第286話ジュードの約束
『それじゃぁありがとうね。私そろそろ行くわ』
『本当に変わった人魚だな。そんなだから狙われるのだぞ』
『あら、良いでしょう? 私みたいな人魚がいても。私は争いで生まれる見掛け倒しの平和が嫌なだけよ。きっと貴方にもいつかそれを教えてくれる人が現れるわ』
『そんな者現れるわけがなかろう。はぁ、そこまで送ってやる。背中に乗れ』
あれはいつの事だったか。
ユーキがベッドに入ったのを確認して、我は奴らを閉じ込めている部屋へと向かった。傷や疲れなどはユーキに内緒でディルに回復させ、ここ何日かはずっと仕置きを受けていた2人。仕置きというか拷問だが。ディアンジェロは2人がユーキにしたことかなり怒っていたからな。あと何日拷問が続くか。
我もその点については文句はないが、我には仕置き以外にも奴らに用事があった。ああ因みに、アルマンドもウイリアム達と話が終わってから、ディアンジェロに仕置きをされている。ユーキを勝手に海の国へ連れて行き『従属の鎖』を付けたことに対する仕置きだ。
ジュードが入れられている部屋に行けば、ハロルド達が見張りをしていた。我が話があるから、この部屋にセオドリオを連れてこいと言えば、ウイリアムに許可を取ったのかと。この2人のことは我に任せると決まったはずだが? いちいち説明せねばならないのか? そう思い面倒になったためハロルド達を睨めば、ハロルドは少し震えながらも一応ウイリアムに言いに行くと。
はぁ、ため息を吐きながら一応部屋の前で待つ。後からぐちぐち言われるのも面倒だからだ。
すぐにハロルドは戻ってきたがウイリアムも一緒だった。
「こんな時間に何だ?」
「我は2人に話があるだけだ。いちいちバラバラに話を聞くなど、2人一緒ならば1回で済むからな。話をしようと思いセオドリオを連れてこいと言えば、ハロルドが聞いてくるとお前の所に行ったのだ」
「そうか。本当はお前に任せたくはないんだが約束だからな。…それよりも体力は回復しているんだろう。魔力はまだのようだが、2人を合わせて平気なのか?」
「ああ大丈夫だ。心配するな」
ウイリアムが我の目を見て少しの沈黙のあと、ハロルド達にセオドリオを連れて来させた。部屋に入るとウイリアム達は部屋の外へ。見張りもするなと言い、ウイリアム達の気配がしなくなった事を確認して、念のために結界を張った。
「それで、結界を張ってまで私達に何の話がある」
我は椅子に座ると、奴らの魔力の流れを見る。やはり魔力は全くない状態だ。回復する気配さえない。
「何ちょっと話したいことがあってな。すぐに終わるかもしれないし、長くなる可能性もある。余計な事は聞かん。最初は知っているか知らないかで答えるだけだ。知っていると答えれば話が長くなる。エレノアという人魚を知っているか?」
「!! なぜその名前を!?」
「知っているか知らないかで答えろと言ったはずだ」
驚きの表情をしている2人を睨めばすぐに答えた。「知っている」と。
「ならばこの名前も知っているか? ルトアニトス」
2人は驚いた顔をしたまま固まっている。そうか。名前を聞いた時からそうではないかと思っていたが。種族については詳しく聞かなかったからな。
「我はエレノアとその子供にかなり前に会ったことがある。ルトアニトスにもだ」
「いつ会ったのだ!!」
我はあの時の事を奴らに聞かせた。
あれはもう何十年も前だ。もともといたあの湖で、その日も朝からぐうたらぐうたらと寝転んでいたとき、森の入り口から嫌な気配を感じた。だが我が気に入っているこの湖に近づかなければ問題はないし、森の魔獣達に危害を加えなければ放っておこうと。そう思っていたのだが。
