第107話 対ツバイ模擬戦


「マスター、それじゃあ、そろそろ俺と試合しようぜ」


「分かった。ドライ、試合場の方はどうなってる?」


「もちろん、完成していますー。わたしが二人を連れて行きますー。二人ともわたしの手を取るですー」


 ツバイと俺がドライの手を取った瞬間、ドライの『転移』が発動し、足元にはどこまでも広がる荒野、頭上には不気味に赤暗い空が広がっていた。


「どうですー? 何もない場所ですが、相当広く作っていますー。空間拡張に折り畳みを応用しましたー」


 外していたヘルメットをかぶりながら、


「ドライ、こいつはすごいじゃないか」 


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、ひょ」


「ツバイ、勝敗はどちらかが参ったというまで。俺は収納魔法は使わない。そんなところでいいか?」


「おう、それでいい。ドライ、試合開始の合図を頼む」


「了解しましたー。この石を放り上げますから、地面に落っこちたら試合開始ですー。それじゃあ、いきますー」


 ドライが手に持った小石を上に放り投げた。10メートルほど上昇した小石はそこからゆっくり落っこち始め、加速しながら地面に当たった。その瞬間、


 シャッ!


 第三者の目から見ると、ツバイが一瞬で消えたように見えただろう。だが、高速思考と同時に身体強化を行っている俺には当然ツバイの動きが見えている。


 大鎌を振りかぶったツバイが一気に俺との距離を縮め、俺をその間合いに捉えた瞬間大鎌を真横に振り切ったのだ。そして、俺からの反撃を逃れるため、間合いから大きく距離をとった。


 デク人形にように突っ立ったままの俺の胴体をツバイの大鎌の刃が通過していった。


「な! どうなっている?」


 俺の胴体を両断したと思われた大鎌は何の手ごたえもなく俺の体を通過していたのだ。


「さあな」


 俺は自分の体の中を高速で通過する大鎌の刃の動きに合わせ、大鎌の刃と俺の体や防具が重なった部分を亜空間に転移させ、通過したと同時に元に戻しただけだ。大鎌のスピードが速かったから痛くもかゆくもないが、これが低速の斬撃だった場合は、少々痛みを感じてしまう。ツバイには俺が何をしたのかせいぜい悩んでもらおう。


 横で観察していたドライはいまのを見て目を見張っているところを見ると、おおよその見当はついているようだ。いまの一瞬で、ツバイが繰り出す斬撃を含む物理攻撃は俺に通用しないことがドライには分かったようなので、いまはかわいそうな者を見るような目でツバイを見ている。


「ツバイ、まだ続けますかー?」


「当たり前だろう。まだ、マスターは俺に何の攻撃もしてないんだぞ。ここで参ったと言ったらただの笑いものじゃないか」


「それじゃあ、俺からも行くぞ『ファントム・イルージョン』」


 16体ほどの俺の姿をした幻の分体がツバイに向かって殺到する。


 俺の分体に対して、ツバイが大鎌を振り回しその体を両断するのだが、もちろん幻影には物理攻撃は効かず大鎌の刃は空を切る。まるで、先ほどの俺を斬ろうとした時と同じ感じだ。違っているのは、分体はたまにサンダーやウインドカッターなど軽い攻撃をツバイに加えるところだ。ツバイに対しては全くダメージにはならないが、ツバイはそれに一々反応している。ツバイ自身その程度で疲労するわけでもないので、見た目にはただのハラスメント攻撃に過ぎない。そう見た目・・・にはな。


 ツバイ自身、最初に斬りつけた俺も幻影だった可能性を考えているはずだ。そのせいで幻影の中に俺のいる可能性を考え、幻影の動きに一々対応せざるをえない。物理特化のツバイの明らかな弱点だな。


 ツバイが俺の作った幻影の分体と遊んでくれている間に、俺は発動準備が整った最上位重力魔法『グラヴィティ・プリズン』を発動した。


 対象を中心に任意の半径の球体の影響空間を定義し、その中の重力の大きさと方向を操る魔法だ。この魔法のミソは対象を中心とした座標系で発動するため、対象は決して影響空間からのがれ出ることができないところだ。


 今発動させたのは、方向を下向き、強さを1000G、影響空間をツバイの腹の辺りを中心とした半径を5メートルとした球だったが、これを方向を中心向き、強さを最大とすると、対象はそのまま極微小ブラックホールになるまで圧縮され、やがて、蒸発してしまう。もちろんツバイに対してそんなことをするつもりはない。


 それでもさすがにツバイだ。1000G程度ではあまり堪えていないようでまだ大鎌を振り回している。これ以上やると大事な大鎌が壊れてしまうと思うのだが、まだ続けるのか? 大鎌を壊してしまうのは忍びないので、ツバイに投了させるようドライに目配せした。


「ツバイ、もう降参した方が良いですー。大鎌もそろそろ限界が来ますー」


「チッ! やっぱり駄目だったか。マスター、降参だ」


 その言葉を聞き『グラヴィティ・プリズン』を解除して、


「ま、ツバイは物理特化が行き過ぎてるからな。どうしてもこういった変則的な魔法攻撃を絡めた攻撃には弱いよな。俺とやりあいたいならもう少しからめ手的な作戦を考えた方がいいぞ」


「それじゃあ、決着もついたので帰りましょー」


 ドライの言葉で、周囲の情景がドライの部屋に入れ替わった。先ほどの空間は一時的なものだったらしい。金田とかいうインチキ勇者の使っていたスキルとそっくりだ。あとで、ドライに今の空間を作り上げる方法を教えてもらうとしよう。







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