第一話
「オ、オマエのことがす、好きだから、だから、だから私と付き合え! 坂春慶大!」
そう彼女がボクに告げたのは桜がまだ咲いているころだった。
彼女の名前は柿本 綾音(かきもとあやね)。高校二年生。
東洋美人といわれてもおかしくないほどのサラサラした黒髪。
鼻すじは高く、シャープに横に伸びる眉毛、プックリとした唇、見るものを引き込んで仕舞いそうなくらいの綺麗に輝く眼。
街を歩けば大体の男は振りかえるなんて噂をきく。
それはさすがに大げさだよな。
さらに剣道は全国レベルに達するほどの力量、家はお金持ち、なおかつ、二年生に上がったばかりなのに生徒会長として活躍し初めていた。
そんな彼女はボクの幼なじみであり、ボクが通う学校の先輩でもある。
小さい頃から一緒になって遊んでいた仲がボクが高校に入学したと同時に恋人同士になるなんてことは夢にもおもわなかった。
だからすごくびっくりしたし、嬉しかった部分もある。
今までどうりの感じで日々を過ごして、告白されてから約一ヶ月が過ぎる頃だった。
夏に近づくのと同じようにそれは近づいていたんだ────
────「お前さぁ、なんで会長のこと名前で呼ばないの?」
昼休みに昼ご飯を食べていると、楠喜多(くすきだ)は左手に弁当、右手に箸を持ちながらボクに聞いてきた。
「なんでってきかれても?」
「なんでそこが?なんだよ。 普通、恋人同士なら名前で呼ぶだろうよ。何故に坂春が呼ぶときだけ[会長]って呼ぶんだ? そこを詳しく説明プリーズ」
二度も質問されたのは初めてだな。
彼の名前は楠喜多修(くすきだおさむ)。
ボクの中学からの友人であり、現在は同じ高校のクラスメイトである。
唯一、彼だけがボクと会長の関係を詳しく知っている人物だ。
「特に意味ははないよ。ただ名前で呼ぶと変に意識し過ぎて呼べないんだ」
「恥ずかしいって、こんなちっこいころから知ってるんだろ? それなのに名前で呼ばないなんて変だぜ」
楠喜多は手を自分の膝のあたりにまで持っていき、ジェスチャーで小ささを表していた。
「確かに楠喜多のいう通りなんだけど、会長もそれでいいならって言ってくれてるからさ」
「それでいいならって、変なカップルだよな坂春達わ」
「変っていうな、変って」
「でもオレはいまだに、あの堂々とした会長がお前の前だと、デレるなんて信じられねぇ」
「楠喜多はそう思うかもしれないけど、会長はボクの前でもあまり甘えたような顔は見せないよ」
「嘘つけ。 どうせ二人っきりになったらあーんなことやこーんなことして乳くりあってんだろ」
楠喜多は手で変な動きをしていた。
それをみてボクは苦笑する。
「乳くりあってるって言っても、ボクらキスもしたことないよ」
「お前らどんだけ奥手すぎんだよ!」
楠喜多が言ったのと同時に昼休みのチャイムが鳴る。
「あ~ぁ、坂春からいっぱいのろけ話を聞きたかったのに」
楠喜多は食べ終わった弁当箱を袋で包む。
「なんだ、のろけ話って」
ボクは笑いながらいう。
「のろけ話はのろけ話だよ。 とりあえず、チャイムなったから急ごうぜ。 次の授業、井上だから遅れたらどやされる」
「そうだね、行こう」
楠喜多の言う通り、ボクは会長を名前で呼ばない。
名前で呼ぶのは恥ずかしい部分もある。
本当のところ、今までの関係を壊したくないというのが本音なんだけども。
午後の授業が終わり、下校時間。
部活にでる生徒と自宅に帰る生徒でざわつく。
ボクは授業が終わった為、カバンを持ち教室をすぐに出ようとする。
「坂春!」
楠喜多と他の男子に呼び止められる。
「これから野郎ばかりでカラオケ行こうと思うんだけど一緒にいかないか?」
「ゴメン、これから用事があるから先に帰る」
「そうか、わかった。 また誘うよ。 次は絶対こいよ」
「うん、次はお言葉に甘えていくよ」
「ああ」
「ありがとう。 じゃあ、お先に」
「ああ、また明日な」
楠喜多の返事を聞き、教室からでる。
楠喜多達には帰ると言ったばかりだが帰る前に、一つ用があるのを忘れていた。
会長に会うこと。
会長とは家が近く、いつでも会えるのだが剣道部と生徒会の仕事で忙しく、学校の中ではあまり会えない。
会長は寂しがるような性格ではないのはわかっているのだけれど一応、自分の中でそれを理由にボクは会長に帰る前に一度会うようにしてる。
まず、会長が在校している二年生のクラスを覗いてみる。
何時もより早くに授業が終わっていたらしく、会長の姿がなかった。
そうなると会長は生徒会室にいるのだろうと考えが浮かぶ。
少しの早歩きをし、別の校舎にある生徒会室を目指す。
生徒会室の前に着くと生徒会室のドアをノックする。
「誰だー? 鍵は空いているぞ」
聞き慣れた声がドアの向こうから聞こえた。
ドアノブをひねりドアを開ける。
「ん。 慶大か」
会長は机に座り、書類を仕分けていた。
会長は顔をあげボクの顔を見るとのいつも真っ直ぐに結んだ唇が微笑みに変わる。
「片付けの邪魔だったかな?」
