第二話

「やっと我らの呼びかけに応じたか」


男はやれやれというような呆れた表情をする。


「何度か、此方から呼びかけたのだが、聞こえなかったか?」

男はボクと目をあわせ話す。


何故だろう?

体が動かない。

頭の芯からこの男に対し、゛関わってはいけない″という警告音が発している。


「どうした? 質問の意味が解らないか?

まぁ、いい。 貴殿が白きの巫女の魂を持つ者ならば我らの呼びかけには答えられるからな」


白き巫女?


何を言ってるんだ?


男から目線を外せない。


「見えているようだが、聞こえないらしいな。 つまらん。 数百年たったというのにこんな力しか持っていないとは」


ボクが聞こえていないと思っているみたいだ。

男は独り言を言っているように喋りつづける。

「しかし、白き巫女ならば守護者がいる筈だが……、いないのならば好都合だな」


男はニヤリと背筋がヒヤッとするような笑みを浮かべる。

なんだコイツ、絶対、頭おかしいだろ。

意味の解らないことばかり呟いて。

早くこの場から逃げたい!

そうしないとなにかされるのはわかってる。

けれど体が動かない。

時間を稼がなくちゃ。


「あんたは一体何者なんだよ?」


できるだけ声のトーンを落とし、凄んでみせる。


「聞こえていたのか。 我らが何者かだと?やはり、まだ本来の力は目覚めてていないようだな。 いいだろう。 我らに名はない」

「名前が──ない?」


「そうだ、名前はない。 しかし昔の白き巫女達は我らを゛名もなき者″と呼んだがな」

「゛名もなき者″?」


「しかし、せっかく青き巫女に出会えるとも思ったのだが、貴殿のような力に目覚めていないものに出会うとは。 目覚めていないのが残念だが貴殿の魂を戴こう」


男は右手をボクにかざし言った。


「去らばだ。 白き巫女の魂を持つ者よ」


おい、おい、おい。

意味わかんないんだよ、本当に。

質問して答えたのはいいけど説明がなさすぎる。

自己簡潔して突然、「魂を頂く?」だ。

なんのギャグだよ。

男が右手をかざしてもなにも起こらない。

なにがしたいんだろうか?

そう思った瞬間だった。

胸が締め付けられるような痛みに教われた。「はぁ、かはっ」

こ、呼吸ができない。

首を締められたときのように呼吸ができない。

胸が痛いはずなのに。 なんだ、これ!?

ボクの唇からは涎が垂れ、眼からは涙が出てきた。

このままだとマズイ。

必死で胸をかきむしる。苦しくてしょうがない。

男は無表情でボクを見ていた。

もがいてもがき続けても、苦しみはとれない。

「魂がなかなか肉体から離れないとは貴殿は強情だな」

無表情に冷たく言う。ボクは死ぬのか? 死は目前なのに頭は冷静になってこんな自問自答するなんて。

バカみたいだ。

「がふっ、はぁ」

涙が大量に溢れる。体が酸素を求める。

ボクは空を仰ぐ。

死の数秒前だと言うのに世界はゆっくりに感じるみたいだ。

どうやら神様は酷いことをするらしい。

視界が真っ白になっていく。

ああ、これが終わり。

ボクのエンディング。

後悔なんてものは、なにもない。

そう、後悔なんて……。

けれど、心の中には何かわだかまりがあった。

このまま、死んでもいいと思っているはずなのに、何か心のどっかで引っかかってる。

まぁ、いいや。

この苦しみを味わっていっそ──


──「使者だというのに、伝える相手にしなれちゃ意味無いだろう」

意識の遠くから、声がした。

遠退いてた意識が元に戻る。

「はぁ、はぁ、げほっ」

一気に体に酸素を取り入れた為、むせる。

回復した視界に入ってきたのは先ほどからそこにいた男と突然、現れた猫だった。

しかも黒猫。

「猫ぉ!?」 思わず、叫ぶ。

「おいおい、叫ぶなよ。お前さんはさっきまで死にかけてたんだろ。」

「猫がしゃべった!」

まだ呼吸が整ってない。 しかも猫の声は渋い中年男性みたいな声だった。

「猫がしゃべって何が悪い? お前さん、元気があるな」

猫はゆっくり、男を見る。男も猫を見つめる。

「白の使者か」

「いかにも。 ただちっとばかし目覚めるのが早くないか? ゛黒い影″」

「我をその名で呼ぶとは懐かしい。 貴殿は一体、何者だ?」

「名のることは出来ないが言えることはお前さんの知り合いってとこだな。 とりあえず忠告しておくが、覚醒前の魂を取るのはオレ達使者にとっては屈辱なんでね、止めてもらえると嬉しいんだ」

「我らとて生きる為にやっていることだ」

「嘘つけ。 死なない体のくせしやがって」……? この一人と一匹は何を話しているんだ?