嫌な気配を感じて2日目。だんだんとその嫌な気配がこちらに近づいて来た。その嫌な気配は全部で10。そしてそれから逃げるように、小さな気配と少し疲れているのか気配が定まらない者が。
そんな中、森の魔獣達が集まってきた。
「おいオヤジ、そろそろ被害が出てきたぞ。出会った魔獣が殺されそうになった。なんとか怪我だけで逃げられたが、放っておくとこちらまで来そうな勢いだぞ。それに逃げてる奴は小さな赤ん坊を連れているらしい。気付いてるんだろう。あれは人間ではない。人間でないのなら助けてやって、他の奴らを追い払ってくれ。あれは変な魔力を使う。オレ達には無理だ。」
やれやれ、なぜこの森に来たのだ。森の魔獣達の報告とそろそろ止めなければこちらに来そうな奴らの気配に、仕方なく我は立ち上がった。そして飛び立つと森の上から奴らの確認をする。
そして確認が終わりそのまま急降下すると、10人の男の前に立ちはだかった。人間の男の姿をしている何かだが。そして最初の攻撃で半分の男達を殺した。すぐに戦闘態勢を取る残りの男達。
「まさかドラゴンが!?」
「我はただのドラゴンではないぞ。はぁ、それよりもさっさとこの森から出て行け。お前達の気配はこの森にとって害にしかならん」
逃げていた1人の生き物がこちらを伺っていることが分かる。と、森の魔獣が2人を連れて逃げ始めた。それを目で追う真ん中に立つ男。此奴がリーダーだな。
「あの逃げた者をこちらに引き渡せばすぐにここから出て行く」
そう言うとリーダーは体に闇魔法をまとった。これは確かに…。魔獣からの報告通り少し変わった闇魔法の力を感じる。そして我に向かって闇魔法を放ってきた。闇魔法は我の体に纏わり付き、体の中にまで入ってこようとした。外部の攻撃だけではなく、これは精神攻撃もできる闇魔法か?
我の姿を見て笑うリーダーの男。確かにこれは普通の魔獣や人間ならばひとたまりも無い魔法だろう。だが我は普通のドラゴンや魔獣、人間ではないからな。力を入れ一気に闇魔法を体の中から全て打ち消した。
「な、何だと!?」
「だから言ったであろう。ただのドラゴンではないと」
そう言いもう2人の男を体も残らないほど消し飛ばした。それを見て慌て出すリーダーの男と、他の2人は今にも逃げようとしている。
「何故我らの邪魔をする。お前には関係ないことだろう」
「関係はないが、ここを護る者としては、お前達のような存在をこれ以上森には置いておけないのでな。さぁ、お前達も消してやろう」
「くそっ、魔法を使えるのも1回だけか。お前達1度戻るぞ!」
リーダーが2人を連れて闇の中に消えた。完全に奴らの気配が森から消えたのを確認して、逃げた2人の元へと向かった。
向かった先に居たのは、人間の女に変身している生き物と赤ん坊だった。我の姿を確認した女はすぐに我にお礼を言ってきて、気が抜けたのかその場に座り込んだ。魔獣達に食べ物を持ってくるように言いそれを食べさせて、回復ができる妖精に女の回復と赤ん坊の回復をするように言う。
それら全てが終わって、ようやく落ち着いた女が我にいろいろ話し始めた。
女は我も何百年ぶりかに見たが人魚の一族だった。また何で海で生きる人魚がこんな森の中に来たのか。しかも赤ん坊まで連れて。
女の名前はエレノア。何故こんな所に来たのか聞けば、人間の生活を確認するために陸に上がって来たと。お付きも居たのだが、そこにさっきの奴らが現れエレノアを殺そうとし、お付きは皆エレノアを守って死んでしまったらしい。
「何故、同じ一族で殺し合う」
「それは私が平和を望んだからよ。そしてそれはあの人を少しずつ変えているから」
エレノアは人魚の一族の王子の妻だった。エレノアの居る人魚の一族は、欲しい物を手に入れるためならば手段を選ばない、海の中で1番に恐れられているような一族で、昔戦って敗れて以来、今は力を溜めている状態なのだと言う。
