第七話
───夜。
いつもの通り、ボクは三雲から訓練をうけ会長たちと我縷がでるのを学校の校庭で待つ。「しかし、今日も我縷どもは出てこないみたいだな」
会長は待ちくたびれたのか伸びをしながらいう。
「出てこないかそれとも何かを狙ってるのかだな」
三雲はアクビを一つ。
「それにしてもこっちが待つのには長すぎないか?すでに三週間ほどたったぞ」
「しかしだなこちらから攻撃を仕掛けるための手段がないのは知っているだろう? 仕掛ける手段があれば我縷をいつでも食い止めることが出来るんだがな」三雲はため息をつくように言った。
「そうするとやっぱり、奴らが出現しないとダメってことか……」
会長も仕方ないという感じだった。
「そんなに落ち込むことはねぇぜぇ!!」
突然、どこかから大きな声が聞こえた。
「「なっ、なんだ!?」」
三雲と会長の声が被る。
ボクは訓練を止めた。
みんな、辺りを見回す。
「あそこだな」
会長は学校の屋上の方を指さした。
ボクと三雲はその方向に顔をむける。
指さした方向、つまりは屋上には男がこっちを見るようにたっていた。
そこの部分だけ、特有のノイズがかかっていた。人は身長はゆうに、二メートルを超えていて、ここから見ても体が大きいことがわかった。 男の髪は小さい箒のように逆立ち、顔は四角く、体は筋骨隆々なのがわかった。「わざわざお前らが出向かなくてもこっちから出向いてやるんだからよ! それにしてもよ、なんだ? 黒のおっさんが言ってたのとは違うんだなぁ! ゛白き巫女″の候補者はひ弱なガキだってオレは聞いたんだがな、女だったとはな!どうやら、あのおっさんもついに呆けたみたいだな!」
男の声はよく通り、辺りにうるさいくらいに響いていた。
「どうやら、奴はいろいろと勘違いしているみたいだな」
三雲は呆れたように言った。
「そうみたいだな……」
会長も呆れたように口にした。
「奴が名もなき者の一人みたいだ」
「私も思っていた。しかしあんな変なのと戦うのか……」
しかし、男には聞こえておらず喋り続ける。「しかし、お前らもシケた面してるなぁ! もっと笑ったらどうだ? ほら、こうやってよ」
男は口角を自分の手で上げ、笑ったような表情を作った。
ボクらは何がなんだかわからず呆けていた。「少しは反応しろよ!まぁ、これから死ぬ奴に馴れ合いは必要ないか」
男は感慨深いようなこと言った。
その瞬間、ボクらの回りには黒の男が纏っていたような同じ重たく、息苦しい嫌な空気になった。
「オレの名は゛塵戟(じんげき)″!名もなき者と呼ばれる内の一人だ! そこのお前、オレと勝負だ!」
じんげきと名乗る男はボクを指さした。
「ボ、ボク!?」
「あぁ、そうだ! じゃあ、こちらから攻めさせて貰うぞ!」
男は屋上から飛ぶ。
「いかん! 坂春、よけろ!」
三雲がボクに向かい叫ぶ。
ボクは一瞬、止まったが上を見上げた。
しかし次の瞬間、視界が反転し、激しい轟音が聞こえ、わき腹に鈍い痛みが走った。
気が付くとボクは地面に倒れ、会長がボクの上に乗っかっていた。
会長はボクにタックルし、塵戟の攻撃を受けないよう突き飛ばしてくれたみたいだった。「ありがとう、会長」
「礼なら後だ、慶大」
