第六話

───翌日、三雲により訓練が始まった

訓練と言ってもそこまで、厳しいものではなくボクが予想していたものと違っていた。

三雲の言う訓練は座禅、瞑想に近いものだった。

地面に円を描き、その中に縦と横に線を書き、十字になるようにする。

そして円の中心、縦横の線が交わる場所に座り、目を瞑って、何も考えないようにする。これが訓練のやり方であり三雲いわく『訓練と言ってもいくつもあるなかの最初の段階だ。 力を引きだす為にまずお前さん自身を知る必要がある。お前さんは頭で考え過ぎてる節があるからな。 考えるのでなく自分の内側に潜り自分自身を感じることが巫女の力を引き出す為の鍵になる』とのことらしい。

ボクにはさっぱりわからなかった。

三雲に教えてもらっている間、会長を横目で見る。

会長は我縷が出てこないか見張っており、周囲に目を光らせていた。

会長は少し不機嫌な顔をしていた。

昨日の三雲と話ていたことにたいしてまだ納得がいっていないのだろうか?

会長がなぜあんなに感情的になったのか忘れようとしたがやはり気にせずには要られなかった。

それでも会長にそれを聞くことがなかなかできない。

ボクは会長のことが好きなんだということだけはちゃんとわかっている。

「話を聞いているのか、坂春?」

「え? ああ、聞いてたよ」

三雲の話の途中で考えていたみたいだ。

「また考えごとをしていたんだろう? 考えるなと言ったばかりなのに」

「わかってる、ゴメン」

ボクはそう言って三雲の指示する通りの訓練を二時間ほど行った。

我縷は今日も出現しなかった。

訓練を終え、三雲と別れ会長と一緒に家路を歩く。「なぁ、慶大……」

「ど、どうしたの会長?」

ボクはよくわからなけれど、ドキドキしていた。「昨日のことなんだが……」

「昨日の?」

「やっぱり、私は慶大に傷ついてほしくないよ……。 あの時、三年前と同じになったら私はどうすればいい……」

彼女は不安そうな顔をした。

初めてといっていいのだろうか?

ボクは会長の不安そうな顔を初めてみた。

そして会長の言った、三年前のあの日ことが頭の中で映像として蘇る。

だから会長は心配してたんだ。

やはり、ボクは彼女に心配を掛けすぎていたんだなと思う。会長が考えていたことが少しだけわかり、ボクは納得した。「大丈夫だよ。 綾音ちゃん、ボクはあの時みたいにはならないよ」

それでもボクはそれしか言うことしかできない。「でも慶大は……」

「大丈夫だって。ボクは綾音ちゃんの力になりたくて、訓練を始めたんだ。綾音ちゃんにばかり痛い思いをさせてて嫌なんだ」

「私は……」「ゴメンね、綾音ちゃん。 心配かけて……。綾音ちゃんの力になるよう頑張るからさ」ボクは空っぽの笑顔で言った。彼女を安心させる為、心の思うことを口に出した。けれどボクの言葉は会長を安心させる為とはいえ、嘘染みていて、ボク自身が安心したいが為に言っているように聞こえた。

会長はボクの顔をじっと見つめてから、ボクに抱きついてきた。「あや……!?」

ボクは一瞬、びっくりした。

抱きついてきた会長は震えていた。

会長はボクの胸のあたりに顔を埋め、顔が見えない。

「綾音ちゃん……」

「慶大……、私は怖くて怖くて仕方がない。化け物と闘うのは恐ろしくないけど、慶大。お前が居なくなるほうがよっぽど怖い」

会長の絡んでる腕に力が入る。

「もし私が守りきれなかったらって……、考えてしまうんだ」

会長、いや綾音ちゃんはやっぱり、強いなと思った。 彼女には自分の生死が懸かっているのにも関わらず、ボクを守ろうとしてくれている。自分のことだけで手一杯なボクは会長のようにはなれない。

やはり強くはなれないのだろうか?

無力はどこまでもボクを追いかけまわす。

だからこそ……。

「綾音ちゃんは心配しすぎだよ。確かに三年前のことはあるけどボクらは成長したから大丈夫だし、それに綾音ちゃんは強いから負けないよ」

「私は強くない、臆病だ……。」

綾音ちゃんの声はいつもの自身のある声とは少しトーンが違っている。

ボクはそっと彼女を抱きしめた。

彼女の温度が感じられる。

「大丈夫だよ、綾音ちゃん。大丈夫」

何もできないボクは何をすればいいのだろうか?

