飲み込まれそうになっても彼女がいるかぎりボクの日常は壊れない。

だから彼女を守るんだ。

一人よがりの考えでもいい。

ボクは彼女が好きだから───

ボクは叫んだ。

声の出る限り、大きな声で。

「我、救済するものなり!」

その瞬間、ボクと会長の周りは青藍色に輝きだし、ボクらを包みこむ。

「何だ、これは!?」

会長はびっくりしていた。

「まさか、貴殿らは……!?」

黒い影は表情に大きな変化はなかったものの驚いていることは確かだった。

「それは神那の術。お前さん、その術を使えるのか!?」

三雲はボクらに近づき、言った。

「ボクにもわからない。けど黒い影を倒せそうな気がしてる……」

三雲は驚いたままだった。

ボクは黒い影を見る。

「貴殿が青の巫女だったとは。実に心踊らされる……!そうか……、そうか……」

黒い影は笑っていた。

これほどまで見たことのない嬉しそうな顔をしていた。「もう一度、心が踊る相手と戦えるとは……なんという素晴らしき日だ!」

嬉しそうな顔には冷たい笑みが混じっていた。「さぁ、こい!」黒い影は叫んだ。

「慶大……、私がお前を守る!」

会長は希望に満ちた顔で言った。

「うん……。ボクは綾音を守るよ」

ボクは会長と見つめ合う。

これが最後……。この力で……。

会長は走りだした。さっきより、いや今までより格段に動きが早くなっていた。黒い影に向け、横に木刀を一閃。それを黒い影は剣でガードする。キィンという甲高い金属音がする。黒い影は会長の木刀を払いのける。

払いのけた勢いで軌道を変え会長に向け、右方向横へ剣を一閃する。会長は一瞬で腰を低くし、攻撃をかわしつつ黒い影の懐へ潜り込む。そして木刀を右上へ向かい振る。

しかし黒い影は一瞬で消えると会長の真上へ一瞬にして現れた。会長へ刃を振りおろす。会長はすぐに上をむき黒い影の攻撃を受け止める。黒い影はまたすぐに消え、今度は彼女の後ろに移動する。

黒い影の動きは普通の人では目で追えないほど速かった。しかし会長はすぐに反応し、振り向くと攻撃を防ぐ。

会長は怯まず、黒い影に蹴りを入れる。

「…………!?」

黒い影は一瞬、痛みに顔が歪むがまた元の顔に戻る。さっきは効かなかった蹴りも効くようになっていたことは確かだった。

黒い影は後退りする。

会長は間髪入れず黒い影に向かい、青い斬撃を二三発、飛ばす。

黒い影は白い剣で払うと直ぐ様、剣に電気を走らせ、会長へ飛ばす。

それを会長は直ぐにジャンプし回避する。

黒い影は追い討ちをかけるように空中に浮いている会長へ更に二三ほど出力を押さえた電撃をとばす。二三発食らったら今の会長でも危ない。「盾よ!」ボクはすかさず叫ぶ。会長の手前で電撃は音と共に弾ける。

会長は着地し、すかさず黒い影に斬りかかりにいく。黒い影は正面から会長の攻撃を防ぐ。金属の衝突する音が響く。

二人は向かい合うようにつばぜり合いの状態になる。「面白い……。我は、興奮している。過去にも巫女たちと闘ったがここまで面白い者たちはいなかった!」

黒い影は笑いながら言った。

「私にはそんなこと関係ない!私はお前を倒すだけだ!」

会長は強く言い放った。

「そうか……、貴殿らは面白い!」

そう黒い影が言うと互いにつばぜり合いの状態から距離をとり、もう一度斬りあいを始める。会長と黒い影はお互いの攻撃をスレスレのところでかわす。

つばぜり合いを何度も繰り返し、距離をとっては同じように斬りあいをしていた。

二人の動きはとてつもなく速く、早送りの映像を見ているような感覚だった。

「やはり、やるな……」黒い影は会長に言う。「しかし、これでは決着が着かないな……」「何が言いたい……!?」

会長は黒い影を睨んでいた。

黒い影はボクのかほうを横目でみる。

「まさか……!?」

会長が言った途端、黒い影は会長の目の前から消えた。そしてボクの目の前に現れた。

「こうしていれば長引かずにすんだな!」

黒い影はボクに向け剣を振りおろす。

「慶大ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

会長が叫ぶ。しかし剣はボクには届かない。見えない盾でボクは防いでいた。

「やはり、やるな……!」

「アンタがボクを狙わないとは限らないと思ってね!」黒い影は笑っていた。

「しかし、まだだ!」

黒い影は剣を握る手に力を込める。

その瞬間、何かにヒビが入るような音がし始めた。「こんなまがい物では我の攻撃が防げるとでもいうのか!」

黒い影はボクの前にある盾を破壊しようとしていた。「くっ……!」

会長はボクの方に向かい走ってくる。

「黒い影、ボクのそばにきてくれるのを待ってたよ!」「何?」黒い影は不思議そうな顔をした。ボクは両腕を水平に前にだし、両手で握り拳を作り、叫んだ。

「悪しき者、封印せん!」

ボクと黒い影を囲むように会長の木刀と同じような薄く、青い円が足下に現れた。

円の中は幾何学的な模様がいくつもかかれていた。「これは……!?」黒い影は驚いていた。足下から青く輝く鎖が何本も出現し黒い影の手足や体に絡まる。「これは厄介なものを出してきたな……!まさかあの巫女の技を使うとはな……!」黒い影はその状態で身動き出来なくなっていて、鎖は黒い影を円の中へと引きずりこもうとする。