「いや、会議まで時間があったから暇をもてもてあましていたよ」
「そっか。 今日は遅くなりそうなの?」
「そうでもないな。この後、私は部活だが多分、いつも通りに終わるだろうな」
「そうなると八時くらいか」
「なんだ? そんなに私のスケジュールを気にして?」
会長が少しイタズラっぽっく笑う。
「いや、たまには迎えにいこうかなと」
ボクは頬をこりこりとかきながら言う。
少し恥ずかしいが。
「慶大・・・・・・」
会長は黙る
「か、会長?」
「嬉しい!!」
突然、会長はネズミを見つけた時の猫みたいな勢いで近くにいたボクに飛び付く。
その勢いで少しよろつく。
体勢はなんとか保てたが会長の両腕がボクの後頭部に巻き付き会長と抱き合う形になる。
その為、ボクより少し身長が低い会長の柔らかい感触と生暖かい彼女の温度が伝わる。
柔らかな黒髪が鼻の所に当たり、いい匂いもする。
その為、下半身が男としての生存本能が反応してしまいそうになる。
「あああ、綾音ちゃん!?」
おもわず名前で呼ぶ。
びっくりしたのと恥ずかしさで頭がショートしそうになり、パニックになる。
「慶大が私を思ってくれるのが凄く嬉しいよ」
会長は実に少し恥ずかしそうなけど嬉しそうにボクの耳元でいう。
綾音ちゃんは大げさだなと時々、思ったりする。
けれどそれはボクを思ってくれているのだと感じる。
「会長の彼氏なんだから当たり前だよ」
口から自然とこぼれた。
そのままボクは会長を空いた両手でギュッと抱きしめる。
何秒ほど、そうしていたのだろう。
「そろそろ、行かないとみんなに誤解されちゃう」
会長はムスッとし「私はもうちょっとこうしていたいな」
「みんなに会長との関係がバレたらボクは殺されちゃうよ」
ボクは冗談まじりに言う。
「私はバレても構わないがな」
会長は自信満々に言う。
「会長らしいね。 でも会長の名誉に関わることはしたくないから」
ボクは苦笑いをしながらいう。
「そうか、慶大が言うなら仕方ない」
お互いに腕を離す。
「そしたら、一度、家に帰るよ」
カバンを持ち会長を見る。
「ああ、来てくれてありがとう」
「いえいえ。部活終わったらボクの携帯に連絡してね。 すぐ行くから」
「わかった」
ボクはドアに手をかけ生徒会室を後にしようとする。
「慶大」
「どうしたの?」
「愛してるよ」
「ボクもだよ」
そう言って生徒会室のドアを閉めた。
ボクの日常はほとんどがこんな感じだった。けれど時々、ボクはふと思う。
好きな人がいてとても満たされているはずなのに、心の奥底では寂しさが渦巻いていた。
ボク自身、理由のない寂しさはなぜ生まれるのかよくわからなかった。
家に帰る為、通学手段である自転車に乗り、家までの道のりを走る。
ボクの家は学校からバスで二十分ほどの場所にある。
遠くもなく近くもない場所にあると交通手段は意外と限られ、電車は近くを走っておらずバスと自転車のどちらかを選択しなければならなかった。
それならばとボクはバスではなく自転車をとった。
バスはいちいち止まる為、家に着くのに係る時間はどちらも同じだと知恵のない頭で考えていた。
しかし、やはりバスの速度には勝てないし、今ではなれたが自転車で走ってみると意外と長い距離に最初はへばっていたのは記憶に新しい。
入学から一ヶ月。
無事に高校生活を過ごして友人にも恵まれて毎日が楽しいし、会長と一緒にいるのは嬉しい。
だけど自分は何処へ向かって走っているのかよくわからない。
自分がやりたいことがなんなのか、見えなくて、未来で自分はどうなっているんだろう?
まとめられない心の中のモヤモヤ。
解決できないことがもの凄く、わずらわしい。
どうすれば……、いかん、いかん。考えすぎて深みにはまってる。
変なことは考えように?
なんだ?
今、目の前にテレビの砂嵐みたいなノイズが走った。
自転車を走らせるのを止め、自転車からおりその場に佇む。
とりあえず、目をこすり目の前をみてみる。特に変化がない。
なんだ?別に目が変になったわけじゃない。
一体さっきの砂嵐は……?
「──────か?」
?
「────かるか?」
断片的だがどこからか声が聞こえた。
当たりを見回す。
しかし、誰もいない。
空耳にしてははっきり聞こえたな。
何だったんだろう?
とりあえず、気にせず帰ろう。
会長を迎えに行くのには時間はある。
自転車にまたがり、ペダルをこごうとした瞬間、強烈な砂嵐が走った。
砂嵐だけでなく、目の近くに激しい痛みも走る。
そして今度は、はっきりと声が聞こえた。
「我らがわかるか?」
声が聞こえた目の前をみる。
ボクから五メートルほど離れた場所に男が立っていた。
暗闇になる前、夕焼けのオレンジ色に染まった空。
街も同じようにオレンジ色の雰囲気に包まれるというのに、その男だけは、すべての黒を集約したような雰囲気を放っていた。
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