塵戟が落ちてきたところは大きく凹んでいて大量の埃が舞っている。
塵戟は埃を気にせず歩いてくる。
「あ~あ、かわされちまったな。 早くたてよ、坊主。オマエは守護者なんだろ? オレを楽しませてくれよ」
彼は暴力的な笑みを浮かべる。
塵戟は肘から指の中ほどまでに鈍く光る鋼のようなもので出来た籠手をつけていた。
拳についた埃を息で払っていた。
ということは拳打で地面を凹ませたらしい。会長は立ち上がり、手に持っていた木刀を出し塵戟と向かいあう。
「おっ、なんだ?巫女のオマエがオレと闘うってのか? ムリムリ!辞めとけ」
塵戟はバカにしたように会長に言った。
「何を勘違いしてるのかわからんが、守護者は私だ。慶大は守護者ではない」
「何? そっちのガキが白き巫女でオマエが守護者? 嘘つくなよ、第一、巫女は女しかなれねぇはず…」
「我、守護するものなり!」
会長は塵戟がいい終わる前に叫んだ。
会長の持っている木刀が青く光る。
「はっ、確かに勘違いしてたようだぜ!後でおっさんに謝らないとな!オマエ、オレを楽しませてくれるんだろう」
「慶大、下がって」
会長はもう臨戦態勢になっていた。
木刀を正段に構え、塵戟に向ける。
「やる気満々じゃねぇか」
塵戟の暴力的な笑みの凶悪さが二倍に増した気がした。
彼は膝を少し曲げ、腰を落とし両腕を顔の辺りにもっていき顔を覆うようにしボクシングに似た構えを取る。
「いいねぇ。いくかぁ!!」
辺りに緊張感が漂う。
「お嬢ちゃん、くるぞ!」
三雲は会長に向かい叫ぶ。
「わかってる!」
会長は叫び返す。
塵戟が会長に向けて走りだし、軽くジャンプする。
ジャンプした勢いで塵戟は会長に向かい飛び膝を繰り出す。
塵戟の一連の動きは速かったが会長も負けてはいなかった。
会長は反復横跳びの要領で右側に移動するように攻撃をかわす。
塵戟の足が地面につくと同時に会長は反撃にかかる。
すぐさま、木刀を左下段に下げたまま塵戟との一気に間合いを詰め、左下段から右斜め上へ向かい、逆袈裟に木刀を一閃。
しかし、塵戟はすぐさまバックステップで会長の攻撃範囲から離れ、会長の一太刀を回避する。何時もならここで終わるはずなのだけれど、相手のランクがいつもの相手より上のため、一筋縄ではいかないらしい。
「はっ、いい太刀筋してんな!」
塵戟はとても嬉しそうにいう。
「これなら楽しめそうだ!」
塵戟はまた会長に向かって走る。
会長との間合いを詰めると今度は右の拳打をだす。
つまりはストレートパンチ。
会長はそれを少しだけ顔を右に傾けギリギリのところでかわす。
それと同時に会長の頬が少し切れ、血が出ていた。
塵戟はわかっていたのか会長の顔に向けて左の拳打を放物線を描くように出す。
しかし、会長はさっきとおなじようにギリギリでかわす
塵戟の攻撃は止まらなかった。
会長は冷静に距離をとりながら塵戟の攻撃を回避し続ける。塵戟の攻撃には無駄がなかった。その分威力も高いだろうし、力も人以上のものだから、一撃食らっただけでもまずいだろう。塵戟は拳打、蹴りと素早いコンビネーションを連続で繰り出す。
会長はただ回避し続けてはいるが反撃の機会を探っているのかはたまた反撃ができないのだろうか?
