第九話
そしてあたりの雰囲気が冷たく、重たいものへと変化した。
「あの小賢しい猫に聞かずとも、残る゛名もなき者″は我、ただ一人だ」
この抑揚のない声、そして全ての風景を置き去りにし、そこだけ別物に見える感覚。
塵戟や弥霞、朝霞より強力なノイズ。
全ての黒を集約したかのような男。
(黒い影)はそこにいた。
「黒い……、影……」
「久しいな、貴殿とは」
冷たく、精気の感じられない瞳はボクをみすえる。
体が動かない。
冷や汗が滝のようにでてきた。
「な、なんなんだ、お前は……?」
会長も険しい顔をしていた。
黒い影の雰囲気に飲まれているのだろう。
「我は黒い影だ。初めましてだな、守護者とは」
「三雲の言っていた奴か……!」
「しかし、覚醒し初めとはいえ三人も我の同胞を倒されては困るな」
目の前の男は冷たく笑う。
「倒されたから、復讐の為にアンタが出てきたってことか……?」
ボク震える声で言う。
「それは違うな。消えた者達は力がなかったとしか言えんし、我はこの件に対しそこまで興味がないのだ。だからあの双子と戦闘狂の男の復讐なで眼中にない。我がここに来たのは貴殿と話をしにきた」
「話……?」
「慶大、話なんて聞く必要はない!」
会長が叫んだ。
「こんな奴、私の力で!」
会長は黒い影に一気に間合いを詰め、攻撃しかけようとした。
「ダメだ!」
ボクは叫んだが遅かった。
しかし、黒い影は会長の目の前から消えた。「せっかちな守護者だな……」
声がすると会長の背後に傷一つなく立っていた。
「なっ……!?」
会長が振り向いた瞬間、黒い影は彼女の顔の前に手をだした。
そうすると彼女は一瞬にして気を失い、前のめりに倒れる。
「綾音ちゃん!」
ボクは膝が震えるのを抑えながら黒い影に向かい、駆ける。
しかし、黒い影は気を失った会長と共に消える。
「綾音ちゃん!」
ボクは叫んだが見当たらない。
くそっ、どこだ……?
「屋上だ」
黒い影と会長を探し、狼狽えるボクに聞き覚えのある声が言った。
チリンと鈴の音と共に三雲が現れた。
ボクは三雲が言った方向をむく。
そかには、会長を抱き抱えた黒い影がいた。「遅かったか……」
「間に合わなかったな、黒猫」
黒い影は三雲に向かっていう。
「いや、前々から小賢しい猫だと思っていたが貴様だったとはな《霜月》!あのとき貴様の術によって封印されたが、我の力は衰えてないぞ!貴様がここにいるということは我にあの時の復讐でもしに来たか?」
黒い影はいつものような冷たい笑みではなく心底、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「まぁ、確かにな……」
三雲は鼻で笑う。
「黒い影、お前さんのいう霜月とやらは死んだよ。確かに、お前さんに殺されたアイツの怨みは消えてないがオレには興味ないさ。今は使者として役割を果たすだけだ」
「役割か……。貴様らしい答えだな」
「だろ?ちっともあの頃からかわらないからな」三雲はまた鼻で笑う。
「綾音ちゃん!起きろ!」
ボクは二人が会話している間に割って入る。「ふん、旧友と喋っていて忘れていたが、白の巫女に話があったのだ」
黒い影はいつもように静かな感じへもどる。「綾音をどうするつもりなんだよ!」
ボクは有らん限り叫ぶ。
この距離からでは走ってもどんなことをしても間に合わないことは確実だった。
「話を聞かない者たちだな。どうするも何も貴殿次第だがな」
「ボク……、次第?」
「そうだ。明日のこの時間、我はもう一度ここへ来る」
「それとなんの関係が……!?」
ボクが言い終わる前に間髪入れずに黒い影は答えた。
「我と勝負しろ」
「なっ……!?」
勝負だって?
