第十話

「どうした、坂春?」

楠喜多はボクに顔を覗き込むように聞く。

「えっ、何が?」

「いや、今日のお前元気ないぜ。それに顔色も少し悪いし……。何かあったのか?」

「別に何もないよ……。いつもの通りだよ……。どうしてそんなこと考えたんだい?」

「そうか?それならいいけどよ……。会長と何かあったのかな~なんて思ったからよ。大丈夫なら心配いらねぇな」

楠喜多は、ふぅと息を吐き両手をひろげおどけた。

「心配してくれてありがとう。楠喜多……」「あ~、いいって、いいって」

楠喜多は笑う。


───昨晩、ボクは三雲に言った通りに家に帰った。

会長のことを考えていたが、朝霞と弥霞、双子との戦闘と黒い影との対峙による緊張からくる疲れで倒れるようにしてボクは眠った。そして目覚め、いつもの日常が始まる。

しかし、今日だけは何か違う気がしていた。何か上からのし掛かるような重圧、感じたことのない緊張感があった。


──「楠喜多?」「あ~?」

「例えばの話だけど自分が誰かを守る騎士だったとして、その誰かに危機が訪れた時、楠喜多はどうする?」

楠喜多はなんだコイツと言わんばかりの顔をする。

「本当に大丈夫か、坂春?」

「大丈夫だよ。ただ例えばの話だよ」

「そうだな……。オレだったら……」

楠喜多は少し黙り口を開いた。

「オレだったらソイツを守るだろうな。そのほうがかっこいいだろ」

楠喜多は少しだけ恥ずかしそうにいう。

「まぁ、本当のオレはビビりだから出来ないだろうけどな」

楠喜多はそう言い笑った。

何でもないことだけれど彼の言ったことはボクの心に響いた。

ボクは何を落ち込んでいるのか……。

まだ終わっていない。

「やっぱり、楠喜多はいい奴だね」

「はぁ?」

楠喜多は本格的にボクのことを不思議な物をみるような目になった。


───「奴と戦う前に話しておきたいことがある」

三雲はいつも通りの少し気の抜けた声で言った。

「お前さんが気を失いかけたときに聞いた声のことなんだが……」

ボクが塵戟に殺されそうになったときに女性の声が聞こえた。

そのことを言っているらしい。

「それがどうしたの?」

「もしかしたら、お前さんの魂は神那の生まれ変わりかもしれん」

「昨日、三雲が話してた大切だった人の生まれ変わりがボクかもしれないってこと?」

「ああ。かもしれないというよりは生まれ変わりだと強くオレは言う」

「どうして?」

「お前さんが力を発動させた時の色は緑色だろう?」

ボクは頷く。「他の巫女達の放つ光の色が赤や黄に対して、神那は緑色だった。神那の巫女としての力は他の巫女と少し違っていた。だから緑色の光を持つのは神那だけだった」三雲は遠くを見ていう。「最初、見たときは疑っていたが、お前さんの話を聞いたとき確信ができた」三雲は少し嬉しそうだった。

「もし三雲の話が本当ならボクは黒い影を封印できるかもしれないってこと?」

「ああ、そうだ。可能性はなくはない。ただオレは何か一つだけ忘れているような気がするんだが……。大丈夫だ」

「可能性は少しでもあるってことか……」

「お前さんには申し訳ないがオレは戦えない。力もなく手助けと言っても具体的にできることがないな……。ただお前さんには勝って欲しいそれだけだ」そう言って三雲は一つだけあくびをする。昨日、三雲は少しだけ感情的になっていたがやはり、いつもの三雲でいてくれたほうがボクにとっても落ち着ける。「さぁ、時間だ」「うん……」

ボクは立ち上がり、尻のあたりについた埃を払う。「死ぬなよ……」三雲はポツリと言った。「うん……」

ボクは一言だけ呟いた。


「逃げなかったか……」

黒い影は不敵に笑い、その側には七色に輝く虹色をしたロープみたいなもので腕を縛られた会長がいた。

約束の時間になり、黒い影はボク達の前に現れた。「慶大!」

会長は傷がなく、昨日からそのままの状態だった。だが表情に曇りがあった。

やっぱり、黒い影と対峙すると足が震え、冷や汗が滝のように出てきた。

けど今はこの場逃げることも折れることも許されない。「約束通り、この守護者を貴殿に返そう」黒い影は会長をロープみたいなもので縛ったままの状態で、術みたいなもので空中に浮かせボクの方へとやる。