「これで終わりだ、黒い影!」

黒い影は水の中に入っていくように足元から沈み始めていた。

「やるな……、青の巫女!しかし……!」

黒い影は白い剣を握ったままの状態から力をこめ、鎖の緊縛に対し抵抗する。

沈みかけた右足を無理やり引き上げ、地面に足をつける。

「なっ、無理やり!?」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

黒い影は低く唸ると左の腕の鎖を無理やり剥がす。それと同時に鎖がカタカタと振動し始める。

「いかん!術の力が弱すぎて解けかけてる!」三雲は叫ぶ。

「わかってる!」

ボクは叫んだ。

意識に集中し、黒い影を封印しようとする。しかし黒い影を封印しようとする力は徐々に弱くなっていた。

「残念だったな、青の巫女! 我はやられんぞ!」

黒い影は初めて冷たくも暴力的な笑みを浮かべた。

白い剣を持った右手を縛っていた鎖にヒビが入る。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁ!」

黒い影は叫ぶ!

ボクは黒い影を封印することに意識する。

黒い影を縛っていた鎖は限界に近かった。

くそ、これで終わるのに……!

こんなんで……!?

ボクが諦めかけた時だった。

「まだまだぁ!」

会長は黒い影に向かい、走る。

そして黒い影に斬りかかる。

会長の木刀は青藍色の大きな炎を纏ったかのように今までより明るく、力強かった。

黒い影は左手を開き、会長の攻撃を素手で受け止める。

ものすごい音がした。

「慶大、諦めるな!私を慰めてくれたときのように希望を持て!」

会長は黒い影に止められた木刀に力を込めながら言った。

そうだ……!