そう思っていると会長は塵戟に腕を捕まれ、「ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇ!」と塵戟は叫ぶと会長を空中に向かい投げ飛ばす。「会長ぉ!」ボクは叫ぶ。
ボクの心配と反対に会長は空中で前転するように回転し、地面に着地する。
ボクはほっとする。
しかし、塵戟は休む間もなく会長に向かい走り、拳打を繰り出す。会長は木刀でそれを受け止める。ガンッとものすごい鈍い音がし、空気が振動する。
会長と塵戟はつばぜり合いの状態になる。
「おらぁ、どうした嬢ちゃん!反撃しねぇのかぁ?さぁ、こいよ!」
塵戟は会長を挑発する。
「い、言われなくてもそのつもりなんだがな……!」会長は塵戟に押されていた。
確かに彼らを切れる力でも塵戟はソレを防ぐための鋼のような籠手を着けている。
それに会長と塵戟の体格差が歴然で明らかに塵戟の方が腕力は上だった。
「お嬢ちゃん、ヤバいんじゃないのか? あの塵戟とかいうデカイ奴、結構手練れだぞ」三雲は冷静に言う。
「わかってるけど、どうすればいいのか分からないんだよ!」
訓練しても何もできないことには変わりはなかった、いや、何もしないことに等しい。
できるはずなのに解決さくが見つからないと理由づけてやろうとしない。
だからこそこんな自分が嫌になる。
「くそっ……!」
迷っている間にも会長は塵戟に押され空中へと飛ばされた。
「がっはっ……」
会長の体に衝撃が加わり、一瞬、息が止まる。なんとか体勢を保ちながら着地する。
「なんだ、なんだ、なんだぁ! オレを楽しませてくれるんじゃなかったのか!? こんなんで警戒するに相当する奴なのかよ?本当に黒のおっさん大丈夫かよ?」
塵戟は不満そうに言った。
「お前、みたいな筋力馬鹿にごちゃごちゃ言われる筋合いはないんだがな」
「あん!? 今、なんつった?」
「筋力馬鹿っていったんだよ!」
「オレはその言葉が一番、頭にくんだよぉぉぉぉぉ!」
塵戟は会長の一言に怒りだした。
「オラァァァァァァァァァァァ!」
塵戟は会長に向かい、猛スピードで殴りかかった。
それを会長は最小限の動きで回避する。
塵戟は蹴りを数回、繰り出すが会長は苦し紛れでかわす。
隙をつき会長が木刀を横に右に一太刀。
しかし、塵戟は少しかがんでで会長の一太刀をよけ、かがんだ状態から塵戟は体を会長に背を向けるようにひねり、彼女の腹に向かい右の回し蹴りをした。
会長は後ろに後退りするがくらったように見えていたが木刀の刀身でガードしていた。
彼女は直ぐに木刀を構え、塵戟へ反撃する。「はぁあ!」
塵戟へむけ一太刀する。
しかし、塵戟は腕についた鋼の籠手で防御する。
塵戟は怒っていたが頭は冷静だった。
「きかねぇんだよぉ!」
うざそうに腕で振り払う。
「きかないのなら……、なんどもやるだけだぁぁぁぁ!」
会長は絶叫する。
二人はまるでダンスを踊るように激しく動き、攻めと防御を繰り返す。
「さっきの言葉を取り消せ!」
「嫌だ!」
「強情な野郎だな!随分とボロボロだが、大丈夫かよ?女を傷めつけるのは好みじゃねぇんだがな、今回ばかりはしょうがない」
「うるさい、馬鹿にするな!」
会長はボロボロに近い状態だった。
それとは反対に塵戟は傷というものを追っていなかった。
会長と塵戟の攻防は続いた。
しかし、塵戟が左の上段蹴りを放ったときだった。
会長はそれをまともにくらい吹き飛んだ。
会長の手から木刀が離れ、青い光は消えた。そして会長は地面に倒れた。
ボクは三雲に聞く。
「ボクは会長を助けたい! 今、使える術はないの!?」
「無茶いうな!お前さん、力さえ目覚めてないのに死に急ぐんじゃねぇよ!今、何かしてもオレにはお前さんを助けるだけの力はないんだぞ!」
「でも、会長を助けたいんだ! あのままだと確実に会長はやられちゃうよ!」
「わがままいうな! 相手は(名もなき者)だぞ! 確かに我縷には勝てただろが、相手は未知数なんだぞ! お嬢ちゃんが苦戦してんのにお前さんが行ったらただの犬死だぞ!ここは一旦引くしかない!」
三雲にそう言われ、なにも言えなくなった。どうしてこんなにも無力でしかないんだ……。
彼女に頼られるのが嬉しかった。
彼女を守りたいんだ。
だから───
だから、ボクは───
ボクは何時のまにか走りだしていた。
「おっ、おい!?行くな!」
三雲が叫んでいるのはわかっていたが、無視して会長たちのいる暗がりへ向かい走る──「どうやら、終わりかな? お前の仲間はすぐに、殺してやる。だからお前は楽になれよ!」
塵戟が会長を見下ろし、腕を振りかぶる。
ボクは会長のボクを拾い、塵戟へふりおろした。
「ああぁ!」
しかし、塵戟に効くはずもなかった。
「なんだ巫女候補? ワザワザ、殺されにきたらしいな!」
塵戟は暴力的な笑みを浮かべる。
ボクは恐怖で動けない。
「慶大!逃げろ!」
会長が叫ぶ。
塵戟は木刀をつかみ、ボクの首を片手で絞める。
「辞めろぉ!慶大をはなせ!」
「がぁ……、はぁ!」
塵戟はボクをそのまま上へ持ち上げる。
徐々に首が絞まっていく。
「坂春!」
「慶大!」
会長と三雲が叫ぶ。
塵戟は逆の手に掴んでいた木刀を投げ捨てると手を会長達のほうに向ける。
「おっと近づくなよ。そんなに焦らなくてもお前らもすぐに楽にしてやるからよ!まぁ、少し楽しませてもらったからな。もうこれで充分だ!」
塵戟は腕に力を込める。
──クソっ、何もできない。
好きな子さえ、守れないのか?