さっきから頭がおかしくなったとしか思えないような会話をしてる。

「とにかくオレが伝えてからにして貰えないだろうか。 そうしないと、めんどくさいからな」

「貴殿の要求は飲めんな」

男はゆっくりと言った。

猫はやれやれというように首をふる。

「まぁ、言うと思ったがな。 しょうがない」

猫はボクにスタスタと近寄る。

「歩けるか?」ときいてきた。

「だ、大丈夫」

「オレが合図したら走るぞ。走れるか?」

体が少しだけ動く。

「え? う、うん」

「そういうことで゛黒い影″、今日は一先ず退避させてもらう。」

猫はそう言った次の瞬間、叫ぶ。

「走れ!!」

ボクは言われた通り、ダッシュした。

「そうはさせん」

男はボクが走ったと同時に手をボクにむけふる。

ヒュンという音が聞こえた。

「伏せろ!!」猫が叫ぶ。

ボクはスライディングの形で前にジャンプする。

頭の上を何かが通過したのがわかった。

ボクは前のめりの状態で地面に着地。

「あっ、危なっ!」

びっくりした。

「走りつづけろ!」猫が怒鳴る。

ボクは直ぐ様起き上がり、前だけを見て走る。

背後では何かが破裂するようなパンという音が聞こえたがボクは走り続けた───


───離れているのがわかったボクはたちどまる。

離れたのはいいが一体、何処に向かって走ればいいんだ?

学校まで走るのは体力のないボクにとってはキツい。

家にかえるにはさっきの道を通らなければならない。

あそこは一本道だというのにどうすれば……? 「やっと巻いたか」 「うわっぅ!」

びっくりした。

背後から声がし振り向くと、さっきの黒猫がいた。 「驚かさないでよ!」

「うぉぉ、なんだ、いきなり!?」

黒猫はびっくりする。

「しかし、始祖のヤツに終われるとはな。 お前さんもお仕舞いだな」

残念そうに言っているが猫は鼻で笑っていた。 「まぁ、守護者がついているが大丈夫だろう」「ちょっ、ちよっと待って! さっきから白き巫女だの守護者だの、意味分からないんだよ」 ボクは怒鳴る。

