第五話

夏休みまで一ヶ月を切り、周りの生徒はなんだか落ち着かない雰囲気になっていた。

「坂春。 お前、夏休みはどこか行くのか?」 楠喜多は何か企んでいるような笑顔をしていた。

「特にないけど……。 楠喜多。 夏休みまでまだ一ヶ月あるけど、早すぎない?」

「あのな坂春。確かに夏休みまでまだ一ヶ月もある。 けれどオレ達は青春の真っ只中にいるんだぜ! 早く予定をたて、期末テストという壁を越えて余裕の夏を過ごすんだ」

唖然としてしまった。

ボクは楠喜多の変なテンションについていけなかった。

「楠喜多。 なんでそんなに今日はテンション高いの?」

「いいか、夏は男と女が恋する季節だぞ。 彼女がいる身にはわからんだろうが、キレいなお姉さんとイチャイチャしたいんだよ。

海辺には鮮やかな水着を着たギャル、夜空を輝かせる花火。 オレはそれが待ち遠しいんだ」

「そっ、そっか……」

ボクは友人である楠喜多にちょっとだけ気持ち悪さを感じた。

「本気で引かなくてもいいだろ!」

「あぁ、ゴメンゴメン」

「とにかく、テンションが高いのは夏が待ち遠しいってことだ」

楠喜多は通常のテンションになった。

「でもよ坂春、会長という恋人がいるんだからよ、夏を満喫しないのは損だぜ」

楠喜多は真顔で言う。

「あはははは!」

楠喜多の真顔が可笑しくて笑ってしまった。「何が可笑しいだよ!?」

「いや、別に……、あはははは」

「人の真顔を笑うなんて失礼だぜ」

楠喜多はまた真顔で言う。

「ご、ごめん」

なんとか笑うのを抑えた。

しかし、楠喜多のこういう明るさに助けられているんだなと最近、感じる。

彼はボクの痛い所をたまに突いてくるけれど会長といるときとは違う雰囲気がある。

これがボクの日常なんだと思う瞬間。

ここ二三日、我縷は出現せず会長に掛かる負担は少しだけ和らいでいた。

それに三雲が家の周辺に結界に近いものを仕掛け、我縷達を家から遠ざけてくれた。

だから、巫女だのとなんだのという非日常はなかったかのように思えた。

しかし、そんな甘い考えはすぐに破壊された。 「話変わるけど、坂春、最近変な噂が立ってるんだけど知ってるか?」

「噂?」 「知らないのか?」

「聞いたことないよ」

「この街でよ、夜になると身長が二メートルほどもある、変な生き物が歩き回ってるらしい。なんでもそいつと遭遇すると襲われるらしいんだ。 でよ──」

まさかと思い、楠喜多の話を聞いていくうちにほとんどが我縷と同じ特徴だった。

楠喜多の話を聞き終わると同時にボクは絶句した。

考えてみれば、我縷は人の魂を喰らうと三雲が最初に言っていたことをボクは思いだしていた。

だから遭遇すれば確かに襲われるだろう。

「死んだ人とか被害者はいるの?」

「どうだろうな。五人、遭遇したらしいが。けど死んだ奴がいるとは聞いてないな」

「そっか」

「まぁ、噂だからな」

噂じゃないということは自分が一番わかっているけれど実感できない。

どこか別の世界の話に感じてしまう。

やはり非日常はその場にならないとリアルを実感をすることができないみたいだ。

自分の無力感がまるで嘘のように──


───学校が終わり、ボクは三雲と部活終わりの会長の三人で我縷が出現するのを待っていた。

いつも戦闘を行うのは夜、誰もいなくなった学校内だった。

待つ間に楠喜多から聞いた話を三雲にし、疑問だったところを聞いてみた。

「死者が出なかったのは多分、我縷が普通の人より魂の力が強いお前達に引かれたのだろう」

そう言うと三雲はだるそうにあくびをした。「どういうこと?」

「不味い食べ物と旨い食べ物、お前さんたちならどっちを選ぶ?」

「そりゃぁ、旨い食べ物でしょ」

「だろう。 それと同じで奴らにとって普通の魂より巫女達の魂のほうが質が高く旨そうに見える。 それに奴らは魂の匂いで獲物をさがす。たしかに普段は人を襲うんだが、楠なんとかという、お前さんの友達の話から察するに、奴らからはお前さん達の魂にしか眼中にないということさ」

「でも、巫女や守護者の魂を持っている人は他にもいるんでしょ、三雲?」

「そうだな……、他にもいるみたいだが、この街ではお前さん達だけみたいだな。 だからこそ奴らはお前さん達をしつこく狙うみたいだな」

三雲は尻尾を左右にひらひらと振っていた。「そうなんだ……」

この街に自分達の他にそういう能力を持った人達がいれば協同で゛名もなき者″を倒せると思ったけれどそれは無駄だった。

結局、会長に負担をかけることになってしまう。

゛黒い影″との遭遇から約一ヶ月、ボクはいまだに力というものが目覚める気配はなかった。 ボクは会長に守られ一ヶ月たってもなにもできない自分になにもできないという焦燥感と自分自身への怒りがあった。

