第109話 夏だ、水着だ、海水浴だ!1
今日はウイークデーなので海水浴客は少ないのではと思っていたのだが、電車に乗っているうちに、いかにもこれから海水浴にいくような感じの学生風の連中で車両が埋まっていった。目的の海水浴場のある駅に到着したところ、そういった連中も一気に電車を降りたようで、電車のホームは一杯で階段にたどり着くにも時間がかかるような混み具合だった。
「春菜ちゃん、夏休み初日は失敗だったかも」
「そうね、私もこれほどまでとは思わなかったわ」
「これだと、更衣室なんかもかなり込みそうよね」
「霧谷くん、どうする?」
「ホームにいても仕方ないから、いったん駅の外に出よう」
人ごみの中ゆっくりと改札に向かって歩いて行くのだが、すでに気温がだいぶ上がっているようで蒸し暑い。
ほんとなら、この蒸し暑さを吹き飛ばすための海水浴なのだが、海水浴場のある海岸にたどり着くまえから、美登里などはぐったりしている。
それでもなんとか改札を抜け、駅前広場の日陰のある所にみんなで集合して善後策を協議することになった。
「あづい」
「吉田さん、そんなことを言っていると余計に暑くなるわよ」
「ごめん」
「思っていた以上の人出だな。いま電車から降りたのはほとんどが海水浴客だったみたいだ。これからますます人が増えそうだな」
「といっても、ここまで来てしまった以上、このまま海水浴場に行くしかないわよ」
「……それじゃあ、みんなでカリブ海にでも行ってみないか」
「カリブ海? 霧谷くん、急に何言いだすの?」
「ちょっと前に用事があって行ったことがあるんだ。いいところだったぞ」
「お兄ちゃん、いつ行ったの? ズルいじゃない」
「ある意味仕事で行っただけだから、ズルくはないだろ」
「霧谷くん、カリブ海だと、経度的にはニューヨーク辺りになるわね。それだと、今は夜じゃない?」
「そういえばそうだな。とすると、日本と同じ経度で、景色のよさそうなところに行けばいいか。ちょっと待ててくれ」
ドライのくれた腕時計に話しかける。
「ドライ、ちょっといいか?」
『はい、マスター、何でしょうかー』
「日本と同じくらいの経度で、きれいな海で海水浴ができるところはないか?」
『それだと、パラオなんてどうでしょー』
「よさそうだな。転移するから情報を送ってくれ」
『はーい』
送られてきたのは、パラオにあるとある無人島の情報だった。カリブの時もそうだったが、こんな島まで情報を集めているのが何気にすごいというか、ドライは何を思って情報を集めていたのか気になる所だ。単純に俺たちが海水浴に行くからという関連で集めてくれていたのならありがたいが、何か企んでいる可能性も否定できない。
「ドライ、サンキュ。それじゃあな」
「みんな、パラオに行ってみないか? いいところみたいだぞ。中川も2時間も電車に乗ったんだから満足だろ?」
「さんせー!」
どこかの株主総会で聞いたような声が上がった。
「じゃあみんな、俺の手を掴んでくれ。……、よしみんな掴んだな」
周りを見回し、こちらを注意している者がいないことを確認して『転移』
いきなり7人ばかし駅前から消えたがだれも気付かなかったろう。
俺たちが現れた先は、当たり前だがドライの情報通りの小島で、日差しは強いもののさわやかなそよ風が気持ちいい。青空の元、真っ白い砂浜が続き、薄緑色の遠浅の海が広がっている。
「わー!」
こういった場所に来ると誰もが大声を出したくなるものらしい。吉田と、美登里、それに村田まで、「わー!」と言いながら真っ白な砂地を走り回り始めた。
「霧谷くん、どこで着替えればいいのかしら?」
確かに、これはまずいな。女子に対してそこらの木陰で着替えろとは言えない。
いったん戻って、そこで着替えてまたここに来よう。
「みんな悪い、もう一度俺の手を取ってくれるか?」
次に現れた先は、ドライの要塞だ。
いつも見慣れた部屋の中にみんなで立っている。
「ここで水着に着替えてからもういちど向こうに跳ぼう。俺と村田は隣で着替えてくるから、女子は着替え終わったら呼んでくれ」
そういって、女子を勉強部屋に残して、俺と村田は隣りの空き部屋で海パンに着替えた。村田は何か思うところがあるのかまさかのブーメランパンツ。それでも、四月の身体測定時のぷっくりお腹のプチ肥満体形がすっかり改善されて、筋肉はまだ発達していないもののそれなりの体つきになっているので、十分似合っている。
俺はと言えば、膝上までの競泳タイプの水着だ。戦闘服の生地の余り物で作ったような水着と言えば分かるか。戦闘服がなければ無いで闘えるが、あった方が安心だ。
防音がしっかりしているドライの要塞内の部屋なので、女子たちの状況は計り知れないが、なかなか着替え終わったとの知らせが来ない。様子を見に行くわけにもいかないので村田と二人することもなく待っていた。
「村田、1学期の間にずいぶんいい体つきになったな」
「いやあ、苦労はしたけど、よかったよ。まあ、吉田さんのコーチのおかげが大きいけどね。それにしても霧谷くんの体はすさまじいな」
「一度こうなってしまうと、基礎代謝が上がるせいか、いくら食べても太らないな」
「うらやましい。この夏休みは勉強ももちろんだけど運動もしっかりしていこうと思ってるんだ」
「村田なら十分できるさ」
「霧谷くん、ありがとう」
「そうだな、村田のトレーニングに格闘技でも取り入れて行くか? そうしたら鬼に金棒だぞ」
「痛くないかな?」
「それは、少しは痛いかもしれないが、そのくらいでないと強くなれない。心配しなくてもいい。何があろうがポーションを各種取りそろえているんだ、死ぬことはない」
「『死ぬことはない』ってところが怖いけど、やってみようかな」
「コーチはホムンクルスのサヤカかモエに頼んでやるよ。その方が身が入るだろ?」
「いや、女の子相手に格闘技なんか無理だよ。しかも、相手はまだ中一だろ?」
「そうか? 気にしなくても十分あの二人は強いぞ。俺や、マキナドール以外にあの二人をどうにかできる人間なんかいないはずだ」
「そこまですごいのかい?」
「ああ、問題なくすごくて強い。ヘビー級のボクサーのパンチをもし受ければ体重がないから吹き飛ぶはするだろうが、ノーダメージだと思う。そういったわけだから村田がどんなに頑張っても連中には全く
「じゃあ、あの二人にお願いしてもいいか」
「そうしろ」
そんな話をしていると、ちょうど、今話に出ていたモエがやって来た気配がした。そして、部屋の扉をノックしたあと、わずかに隙間を開けて女子たちの着替えが終わったと知らせてくれた。
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