「慶大……」

綾音ちゃんはボクから離れ、顔を上げてボクを見る。

「そうだ、大丈夫だな。私は何を言っていたんだろうな。慶大のいう通りだ」

彼女は少し顔に不安の影が残ったが普段の調子に近い状態まで戻った。

自慢のポニーテールが揺れる。

「少し頭を冷やせばわかることだな。負けなければいい。私は勝って慶大を守る!」

綾音ちゃんは、いや、彼女は会長の顔になった。

ボクは安心した。

「何、笑っているんだ慶大?」

ボクの顔を見た会長は尋ねてきた。

どうやらボクは笑っていたみたいだった。

「いや会長がボクに弱いところを見せるなんて珍しいし、こんなボクにでも頼ってくれるんだなって」

「バ、バカにしてるのか?」

「バカにはしてないよ。そういう弱いところがある会長も可愛いと思って」

「なっ……!?」

会長は顔を茹でたタコみたいに顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。

「やっぱり、バカにしてるじゃないかぁ……」

会長はボクを突っついた。

ボクらはまた話しながら歩きだした。

会長がボクに弱いところを出してくれたことが嬉しかった。

幼なじみとはいえ、この年になるまで会長のメンタル的な部分を一度もみたことがなかった。

彼女にこんなに思って貰えていたのは嬉しい限りだった。

会長もやっぱりボクにとって大切な日常の一部だと気付かされた。

だからこそ守られるのではなくて守れるようになりたいと思った───


───「で会長とはいい加減、キスしたのか?この幸せ者」

楠喜多はこの上ないほどのイヤらしい顔をしていた。

早く昼ご飯を食べ終わり、楠喜多と話していると突然、聞いてきた。

「いや、キスしたかって突然聞かれても……」 物凄く困る。

「だって坂春よ、なんか嬉しそうな顔してるからよ。会長とでもなんかいいことしたのかなと思った」

「嬉しそうな顔?」

「そう、嬉しそうな顔。いかにも私は幸せですと言わんばかりの顔だった」

「なんだ、そりゃ?」

ボクは笑ってしまう。

会長と話してから二日ほどたった。

確かに楠喜多の言う通り嬉しいことはあった。ボクは会長がすこしでも弱いところを見せてくれたのが嬉しかった。

「なんかここ最近よぉ、お前難しそうな顔してたからさ。それが今日になってニヤニヤした顔になってたからさ」

「ニヤニヤはしてないけど、嬉しいことがあったのは事実だよ」

「やっぱり、何か会長とあったんだろ!? オレに隠し事はよくないぜ。もしかしてここでは喋れないくらいに発展したとか」

またイヤらしい顔で言う。

「楠喜多……」

「ん?言う気になったか」

「やっぱり、気持ち悪いよ」

「だからそれは禁句だろ……」

楠喜多はなんとも言えないようなショックを受けた顔をした。

「それにボクのこと聞く前に楠喜多! 楠喜多だって誰かといい関係になってるって聞いたぞ」「あ~、そんなこともあったっけな?」楠喜多ははぐらかすように言った。

けれどあきらかに動揺していた。

「動揺してるってことは心あたりがあるんでしょ」

「さぁ、どうかな?」

ボクはこれ以上は追及しないでおいた。

「まぁ、楠喜多は……、うん、おもしろいからその誰かともっといい関係になれるんじゃないかな?」

「なんだ、その変な間は!?」

本当にこれがボクの日常だと思った。

現実離れした意味のわからないものに振り回され、自分の無力さを知ることは非日常に見える。

けどいつかは自分の非力さを日常の中でも知らなくちゃいけないときがくるのだろう。

頭の中でそれが回る。

それにボクは力をつけたとしても会長を守れるだろうか?

そして会長はボクを必要としてくれているのだろうか?

考えても意味のない自問自答ばかりだった。ただボクにできることは我縷がでないでいる状態が続くことを祈るしかないらしい。

しかし夏の風は暑さだけでなく一緒にボクらの脅威をはこんできた。

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