確かに、日常で忘れることができたけれど、非日常はそれをほんの一時の偽りだということを嫌でも投げ掛けてきた。

会長の力になりたいという思いばかりがボクの心の中で渦巻いていた。

「しかし、私が戦ってきたのは雑魚に近い奴らなのだろう?」

会長が三雲に尋ねる。

「確かにに雑魚に近いかもしれんな。 しかしそれはお嬢ちゃんにとってだがな」

「それなら我縷ではなく、奴らを操っている(名もなき者)とか言うやつがでてきても可笑しくないんじゃないのか?」

「いい読みだな。 確かにでてきても可笑しくはないな」

(名もなき者)。

゛黒い影″が率いている、人の形をした人にあらざる者。

何人いるのかも分からなければ、どんな力を持っているのかもわからなかった。

「対策は必要みたいだな。 こちらから仕掛けるにしても居場所が掴めんからな。 それならば坂春。 お前さんの力を引き出す為に訓練が必要みたいだ」「く、訓練?」

いきなり話をふられ、少しびっくりした。

「ああ。 今、お嬢ちゃんの力に頼り過ぎてしまってなかなかお前さんの力が引き出せない。 だからいつでも引き出せるようにしないとな」

そこに会長が割って入る。

「しかし、私は大丈夫だぞ。 慶大が力に目覚めなくても私は倒せる。 今まで我縷を難なく、倒してきたじゃないか。 ということは対等に渡りあうこともできるだろう」

「確かに、渡り合えるかもしれんが、お嬢ちゃん。 お前さんがやられてしまって、坂春は力を使えませんということになったら元もこもない」

「しかし……!」

会長は反論しようとするが三雲は気にせずつづける。

「それにお嬢ちゃん、一人の力では倒せない場合、坂春に協力して貰うだけだ。」

「それでも、私は慶大に傷ついてほしくはない!」 会長が叫ぶ。

一瞬、三雲とボクは会長の雰囲気に呑まれる。意外だった。 会長が感情的になり大声を出すなんて思わなかった。

しかし会長はしまったと言いそうな顔をしいつものように冷静になった。

「す、すまん……。 私としたことが熱くなりすぎた……」

会長はうつむく。

ボクはどうしていいのかわからないまま、口を開いた。

「そこまで熱くなるのは、か、会長がボクのことを思ってくれるからだよね……。 嬉しいよ。 けどボクは三雲の訓練を受けるよ」会長に心配をかけてしまった。

無力な自分がいけないのはわかってる。

謝るのは会長じゃなくてボクのはずなのに彼女に言おうとして喉にひっかかったままボクの中に残った。

「慶大がそういうなら……」

会長は苦笑いをした。

「俺も言いすぎたみたいだし本人の同意も取れたみたいだな。 それならば明日から訓練を開始するとしよう」

「今日も我縷は出現しないみたいだ。 とりあえず今日は帰るとしよう お前さん達も我縷がいないときに休んだほうがいいから、早く帰れよ」

そう言い残すと三雲はスタスタとどこかへ消えた。

「ちょっ、三雲!?」

ボクと会長は残されたままだった。

「か、会長、行こうか……」

ボクはどうしようもなく狼狽えていた。

「そうだな……」

会長は答える。

ボクはこれ以上、何も言うことができず、気まずい雰囲気の中ボクは校門の方を見た。

「慶大!」

突然、呼び止められ会長の方に顔をやる。

「ど、どうしたの、会長!?」

会長は悲しそうな、何かを我慢しているような顔をしていた。

「…………」

会長は何も答えなかった。

ボクも黙ってしまう。

「…………」

「いや、やっぱり、なんでもない。 呼び止めた私が悪かった、行こう」

会長はうつむく顔をあげ、いつものように笑う。そして会長は校門の方へ駆け出す。

なぜ会長は三雲の言葉に対し熱くなったのだだろ? 疑問は浮かぶのだけれど見当たる理由が見当たらない。

ボクは会長、彼女の心の内側をちゃんと見たことがあるだろうか?

非日常はボクの嫌な部分を見せつけるだけでなく、会長の見ることのできなかった心の何かさえもボクの目の前に引きずりだしてくる。 自分の無力感、会長の心の内側。

一体、ボクはどうすればいいのだろう?

「慶大! 何しているんだいくぞ!」

思考は会長の呼び声で中止した。

「わ、わかった!」

ボクは会長の方へと駆け出した───

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