「綾音ちゃん!」ボクは彼女を受け止める。「慶大! なんできたんだ!?」

「なんでって……、綾音ちゃんを助ける為だよ……」「私の為に自分の命を危険にするなよ……」会長は泣きそうになっていて、ボクの胸に顔を埋めた。「ゴメン……」

ボクは何も言えない。「実に感傷的な場面だな……。しかし、戯れもここまでだ」

黒い影は抑揚のない声で言う。

「我との約束を果たして貰おうか……」

黒い影はゾッとするような笑みを浮かべる。「わかってるよ……、逃がす気もないんだろ?」ボクは震えつつも黒い影に向かい言った。「貴殿のいう通りだな。貴殿らが逃げようとしたり、我に攻撃を仕掛けてきた時点ですぐに殺すつもりだったがな……。この際、そんなことはどうでもいい」そういい黒い影は地面に手を置く。「気をつけろ!奴が武器をだす!」三雲が警告する。黒い影が手を置いたところには丸い穴ができ彼はそこに手を入れる。そして何かを取り出すように腕を引き上げた。黒い影が手にしていたのは白い剣だった。日本刀のような刀身をしていたが柄の部分などは装飾されていた。白い刀身は一つの汚れもなく、見るものを惹き付けるような美しさがあった。

「思い出すだろう、霜月。アノときを……」「確かにな……、取りだし方まで変わらないとは面白みがないやつだよ、黒い影」

三雲は鼻で笑う。

「しかし、今宵の相手はお前ではない」

剣の先をボクらの方に向ける。

「さぁ、構えろ……。早く始めようじゃないか……」周りの雰囲気がさらに重たくなる。ボクは息を飲む。会長も緊迫した顔をしていた。「綾音ちゃん」

会長は何も言わずにふりむく。

「ボクと一緒に戦ってくれる?」

会長はボクの手を握り、何も言わずに黒い影の方を向く。「もちろんだ、慶大」

ボクと会長は固く手と手を握った。

言葉はいらなかった。

折れそうになる心も彼女、柿崎綾音の存在によって繋ぎとめることができている。

どんなに恐くても彼女といれば大丈夫だと思えた。ボクは会長に木刀を渡す。

会長は木刀を右手にもち、左手はボクの手を握ったままだった。「我、守護するものなり!」木刀が薄い青色に輝き始めた。

「さぁ、来い……」

黒い影は笑う。会長はボクをもう一度みた。ボクは頷き、彼女の手を強く握った。

「行くぞ!」会長が叫ぶと同時にボクと会長は手を離す。会長は黒い影へと走る。

黒い影との距離は約十メートルほどで会長は木刀の先を黒い影に向け突進した。

黒い影は白い刀を右手に持ったまま、刀を構えようとはしなかった。

「はぁぁぁぁぁっ!」

会長は黒い影に向けて、刀をまっすぐ突き刺す。その瞬間、黒い影は目の前から消える。昨日と同じだった。すぐ会長の後ろに黒い影が現れる。「同じ手は食わぬ……」

一言だけ呟くと白い刀を会長にまっすぐ振り下ろす。会長はものすごい速さで後ろに振り替えると同時に黒い影の攻撃を木刀で受け止める。「それはこっちの台詞だ!」

会長は叫ぶと受け止めていた黒い影の刀を横に払う。その流れで黒い影に向け蹴りをいれる。しかし、黒い影はヒラリとかわす。

会長は繰り出した足が地面に着くとそれを軸にし、間合いを詰め木刀を真横に一閃する。それすらも黒い影は難なくかわす。

「これはどうだ!」会長は黒い影に向け、青い斬撃を飛ばす。黒い影は回避しようとせずによってくる虫を払うかのごとく青い斬撃を右手で払い落とす。「なっ……!?」 会長は驚いていた。「無駄だ……」黒い影は無表情で言う。それから会長は何度か間合いを詰め、確実に仕留めようとしていたが全て外れ、払い落とされていた。「どうした?貴殿の力はこんなものか?」黒い影は無表情で言った。「貴殿の剣の軌道は簡単に見切れる。単調と言ってもいいな……」「うるさい!」会長はもう一度、斬りかかるが当たらない。「今度は我が攻めるばんだ……」黒い影は白い刀を片手で持ち、構える。「行くぞ……」一言呟くと目に止まらぬ速さで会長との間合いを詰め、刀を横に一閃する。会長はギリギリで回避する。「っ────!」「よくかわしたな……」黒い影は攻撃の手を止めなかった。会長は手をだすことができず、防戦一方だった。「くっ……!」「本当にこんなものなのか貴殿の力は……」黒い影は会長の木刀を弾きとばす。

「終わりだ……」黒い影が会長に向かい一太刀いれようとしたときボクは叫んだ。

「盾よ!」黒い影の攻撃は会長の目の前で止まる。「ボクは彼女の力になるためここにいるんだ!」ボクは黒い影に向かい言った。

「慶大……!」「綾音ちゃん、早く!」

会長は直ぐ様立ち上がると、木刀を拾いあげ構えなおす。「白き巫女の力か……」

黒い影は薄笑いしていた。「面白い……、成長しているとは……。もっと力を見せてみろ」背筋が凍るような冷たい笑みを浮かべボクをみる。足がすくむ。「慶大!」

会長はボクを見る。大丈夫、敵うはずだ!

