第277話アシェルのあの時その時、そして今

(アシェル視点)

 『海の死神』がビースロイカに攻めてきたとき、私はすぐに自分の持ち場へと走った。私が護る場所はエシェットが戦うすぐ後ろ。1番激しい戦いになるであろう場所だった。エシェットが結界を張っていてくれていたが、おそらく魔力阻害で結界の中に入ってくるという話を聞き、私の持ち場が決まったのだが。


 持ち場に着いてすぐにくろにゃんが私に皆の状況を知らせに来た。オリビア様はユーキ様の方をウイリアム様に任せたらしい。そしてご自分は私よりも少し後方、街の中心辺りに向かったと。話し終わるとすぐにマシロの元へ移動するくろにゃん。


 それと入れ替わるようにあの3人組と、向こうから送られて来た人魚達が20人程。それからディアンジェロ様の部下が30人程、私の周りに集まって来た。一応街を囲むように人員は配置していたのだが、私の所が1番人は多かった。


 そしてすぐに始まるエシェットの攻撃。その攻撃のほんの少し後、話していた通り結界を抜けて、『海の死神』の人魚達が攻め入って来た。なかなかの人数がいたが、私の護っている場所から奥には絶対に侵攻させない。そう思い最初から全力で奴らに攻撃をした。そして他のところでも戦いが始まったのか、至る所で戦う音が聞こえてきた。


 攻撃を始めてそんなに時間が経っていないにもかかわらず、私のいる場所への攻撃が急に弱まった。さっきまであれだけ居た人魚の数が、明らかにおかしい。

 そう思いながら戦っていると、私の所に人間に変身したドルンの男が近づいて来た。名前は確かアラトだったか。そして戦いながら私に話しかけてきた。


「なぁ、あんたとっても強いんだな」


「ユーキ様を守るために、日々精進しているからな」


「そうか。ユーキはたくさんの人や魔獣に守られて幸せだな。だけどな」


 アラトが苦笑いをした。何だ? 何か問題があるのか?


「奴らあんたの強さに気づいて、雑魚にここを任せて、手薄な所に攻撃に行っちゃってるぜ。だからここの攻撃が弱まってるんだ。見てみろよあっちの壁の方。敵の人数が増えてる」


 言われてそちらを見てみれば、確かに最初の時よりも敵の人数が増えている。私としたことが気づかないとは。


「こっちは俺達がいるから、あんたは向こうに行けよ」


 本当に任せて大丈夫かとも思ったが、ユーキ様が大変懐かれていると聞いている。ここは信用して私はあちらにまわろう。


 すぐに場所を移動し、さらに人魚達を倒していく。

 が、急に奴らの攻撃力が上がった。奴らが腕に着けている黒い石が光りだしたかと思うと、攻撃力が上がったのだ。そしてその変化はエシェットの方でも起きていた。やはりクラーケンとシーサーペントの攻撃力が上がり、港がかなり破壊されてしまった。

 エシェット達の魔力阻害も続いているようで、相変わらずいつもの攻撃が出来ていなかったが、それでもなんとかこれだけの被害で収まっているのはエシェットのおかげだ。


 と、エシェットが1本2本と、クラーケンの足を切り飛ばした。飛ばした方をみれば大きな船が止まっている。向こうの方から走ってきたマシロが、あの船にユーキ様達が乗っていると知らせに来てくれた。


「!!」


「どうした?」


「奴らの魔力が急激に下がった! やるなら今だ!」


 その言葉を聞き、すぐに近くに居た人魚達を倒して行く。周りに居た人魚達を倒し海の方を見てみれば、人魚達が慌てて船の方に戻って行くのが見えた。


「もともと力のある者達はまだ残っているぞ。気を抜くな」


「分かっている」


「!!」


 今度は何だ? まさか新たな敵が現れたのか?


「主が帰ってくる! 我は先に戻るぞ! それにこれは…とりあえず我は戻る!」


 この時オリビア様があんなことになっているなど、考えもしていなかった。

 

 エシェットが全てのクラーケンとシーサーペントを倒し、私が見えている限りの人魚達は全て倒されるか、捕らえられたのを確認すると、私も急いで屋敷に戻った。

 そして戻ってすぐだった。屋敷の中を風が吹き荒れ始めた。後にこれはユーキ様が魔力を暴走させたものだと知ることになるのだが、玄関に居た私は何が起きたのか分からず、とりあえずすぐに外に出た。

 そして屋根の上にエシェットが居るのに気づいたと同時に、エシェットが丸い光の玉を海岸に向かって投げた。その投げた先には全て倒したはずのシーサーペントが。そして…。


「ドガアァァァァァンッ!!」


 大きな音と共に爆発が起こる。シーサーペントの体が半分吹き飛んだ。が、それでも動いているシーサーペント。そしてあの後ルトブルが同じ光の玉を持って屋根に現れ、同じように光の玉をシーサーペントに投げつけた。また凄い音と共に爆発が起き、シーサーペントは姿を消した。