そんな中ある時エレノアは、人間に興味を抱き陸に上がったと。そしてその街で、力で支配せず、皆が幸せに暮らしている様子を見て、自分達も力で支配せずに、皆が幸せに暮らせる生き方もあるのではと考えた。そう考えたのはエレノアが王子の子供を妊って居たからなのか。
それからはエレノアは王子を連れて陸に上がったり、自分でいろいろ調べたりと、そのうち王子の力で支配という考えも変わってきたと。そして赤ん坊が生まれてからはさらに王子の支配力が弱まってきた。
が、しかしそれが王子の側近達には不評だった。今までずっと力で全てを手に入れる、その考えで生きてきた者達にとって、簡単に受け入れられるはずがなかったのだ。
そんな中、反対する側近達の中で1番先頭に立って反対していたのが、先程の男だというわけだ。そう簡単に言えば、邪魔なエレノアと子供を消し、王子の考えを元の考えに戻そうとしていたのだ。奴らは王子がついて来ていない今を絶好のチャンスと考え、エレノア達の始末に動いたのだ。
その後も体が完全に回復するまで湖で休んだエレノア。話をするエレノアの表情はとても優しいものだった事を今でも覚えている。子供と王子を本当に大事に思っている顔だった。
そしてエレノアが海に帰る日。
『それじゃぁありがとうね。私そろそろ行くわ』
『本当に変わった人魚だな。そんなだから狙われるのだぞ』
『あら、良いでしょう? 私みたいな人魚がいても。私は争いで生まれる見掛け倒しの平和が嫌なだけよ。きっと貴方にもいつかそれを教えてくれる人が現れるわ』
『そんな者現れるわけがなかろう。はぁ、そこまで送ってやる。背中に乗れ』
我は近くの海までエレノアと赤ん坊を送ってやり、それ以来エレノアと会う事はなかった。
ジュードは黙って我の話を聞いていたが、最後の方はとても悲しそうな表情をしていた。そして、
「帰ってきて聞いた話の中にドラゴンの話が。お前だったのだな。エレノアとノージュ子供の名前だが、帰って来てすぐ何者かによって殺された。そうか、やはりルトアニトスが絡んでいたか…」
「ルトアニトスはその後別のことが原因で死刑に」
「その事はどうでも良いが、お前はエレノアが話していた、平和な未来とやらを叶えるつもりはないようだな。我が言うのもなんだが、お前のやった事は、それとは全く反対のことだ」
エレノアと赤ん坊が殺されてから、ジュードに平和な未来について話す者は居なくなってしまった。そのせいで中途半端な考えのまま、とりあえず力で全てを支配してしまえば逆らう者達は現れず、争い事がなくなり平和になると考えたらしいジュード。死ぬ間際にエレノアと約束した平和な未来にしてと言う願いを叶えるために。エレノアが願った未来とはだいぶ違うが。
「それは平和とは言わん。ちょうどここに、それを教えてくれる人物が居るぞ。その人物に平和を教わる気はあるか? 我も今その者から平和について学んでいる所だ。我はその者に出会って、今かなり考えが変わって来ている。どうだ?」
黙り込む2人。エレノアの話を我から聞いて、今は他に話が入ってこないのだろう。ジュードはぼうっと何かを思い出しているようだった。
返事は明日の夜までに考えろと言い部屋を出る。離れた所で待っていたハロルド達に話は終わったと伝え、ユーキ達の所に戻る。
平和な世界を望んでいたエレノア。今のこの状況を見たらどう言うだろうか。エレノアはオリビアみたいな人物だ。オリビアのようにかなりの勢いで怒鳴られるのではないのか?
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