こんなんで……、終わるのか?
視界が段々、白くなっていく。
───゛黒い影″の時は大丈夫だったけど、今回はダメみたいだ。
やっと彼女に対してちゃんと向き合おうとしてるのに。
───ちくしょう!
目から涙が出てきた。
体の感覚がなくなっていく。
───それでも会長が死ぬところはみたくない!
一発でもいいこの男に喰らわせたい!
そう思ったときだった。
『力が欲しい?』
幻聴が聞こえた。
──欲しい! 幻聴でもいい、力を!
『キミは力を持ってるよ。ただ願えばいい』
──願うって何を?
『守りたいって』
その言葉を聞いた瞬間、なにかがわかった気がした───
「まぁ、いいさ。楽しみは……!?」
塵戟がいいかけた瞬間、ボクの体から緑色の光がでていた。
「なっ……!?」
塵戟はボクを見て驚く。
すかさず、ボクは塵戟の腕にボクの手を当てる。そうすると塵戟の腕に着けていた鋼の籠手は爆発した。
塵戟はボクの首から手を離す。
「慶大!」
会長と三雲がボクに近寄る。
会長は木刀を構えボクを背にして塵戟と向き合う。
「巫女の力が発動したのか?なんだよ、そんなかくし球があったんなら早くだせよ!もっと楽しむことができるじゃねぇか!」
塵戟は心底、嬉しそうな顔をする。
「楽しむことはできないよ。すぐに終わらせるから」
「何ぃ?」
「会長、ボクが叫んだら塵戟に攻撃して」
「しかし、奴は強くて私では手におえない!」「大丈夫。ボクを信じて」
会長は何も言わず、ただうなずいた。
「お前さん、自分で意識して発動出来たのか?」三雲が聞く。
「うん。少しわかった気がするんだ」
ボクは答えた。
「わかった?」
三雲はわからないと言った顔をする。
「なんだかしらねぇがとっと闘ろうぜ!」
痺れを切らした塵戟はボク達に向けていう。「わかった」
会長は塵戟に向かって構える。
塵戟も楽しげに凶悪な笑みを浮かべ構える。「我は滅する者なり!悪き魂を持つ者を滅ぼさん!」
ボクはあらん限り、叫んだ。
体からは緑色の光が出た。
叫ぶと同時に会長は塵戟へと向け走る。
「よしっ、こいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
塵戟は吼える。
会長は木刀を構えていた左斜めから一気に右斜め上へと振り上げる。
「へっ!さっきと同じ手は……」
塵戟はかわそうとしたときだった。
会長は振り上げた位置から塵戟に追い討ちをかけるように、真っ直ぐに突きを繰り出す。「くっ……!」
塵戟は左の籠手でガードするが間に合わなかった。
会長の突きは塵戟の肩と鎖骨の辺りをかすめた。塵戟はバックステップで一旦距離をとり、会長にむけ拳打をくりした。
会長はなんなくかわすと塵戟にむけ蹴りを入れた。
塵戟は後ろへと吹き飛んだ。
すぐに塵戟は起き上がり、会長の追撃へと備える。
「いい動きするじゃねぇか!」
会長はさらに塵戟へと斬りかかる。
塵戟も反撃する。
しかし今度は明らかに会長が押していた。
「お前は最高だなぁ!」
塵戟の叫びは嬉しそうだった。
「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
会長は塵戟の右の拳打をかわすと叫びながら木刀を一閃する。
塵戟の右の上腕から手指まで切り落とされ、青い炎に包まれ消える。
塵戟は自分の体の一部を無くしたというのに嬉しそうだった。
戦闘を見ていた三雲が驚いていた。
「お嬢ちゃんの動きが速くなったな。しかも名もなきものと互角に戦っている」
塵戟は片腕でも怯まなかった。