「我は滅する者なり! 悪き魂を持つ者を滅ぼさん!」ボクが叫ぶと緑色に輝く。

会長の力を底上げする。「もう一度だ!」

会長は木刀を左下段にさげつつ黒い影に向け走る。「はぁぁぁ!」黒い影に向け木刀を一閃する。会長はさっきよりスピードが上がっている。黒い影は木刀を白い剣でガードする。「スピードが上がったか……。だが!」

黒い影は会長の木刀を払い、一閃した。

会長は身を低くしかわす。そこに黒い影がもう一度、斬りかかる。ボクは叫ぶ。

「盾よ!」会長の前で黒い影の剣は止まる。そこにすかさず、会長は黒い影に蹴りを入れる。黒い影はそのまま後ろに後退りした。

効いてはいないだろうが距離を保つ為には十分な攻撃だった。会長は体勢を立て直すと再び黒い影に斬りかかる。黒い影は白い剣を構え、会長の攻撃を迎えうつ。会長は右斜め上にむけ木刀を一閃する。黒い影はかわす。

そこから会長と黒い影の攻防は始まった。

会長が攻撃を出せば、黒い影も攻撃をする。互いに間合いを図りつつせめぎあっていた。会長はジャンプし、黒い影に真上から斬りかかる。黒い影は白い剣を持った右手だけを上げる。会長の木刀と黒い影の白い剣がぶつかる。黒い影は払う。会長は跳ばされるが、空中で体勢を直し着地すると腰を低くし黒い影へとダッシュする。黒い影の一歩手前まで踏み込む。そして黒い影の顎あたりにむけ、木刀を一閃する。後退しつつ黒い影は少しだけ上体をのけ反りかわす。会長と黒い影の間に少し距離があく。「はぁ、はぁっ……」会長は肩で息をしていた。ボクは会長の側へ駆け寄る。「残念だな……」それに比べ黒い影は平然としていた。「我はがっかりした。もっと手応えがあると思ったが結局この程度……」黒い影は冷たく言い放った。「ほとんど味けがなかったな。ここからは私が攻める番だな」そういうと黒い影の白い剣がバチバチと電気の弾けるような音がし始めた。黒い影はそれを上段に構える。ボクは嫌な感じがした。黒い影が真っ直ぐ振りかぶった剣をふりおろす。その瞬間、強烈なバチバチという光がボクと会長に向かってきた。「綾音ちゃん!」ボクは会長に向かいタックルし、光の軌道から逃げた。まるで雷が落ちたときのような爆音がした。「痛っつ……」「大丈夫、綾音ちゃん」「大丈夫だ。慶大に助けてもらわなければああなっていた」ボクは後ろをふりかえる。グラウンドの土が黒い影の放った攻撃の方向にむけ真っ直ぐに抉られ、煙がたっていた。「かわしたか……」黒い影は真っ直ぐ此方を見ていた。目の前の非日常はこんなにも強いのか……。「二人とも、引け!」三雲が叫んだ。「三雲の言う通りだ、慶大!逃げるぞ……」「綾音ちゃん……」ボクと会長は手をとり一緒に走り出した。「敗走か……?」しかし黒い影はボクらを追ってくる。黒い影は瞬間移動でボクらを追いかけてきた。黒い影の追撃をかわしつつ校舎の近くまで走ると会長はボクの手を握りながらおもいっきりジャンプした。ビル四階分の高さを飛び、真下には屋上が見えた。

「逃がさないと言ったはずだが……」

黒い影はボクらの真上にきていた。

「「なっ!?」」

ボクらは驚いた。

黒い影は剣を振り上げ、ボクらに向け空振りした。

光がボクらに直撃した。

「あぁう!」

「がっ!」

バリバリと音がし全身に痛みが走った。

ボクらは屋上に落下し、叩きつけられた。

「坂春!お嬢ちゃん!」

三雲が叫んだのがわかった。

ある程度の高さだった為、大丈夫だったが黒い影の攻撃で体が痛かった。

威力が高すぎる。

会長は気を失っていた。

「綾音ちゃん……」

ボクは会長のほうへ行こうと痛みを我慢し立つ。

「ここまでとはつまらないな……」

ボクは何もいえない。

黒い影はロープで釣られていたかのようにゆっくりとおりてきた。

「幕引きだな……」

黒い影は会長のほうへ歩みよると彼女の首を絞めるように片手でもつ。

会長はぐったりしていた。

「綾音ちゃんを離せ!」

ボクは叫ぶ。

「白き巫女の魂を戴くのは後にして先に守護者を始末するとしよう……」

黒い影はこれほどまでにない残虐な笑みを浮かべていた。

「やめろぉ!」

黒い影は屋上のふちまで会長を持ったまま歩く。

ボクは痛みを忘れ、足に力をこめ、ダッシュした。

「まずは守護者だ!」

会長を掴んでいた手を放すと会長は落下していく。

ボクは黒い影の横を通りすぎ、おもいっきり屋上から飛びおりた。

その瞬間、全ての映像がスローモーションに見えた。

ボクの少し前では会長が地面に向かい落下していく。

ボクは必死で会長に手を伸ばす。

しかし届かない。

落ち行く中、会長が言っていた三年前の出来事が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る