 何だ今の攻撃は? あそこは今どんな状況になっている? すぐに状況確認に行こうとしたが、戻ってきた騎士達が人魚達を連れてきていたため、その対処のために見に行くことが出来なかった。

 

 そのうちウイリアム様とディアンジェロ様ハロルド様達が外に出てきて、簡単に今どういう状況だったかを説明すれば、ウイリアム様は慌てて屋敷の中に。そして窓から顔を覗かせ、すぐにその顔を引っ込め、少しの間外に出て来なかった。


 シーラ達も人魚達を捕まえ屋敷に来ると、ユーキ様の気配を感じたのか、人魚達の腕に付いている石を全部取れと言い、自分達はさっさとユーキ様の所へ行ってしまった。


 私もお会いしたいと思いながら、そのイライラを人魚達にぶつけ、魔力を流した特別なロープで奴らを縛り上げ、蹴り転がして石を腕から外して行く。このロープは逃げようと無理やり外そうとすれば、さらにきつく縛り上げていくという物だ。


 そこまで終わったとき、ウイリアム様がルトブルとくろにゃんと連れて私の所に来た。そしてあれは…。そうか生まれたのかグリフォンの子供が。グリフォンの子供はくろにゃんの頭に乗ったまま、私に自分の名前を言ってきて、嬉しそうに羽を羽ばたかせた。


『ピュイちゃんなの。ユーキがお名前つけてくれたの』


 そうか。もう名前を付けられたのか。


「アシェル、すまないがルトブル達と一緒に向こうの様子を見てきてくれるか?」


「向こうと言いますと、海の国ですか?」


「ああ、こちらはどうにか落ち着いたが、向こうが今どうなっているか。あちらで戦闘が行われているのならば、またこちらにも仕掛けてくるかもしれないからな。このピュイは魔力阻害を打ち消す力を持っているらしい」


 このピュイを連れて歩けば、ルトブルも全力で動けるし、危ないと感じたらすぐにくろにゃんでこっちに戻って来れると。


「かしこまりました。行きますよ」


 くろにゃんが魔法で入り口を作る。その中に入ればすぐに海の国についた。着いた部屋はユーキ様が泊まられていた部屋らしい。ルトブルについてこいと言われ部屋から出てどんどん廊下を歩く。至る所壊れているが、戦っている雰囲気はない。


「今奴らの気配は感じん。もちろんこの国の周りにもな。王の間に奴はいる」


 大きな扉を足で開けるルトブル。中には大きな椅子に座る男と、何人かの人間が立っていた。


「ルトブル様!!」


 椅子に座っていた男が立ち上がり、こちらに走ってきた。


「ご無事で良かった。ユーキ様もご無事ですか?」


「ああ。それよりも状況はどんな感じだ」


 海の国ではユーキ様が拐われた時の襲撃以外、奴らからの攻撃はないらしい。私も軽くだが、あちらの様子を伝える。その時ルトブルがぼそっと言った。


「どうやら我のしたことも、無駄では無かったようだ」


 詳しく聞いてみれば、ユーキ様と一緒に『海の死神』の奴らの拠点へ移動したあと、ユーキ様から魔力を奪おうとしたのだが、ルトブルがユーキ様に魔力を流す真似をしろと言って、上手くかわしたらしい。そのかわりルトブルが魔力を流す事になったのだが、その時ルトブルがある仕掛けをした。

 魔力を溜める水晶に、最初に巨大な魔力の塊を流す。水晶は十分魔力を貯たという証拠に強く光り輝く。ジュードは魔力が溜まったことを確認し次の行動、街への攻撃を仕掛けた。


 しかし誰の目にも明らかに、魔力が溜まっているように見えていたそれは間違いだった。急激に魔力を流したため、一時的に満タンを示すように光っていただけだったのだ。そして街の攻撃にどんどん魔力を消費したため、全ての魔力を使い切り、攻撃が出来なくなってしまったのだ。これがあの時奴らが海の方へ逃げて行った理由だった。


 魔力が使えず、エシェット達が力を取り戻せば、奴らに勝ち目などない。それで慌てて逃げたのか。


「上手くいって良かった。それにピュイが来てくれたおかげだ。ピュイのおかげでユーキは助かったのだぞ。偉いぞピュイ」


『ピュイちゃん偉い! えへへへへ』


 ピュイが私達の周りを飛び回る。


「今攻めて来ないということは、ジュードはかなり魔力の反動を受けていて、動けないということかもしれん。我らは今すぐ戻ってこれからの話をするが、アイリーンはまだ向こうにいるからな。アイリーンには我らの方とお前達の方の間に入ってもらうぞ」


「はい!」


 すぐにビースロイカに戻ると、そこはユーキ様が泊まられている部屋だった。


『ユーキ、あっちのお部屋なの』


 ルトブルがドアを開けると、ピュイはさっさと飛んで行ってしまった。ついて行けばそこはケイラ様のお部屋。中からユーキ様の声が聞こえてきた。

 良かった。ユーキ様は今、今ここに居る。

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