「オレが待ち望んだのはこういうのなんだよ!楽しいな!楽しいぜぇ!」
正に戦いを楽しんでいて死に対する恐怖を微塵も感じていないように見えた。
激しい攻防は続く。
蹴り。
拳打。
袈裟斬り。
頭突き。
逆袈裟斬りというように続いていく。
闇夜の中で繰り広げられる戦闘は不思議なものに見えた。
会長はボロボロに近い状態だったが塵戟もそろそろ限界が近づいていた。
それでも塵戟は笑っていた。
塵戟が蹴りを繰り出した好きに会長は懐に素早く入る。
そして一閃。
塵戟は左肩辺りから右の腰骨辺りまで一直線に斬られていた。
青い炎が傷口で燃え盛る。
「やったか!?」「まだまだぁ!」「何!」塵戟の傷は深みまで達していなかった。
しかし、ダメージは大きかったのだろう、彼は肩で息をしていた。
「オォォォォォォォォォォォ!」
塵戟は会長に向かい、前蹴りをだす。
「ぐぁっ!」
会長は蹴りをくらい後方に吹き飛ぶ。
「やられる前に巫女を!」
塵戟は会長が怯んだすきにボクのほうに接近する。
ボクは塵戟がくる前に叫んだ。
「盾よ!」
ボクは右手を目の前にかざす。
塵戟はボクに攻撃を仕掛けにきたが塵戟は見えない壁に当たったように目の前で止まる。「くそがぁ!」
塵戟は無理やりでもボクに手を伸ばそうとする。しかし、会長は塵戟に飛び蹴りをする。「相手は私だろぅ!」
塵戟は真横に吹き飛ぶがすぐに立つと会長に向きなおる。
「これで最後だ! ウラァ!」
塵戟は会長に左の拳打を打つ。
「さっきのでダメならもう一度!」
会長はかわすこともせず木刀を一閃。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」「オラァァァァァァァァァァァァァァァ!」両方の叫びが同調する。
そして両者の攻撃が重なり、背と背を向けた状態で二人ともそのまま止まる。
ドサリと鈍く何かが落ちる音がした──
塵戟の首から上、頭がなくなっていた。
顔の表情を見てみるとと、塵戟は笑ったままだった。
そして青い炎に包まれ、跡形もなくなった。「勝った……」
会長はその場に座りこむ。
「会長!」
ボクと三雲は会長に駆け寄る。
「会長、だ、大丈夫?」
座ったまま、木刀にしがみつきながら下を見ている会長に声をかける。
「バ……」「バ……?」「バカァ!」
会長は突然、振り向きボクに平手打ちをかます。平手打ちをされたボクは状況が上手く飲み込めず、唖然としてしまった。
「私がどれだけ心配したか、わかるか! 慶大、お前が殺されかけたとき本当に怖かったんだぞ!」「綾音ちゃん……」
会長は涙ぐんだ目をし顔を赤くしていた。ボクは言葉が見つからず黙る。
「なんの為に私がいるんだよ……。お願いだからあんな無茶な真似はしないでくれよ……」震える声で会長は言うと下を向いて泣いてしまった。
「ゴメンね、綾音ちゃん……」
「ひっく……、あ、謝るならやるなぁ……」「ゴメン」
ボクは謝ることしかできなかった。
こんなにボロボロにまでなって心配してもらってはどうしようもない。
彼女はボクを思ってくれている。
ボクはそんな彼女を守りたいと思う。
見ていた三雲が口を開いた。
「お嬢ちゃんの言う通りだな。運がよかったものの失敗したら確実に死んでいただろうな。しかし、お前さんはなんでピンチの場面でしか発動ができなかったのに今回、意識して発動できたんだ?」三雲はふんと鼻をならし、呆れたように言う。
「声が聞こえたんだ」
「声?」 「そう、声。幻聴だと思うけど柔らかな女性の声が聞こえた。その声が君は力をもってるから大丈夫って」