「それなら彼女をさらう必要はないだろ!」「この守護者は貴殿に約束事を果たして貰うための保険みたいなものだな。貴殿が来なければこの守護者の娘の命はない。だがくればこの娘を無事に返すことは約束しよう」
「そんなの信用出来ない!」
「ならばこの娘が死んでもいいと」
「くっ……!」
ボクは何も言えない。
「黒い影、勝負は受ける。ただお前さんが負けて吠え面をかくなよ」
三雲は言う。
「霜月。その言葉は貴様に返してやる。それではまた明日……」
それだけ言い残すと黒い影は闇の中へ溶け込むようにして消えた。
「待て……!」
もう遅かった。
すでに居なくなっていた。
ボクはその場で佇む。
何もできなかった……。
くそ、なんで同じことばかり……。
「行ってしまったな……」
三雲はひょうひょうとしていた。
お前さんの気持ちはわかるが、そうやって自分を責めていても始まらないぞ。まだ死ぬとは決まったわけじゃない」
三雲は普段より厳しい口調でいう。
「何がわかるんだよ……。三雲に何が分かるんだよ!好きな人が拐われて、落ち着いてられるか!?」
ボクの怒りは我慢の限界だった。
心の底から声が出た。
「この数ヶ月、何も出来なくて苦しんで、やっとボクにもなにか出来るかもって思って力を手に入れたのにこのざまだ……!」
無力感が波のように押し寄せる。
なにか出来たのはまぐれだったのだろうか。「彼女を守れると思っていたのに……!」
「言いたいことはそれだけか?」
三雲は普段と変わらない表情で言う。
「そうやっていじけても何もかわらないぞ。落ち込んでいるところに慰めの言葉をかけて欲しいのか?それならおはこ違いだ。冷たいことを言うようだがな……」
三雲は厳しい口調で言う。
「慰め方なんてしらんがただお前さんの気持ちはわかる。確かにオレもお前と同じだったからな……」
三雲の首の鈴がチリンと一つなる。
「前に話しただろう?白の一族の話を。オレは守護者だった。黒い影はオレの友人だった。人間だったころは二人でよくバカをしたものさ。ある日、アイツが仲間を殺したって聞いた時はショックを受けた。なんでアイツが?ってな。理由はわからなかった。そんな時に一緒に支えてくれたのが巫女の神那(かんな)だった。パートナーの神那とは今のお前さんとお嬢ちゃんみたいな関係だったのさ。オレは心の底から神那が好きだった」
三雲は遠くをみるように悲しそうな目をしていた。
「しかし、神那は黒い影によって殺された。あのときは憎悪に近いものを黒い影に抱いていたな。オレは黒い影と闘い、神那が造った術でアイツを封印した。オレは神那を守れなかった意識で頭がおかしくなりそうだった。すごく悔しかったのを今でも覚えている」
三雲は話すとアクビを一つした。
「だからお前さんの気持ちはわかるって言ったんだ。だがオレはお前さんを慰めたりはしない。まず後悔するなら、まず今の自分にできることを考えろ」
三雲は少しだけ熱くなっていた。
ボクは何を言えばいいのかわからなかった。「お嬢ちゃんは明日には帰ってくる。だから今日は家へ帰って寝ろ」
それだけ言い残すと三雲はまたさっさと、どこかへ消えてしまった。
残されたボクはその場から動く気力もなければどうすればいいのかわからない。
途方にくれるとはこういうこと……。
三雲の言っていた言葉が胸に刺さる。
拭いさろうとしても拭ぐえないもの。
自分にたいする無力感、黒い影との勝負への恐怖、大切な人を守れない自分への怒り。
「くそっ……」
自分への悪態をつき、隣に誰もいない家路をふらつきながら歩いた。
為す術もなく平穏に見えたはずの日常は非日常に簡単に壊された。
そして明日────
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