「なんでボクは襲われなきゃなんなかったんだ!? それを説明してくれよ!」

わからないが怒りたかった。

訳の分からない恐怖に怯えたあとにくる自分自身に対する怒りが抑えられなかった。

「おい、おい、熱くなるなよ」

「熱くなるなじゃない! あんた達は一体何者なんだよ」

疑問と怒りを目の前の猫にぶつける。

はたから見たらただ一人で猫に喚いている気が触れた人にボクはなっていた。

「落ち着けよ、お前さんのような奴に説明する為に送り込まれたのがオレだ。 説明するから先ずは落ち着け」

どうやらボクは猫にさとされたらしい。

「とりあえず、この場所だと話にくいから移動しよう」

「ちょっと待って!」

ボクは忘れていたことがあった。

「ん、どうした?」

「さっきの場所に自転車取りにいっても平気かな?」

猫は勘弁してくれよと言わんばかりに首をうなだれた───


───なんとか自転車を無事に拾い移動した。

ボクらが移動した場所は゛名もなき者″と呼ばれる男が出現した所より少し離れた公園だった。

「こんな場所で平気なの?」

「何がだ?」

質問で返されたな。本日、二度目だ。

「いや、さっきの男が追ってこないか心配になって……?」

「それなら大丈夫だ。 奴らは魂の匂いで狩りを行ってるんだが、オレがなんとか奴らの嗅覚を一時的にダメにしたんだ。」

もうこの時点でボクにはよくわからなかった。

「後でちゃんと詳しく説明するから。 まず自己紹介しておこう。 オレの名前は三雲。 これからお前さんを少しだけだが手助けするものだ。 よろしく、坂春 慶大」

名前を言っていないのに三雲と名乗る猫はボクの名前をいい当てた。

「な、なんでボクの名前を知ってるの!?」「そりゃ、知ってるさ。 白の使者だからな」

よく言っている意味がわからなかった。

それでもなんだか不思議だった。

「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかな?」

「なんだ?」

「キミは本物の猫なの? 実はロボットでした、なんて言わないよね?」

「当たり前だ! オレは正真証明の猫だ」

そう言われたボクはなんとなく三雲の髭を引っ張ってみた。

「痛でででで! なんてことしやがる!」

三雲はフシャーと尻尾をたてて怒る。

「ご、ごめん、つい」

「(つい)じゃないぞ、このバカ野郎! もうちょっと猫に優しくしろよ」

「わかったよ」

「たっく……、くだらない質問しやがって」三雲はブツブツといい始めた。

彼と呼んでいいのか分からないが、三雲となのる目の前の猫はなんだか信頼しても良さそうな気がしてきた。

さっきまではなんだか不安だったというのに少しだけ安心感が生まれた。

「でお前さんはなにから聞きたいんだ?」

ぼやき終わった三雲がボクに言う。

「聞きたいことはいっぱいあるけど、一番気になるのは、どうしてあの男はボクを狙ってきたの?」

「それはお前さんが白き巫女の魂を持つものだからさ」

「その白き巫女とか守護者っていうのは一体なんなのかわからないから聞いてるんだけど?」

「最初から説明するのか」 三雲はそう言うとひとつあくびをした。

三雲の説明はこんな感じだった。

だいたい千年ほど昔、白の一族という一族がいた。 白の一族は自らで編み出した術で怨霊に近く、人の魂を喰らう化け物を滅してきた。 その中でも白き巫女は特殊で化け物を滅する力が強かった。 しかし、白き巫女達は滅する力を持っていても、物理的に化け物を攻撃する力を持たなかった。

そこで巫女達の力を元に化け物を物理的に攻撃するために生まれたのが白の守護者だった。

守護者は巫女の力の後押しを元に武器や武術を使い、人々に襲いかかる化け物を滅していたみたいで巫女と守護者はお互いに無くてはならない存在になっていた。

ある日、白の一族から裏切り者が出た。

そいつは一族が代々滅していた化け物と手を組み、白き巫女と守護者の何人かを殺害し、巫女の魂を食らった。 それが原因で白の一族と裏切り者の戦いは始まった

戦いは長く続いた。 裏切り者は不老不死に近く倒すことができずにいた。 しかし殺害された内、一人の巫女と手を組んでいた守護者が秘術を使い、自らの死と引き換えに裏切り者を封印した。

戦いが終わった後、白の一族は滅んだ。

しかしそれから今に至る何百年間という単位で裏切り者は復活し、白の巫女と守護者の魂を持つものは白の使者に使命を伝えられ、裏切り者と戦ってきたということらしいのだが──


───「大体の話はわかったけど裏切り者はさっきの゛黒い影″っていう男でボクは奴と戦わないといけないの?」

「うーん、まぁ、そういうことだな」

「白旗ふるってことは出来ないよね……?」「戦わなくてもいいが、お前さんがその選択を選んだら確実に死ぬのは確定だな」

選択する余地は無しってことですか。

泣きたいよ。

「ただ生身で戦闘するのは守護者であって、お前さん、巫女は後ろで守護者を強化させるのが役目になるな」

戦わなくて済むのか。 それなら少し安心する。

「そういえばさっき゛黒い影″は巫女達は自分達を゛名もなき者″って呼んでたって言ってたけど名前あるのになんで゛名もなき者″なの?」

「ああ、それはな。 巫女は裏切り者である゛黒い影″を一族の名を汚したということで一族から名を外し奴を゛名もなき者″と呼ぶようになった。 しかし奴はこう言ってなかったか? (我ら)って?」

「確かに言ってた。 一人じゃないの!?」「最初の時は一人だったみたいだが、゛黒い影″には及ばないが似たように不老不死に近い奴らが何人かは、いそうだな」

その言葉を聞いた瞬間、一気に目の前が暗くなる。

意味のわからない力を持った奴らに追いかけ回されるなんてこの世が終わるより嫌だ。

「しかしお前さんはこんな現実離れした偏屈な状況に焦らないがとても不思議なんだが?」 「いや、焦ってるしびっくりしてるよ。 ただ半信半疑なんだよ。 目の前で猫が人の言葉を話すっていうことだって信じられない」