三雲は驚いたように目を大きく開いていた。「どうしたの?」 ボクは不思議に思い、聞いてみる。「いや、大丈夫。なんでもない。声か……」三雲は懐かしむように遠くを見て言った。「まぁ、自分で発動できるようになってよかった」
「うん」「これで基礎訓練はいらないな。あとは自由に発動させることができれば、いいがな」
「そうだね」
「とりあえず、今日は帰ったほうがいいな。お嬢ちゃんも疲れてるだろうからな。とりあえずまた明日だな」
そういうと三雲は直ぐ様、何処かへ行ってしまった。あいさつなしでいつも三雲は帰るからどうしようもなかった。
ボクはため息をつく。
そして泣いている会長に向き直る。
「綾音ちゃん、遅くなるから行こう?」
ボクはぎこちなくいう。
「ひっく……、ひっく……、ひっく……」
泣いたまま、返事がなく下を向いたままだった。
「本当にゴメン……」
彼女が泣く姿はあの時を含めて二回しかみたことない。
こういうときってどうすればいいんだろう?ボクが黙っていると会長が口を開く。
「おぶって……」
「へ?」
「足に力が入らないからおぶって!」
「あっ、ああ。わかった」
ボクは彼女に背中を差し出す。
彼女がボクの首の辺りに腕をまわすと、少し暖かくて柔らかい感触が背中に伝わる。
「じゃあ、行くよ」
ボクはボロボロになった会長を背負いつつ、家路を歩く。
歩きながら泣いている彼女に話しかけた。
「実を言うとボクは心配をかけたくなかったんだ。綾音ちゃんに守ってもらうのは嫌ってわけじゃない。ただボクも綾音ちゃんに傷ついてほしくない。守られて居続けて好きな人を守れないのはいやだよ。だから今日、塵戟に向かっていったんだ」
「………」
会長は泣き止んでいたが何も喋らない。
「本当にあの時は死んじゃうかと思った。死ぬのが怖いとかあの時はなかったんだ。綾音ちゃんを守りたいって気持ちが強かった。でも結局、綾音ちゃんを傷つけることになっちゃったね、ゴメン」
ボクはそこで話すのを止めた。
「だから、謝らなくていいっていったのに……」会長は小声でいう。
ボクは前を向いているから彼女がどんな表情をしてるのかわからない。
「しつこいかもしれないけど私は慶大に傷ついてほしくない。 あのとき怖かったんだ、私自身、何も出来ないんじゃないかって。本当に心が折れかけたんだ。でも慶大。お前が信じてくれっていったとき嬉しかったよ」
「そっか」 ボクはその一言しか言えない。
とりあえず、歩き続ける。
会長はボクの考えと同じようなことを考えていたとは少しびっくりしていた。
自分が無力だという考え。
「慶大。こんなこと言うのは情けないか?」「情けないとは思わないし、ボクも似たようなことを考えてたんだ。だから気にしなくていいと思う」
ボクは苦笑いをしながら言う。
「そうか……、なぁ、慶大」
「何?」
「好きだよ……」
耳元で会長は言う。
「うん。ボクもだよ」
ボクは振り返らずに前を向きながら言った。胸の中にあった違和感は少しだけなくなって軽くなった気がしていた。
確かに無力感は消えてはいない。
けれど会長、柿崎綾音の存在はより大切なものになっていく。
だからこそ彼女を守りたいと思った。
非日常はより日常に近づいて、日常は非日常より遠ざかり始める。
ボクらはつかの間の安心をしていた。
塵戟という脅威を打破し、なんとか危機は乗りきったように思えた。
けれど、それは間違いだった。
本当のピンチはこれからだった───
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