自分には強い味方がいてくれる。

彼女の存在。

「うん……!」

ボクはさらに意識を集中する。

「こんなもので我を倒せると思っているのか……!?」

黒い影は鬼気迫る顔でいう。

黒い影は右手に力を込め、鎖の緊縛をとこうとする。

「思ってる!」

ボクは叫んだ。

「ボクは彼女がいる限りアンタを倒すことができると思う!」

「さぞかしなめられたものだな……!」

黒い影は少し顔がほほえむ。

会長は木刀に力を込める。

そしてボクは意識を集中させる。

「なめるなぁぁぁぁぁぁぁ!」

黒い影は更にちからをこめる。

「「消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」

ボクと会長は叫ぶ。

次の瞬間、大きな爆発が起きた。

「うわぁ!」「あっ!」

耳につんざくような音と共にボクと会長は飛ばされる。

「なんだ……!?」三雲は驚く。

黒い影、ボクらがいた辺りには粉煙が立ち込める。

「痛っう……!」

ボクはなんとか無事だったが背中を打ったため背中にすこし鈍痛が走る。

ボクは起き上がり、会長のほうを見る。

会長はグッタリして地面に倒れていた。

「綾音!」ボクは彼女に駆け寄る。

彼女を抱き抱えると息をしていた。

どうやらさっきの爆発の衝撃で、気を失っているようだった。

ボクは少し安心した。

「大丈夫か!?」

三雲はボクらへと近寄る。

「大丈夫だよ……。綾音は気を失ってるけど」ボクは苦笑いする。

「そうか……」

三雲はそれだけ言うと粉煙の立ち込めるほうをみる。

「奴は……?」

「わからない。ボクには何が起きたのか……」「この爆発でどうなったのかわからないな……」三雲はぽつりと言った。

「うぅぅ……」

会長は目を覚ます。

「綾音……!」

ボクは抱き抱えていた会長を見る。

「ヤ、奴はどう、なった……?」

その瞬間、辺りが重たい雰囲気に変わる。

驚いたボクらは雰囲気の発せられた方をみると───


左腕が上腕の辺りから無くなり、身体には左の肩から右の腰骨あたりにかけ一直線に伸びた切り傷を庇いながら黒い影がたっていた。「そんな……!」

会長は動揺していた。

「しつこいな……!」

三雲は身構える。

ボクは会長を抱き抱えた手に自然と力が入ってしまう。

「はっ、はっ、はっ………………」

黒い影は短い呼吸をしながらこちらを見ていた。

「貴殿らの力を……、見誤っていた……。ここまでやるとはな……」

黒い影は言った。

「爆発の瞬間、我は逃げることが出来たが守護者の攻撃を食らってしまった。ここまで手傷をおうとはおもわなかったがな……」

黒い影は喋るのを止める。

どうやら会長が爆発する間際に黒い影に手傷を追わせていたらしい。

傷口から何かの液体がボタボタと流れる。

ボクらは身構えていた。

しかし、黒い影は攻撃をするために構えるようなことはしなかった。

「そう身構えるな……。我には今戦う力は残ってはいない……」

黒い影は息を切らしながら言う。

「じゃあ、一体……!?」

「貴殿らにも戦う力は残ってはいないだろうし我にとっても不都合だからな……。我はここで一旦引かせてもらう」

「逃げるのか……!?」

「貴殿の言うとうりだな……。しかし、今回だけではない。また我は貴殿らの命を貰いにくる……。それまで………………」

そういいながら黒い影は蜃気楼のように消えていった。

声だけがやまびこのように響いて消えた。

ボクらは身動きできなかった。

辺りは静寂に包まれボクらは黙っていた。

「結局、吠え面をかいていきやがった……」沈黙を破るように三雲は言い、ふんと鼻で笑う。

「よかったな……、生き残れたようだ」

「けれど黒い影を倒せなかった……」

ボクは会長を抱き抱えながら言う。

「仕方ないさ……。アイツに傷をおわせただけでもマシなほうさ……」

「確かに……。そうだ、三雲」

「なんだ?」

「神那さんは後悔してないって……。三雲に会えただけでよかったからって」

「そうか……」

三雲は遠くをみて言った。

「とにかく今日はよく頑張ったな……。オレにはそう言うことしかできない。とりあえず、今日は家に帰ってゆっくり休め……」

そういうと三雲はまたどこかへ消えた。

風に鈴の音が鳴る。

「行っちゃったな……」

「慶大……」

「ん?ああ、ごめん」

会長を離すと彼女は起き上がる。

「しかし倒せなかったな……」

残念そうにいう。

「そうだね……。終わらせることができなかったけれど生き残ることはできた」

「慶大の言う通りだな……。まだ奴らは襲いかかってくるけれど負ける気はしてない。だが厄介なことは事実だがな」

会長はそういうと苦笑いした。

「さっきはありがとう……」

「なにがだ?」

「黒い影にやられそうになったとき綾音が言ってたことだよ」

「あぁ、あれは気にするな。私たちはいつも互いに助けあってきただろう。だからきにするな……」

「そっか……」

ボクは彼女になんて言ったらいいのかわからなかったがあえて言わなくてもいいような気がしていた。

「しかし……」

会長はニヤニヤしながらボクをみる。

「慶大が私を『綾音ちゃん』じゃなくて『綾音』と呼ぶのは新鮮だな」

「えっ……!?ああ、これは……」

「別にいいよ。慶大にそうよんで貰えて嬉しいからな」

会長は微笑みを浮かべながら言った。

ボクは思わず会長を抱きしめた。

「け、け、慶大!?」

会長は驚く。

会長は手でボクを押し返す。

「ちょっと待ってくれ!」

なんだかすこし顔が赤かった。

「どうしたの……?」

「嫌じゃないんだけど……、嬉しいんだけど……、その……」

会長は恥ずかしそうにもじもじしていた。

「……?」「汗臭いから……!奴に連れ去られてお風呂に入ってないし……」

「大丈夫。気にしないよ、ボクは」

またボクは彼女を抱き寄せた。

「うぅぅぅ……」

会長はすこし唸っていた。

ボクは彼女の顔をみるが彼女は恥ずかしそうに横を向いていた。

「綾音……」

「な、なんだ?」

会長がボクの方を向く。

そのときボクは軽く唇を重ねた。

数秒ほど重ね、唇を離す。

会長は驚いていた。

「い、今………」

会長は唇を手で押さえる。

「あ、あぁ……」

会長は顔を真っ赤にしうつ向いた。

「どうしたの?」

「キスした……。バカァ……」

会長は少し消え入りそうな声でいう。

「ごめん。嫌だった?」

「嫌なわけない……。ただ……、今のは強引すぎるよ……」

「ごめん……」

「謝るな……。悪いと思うなら……」

会長は顔をあげボクを見る。

「もう一度して……」

会長がいつもより二倍に可愛いくみえた。

ふと考えた。

ボクを非日常に引き込んだ者を倒すことはできなかった。

非日常によって自分自身の嫌な部分を、垣間見て弱さを知った。

それにうちひしがれ、自分が嫌になった。

けれどそれだけじゃなかったことに気付いた。日常の中のボクにとっての非日常。

彼女の存在はボクにとって一番大きかった。ボクにとってはなくてならないもの。

一番、大切なもの。

それを気付かされた。

だからボクは───

「うん……」

そしてボクはまた会長の唇に自分の唇を重ねた。

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