そう信じられないのだ。

ボクはあまり、状況の変化に強いほうではないことは自分で熟知してる。

「けど目の前に三雲がいるし、しゃべってるってことが実感できるから多分、疑っていても現実なんだなと思ったから。 少しは受け入れたほうが気持ちも楽かななんて」

「ほう。 やはり面白い奴だ」

三雲が笑った気がした。

「面白いかな?」 「いやいや、面白いさ」

そうかな? なにが面白いのかよくわからないけど。

三雲はまた気だるそうにあくびをする。

「三雲。 もうひとつ肝心なこと聞いてなかった」 「まだあるのか。 なんだ、聞いてないことって?

「ボクが゛名もなき者″を滅する白き巫女なら、その守護者っていう人は誰なの?」

「うーん、実を言うとオレ自身、オレが伝える奴が守護者であってるのかわからん」

「わからんって、三雲は使者なんだろう。 それなのにわからないなんて可笑しくない?」 「そうなんだが……、本来、巫女の役は女がやり、守護者は男の役だったんだ。 しかしお前さんみたいに男で巫女の魂を持っているように、守護者が男であるとは限らないんだよ 」 「じゃあ、何人かは検討がつくけどそれが当たってるか分からないってこと?」「そうなるな……」

「ハズレでもいいから、一番の最有力候補を教えてよ」 「最有力候補か……」


「名前は確か……、柿本綾音だったかな?」三雲の首についている鈴がチリンと鳴る。

ボクは一瞬、言葉に詰まる。

嘘だよな……。 まさかそんな偶然なんてないだろ。

「そ、それって本当にあってるの……?」

心の中では違うと言って欲しかったが、三雲は淡々と述べた。

「まだ分からんが一番、お前さんに近くて、守護者の魂を持っていそいな奴でいえば柿本綾音しかいないだろうな」

聞き間違えではなかった。 頭が痛くなってきた。

「もし三雲の言ってることが本当だとしたら゛名もなき者″に狙われる可能性は……?」「百パーセントと言っても過言じゃないな」守護者だかなんだか知らないけれど、会長に知らせない不味い……!

会長が危険な目に合ってしまう。

知らせるにしても今は部活中のはずだから携帯は使えない。

ボクは、自転車にまたがる。

「お、おいどこ行くんだよ!?」

「会長のところ!!」 「会長だぁ!? 何を言ってんだ」

「だから携帯が通じないし学校にもどる!」「柿本のところにか?」 「そうだよ!」

「そうか」 

三雲はそう言うとボクの自転車の籠の中に入る。

「今、何時頃だ?」

突然、三雲は尋ねてきた。

「なんでそんなこと?」

「さっきお前さんに説明した゛黒い影″と手を組んだ化け物がいると」

「うん。 でもそれが時間となんの関係があるんだよ!?」

「いいから黙って聞け! いいか、その化け物の名は我縷(がる)。 奴らは説明した通り魂を食らう。 ただ奴らは゛名もなき者″と違い、日が出てる時は活動できないんだ。だから奴らが活動する前に守護者候補の所につけるかもしれない」

三雲に言われ、腕時計を見る。

しかし時刻は午後七時を過ぎていた。

すでに日が沈み辺りは暗くなりかけていた。「三雲の言う通りなら急がなくちゃまずい!」

ボクはペダルを漕ぎだした。

「ただ一つ分かることは゛名もなき者″はまだ力が完全じゃなはずだ。 だから襲ってくるとしたら我縷単体だろうな」

「それなら助かる可能性もあるってことだろ、三雲?」「そうだな」

学校へ向かう途中、゛黒い影″が(青き巫女)と言っていたのを思いだし、三雲に聞こうと考えたが会長に知らせることを優先し辞めた。

しかし、なんでボクと会長なんだ?

別に赤の他人でもいいはずじゃないか。

だけど不満を垂れたってしょうがない。

そう自分の中で自己消化した。

急かす気持ちを押さえながらボクは学校に向かいペダルをひたすら漕ぎ続けた───

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