第101話 魔王の鎌


「マスター、申し訳ありませーん」


 俺が、要塞ようさいの内にあるドライの研究室に『転移』で現れたとたん、ドライが俺に謝って来た。


 抱いていた美登里は近くにあった背もたれのしっかりしたドライの椅子に座らせてそのまま寝かせおいた。


 ドライの話しによると、中学の授業中、美登里のクラスの窓ガラスが割られ、発煙弾が投げ込まれたそうだ。悲鳴が上がる教室の中でホムンクルスのサヤカとモエが窓の外を確認しようと窓際に移動したほんの一瞬のスキを突かれ、転移能力者により美登里が《さら》攫われたということだ。


 ドライは美登里に取りつけている蜘蛛の情報から美登里の居場所をすでに掴んでいたが、俺への連絡手段がなかったので、これからアインを呼んで対策を話し合おうとしていたところに俺が帰って来たのだそうだ。ホムンクルスの二人は美登里がさらわれたことが大げさにならないよう、美登里の幻影を作り出して教室にいる生徒や先生をごまかしている最中らしい。発煙弾の投入は悪質ないたずらとみられているそうだ。今回のことはドライから連絡を受けていたとしても、あまり差はなかったと思うが、ドライにもらってアイテムボックスに収納したままの腕時計をこれからはちゃんと身に着けておくことにした。


「マスター」


 ドライが話し終わったところで、ちょうどアインがやって来た。


 椅子の上で、寝息を立てて寝ている美登里を見ながら、


「とりあえず、美登里はすぐに助け出すことができた。実行したヤツらは俺がカタをつけておいた」


「美登里さんに異常はなかったのですか?」


「顔を殴られていた。体の方は問題ないようだが、かなり怖い思いをしたらしい」


「そうでしたか。心の傷はわれわれでは判断できませんし、どこで影響が現れるかわかりません。この際ですから、エリクシールを美登里さんに飲ませて完全に元通りに回復させた方が安心ではありませんか?」


「『すべてを癒やすエリクシール』か。そうだな、エリクシールは手間はかかるが作れない物じゃない。使うべき時に使うからこそだな。美登里が目覚めたら飲ませてやろう」


 アインがうなずきながら、


「実行犯の処理が終わったのでしたら、その後はいかがします?」


「ヤツら、帰還者同盟を根絶やしにすることに決めた」


「根絶やしですか?」


「そうだ、この地球の上から、完全に駆逐する」


「マスター、帰還者同盟は世界的な組織のようですー。かなりの数のアジトが世界中に散らばっているようですー。わたしはこれからできるだけ早く世界中のアジトを突き止めますー。突き止めた後は、いつでも転移できるよう無人偵察機を飛ばして準備しておきますー」


「そうしてくれ。しかし、しらみつぶしにしていくのにアジトの数が多いとやっかいだな」


「それでしたら、ツバイを呼ぶのも手ではあります。マスターからの命令だと言えばツバイも逆らいませんから」


「ツバイか。そうだな、あいつを呼ぶか。あいつは殲滅せんめつ戦、いや鏖殺おうさつ戦にはおあつらえ向きだしな」


「了解しました。手配しておきます。武者修行だと言って外に出ていたツバイですが、一度拠点に戻った時言っていたことですが、」


「なにを?」


「はい。迷宮の最深部まで潜ってコアのコントロールを握って、ダンジョンマスターになることがマイブームだと言ってました。すでに、三つのダンジョンを制覇してダンジョンマスターになっているようです」


「マイブームで攻略されるダンジョンもかわいそうだが、ああいった手合いがやってくるかもしれないのに、大口を開けてるダンジョンもダンジョンだ」


「それで、ダンジョンマスターになると自由にダンジョンの名前を変えることができるようになるそうで、ツバイは自分が攻略した順に『魔王の鎌、第1ダンジョン』『魔王の鎌、第2ダンジョン』『魔王の鎌、第3ダンジョン』と名前を付けたそうです」


「ダンジョンの名前というとダンジョンに入ると頭の中に聞こえるあれだな。それで、『魔王の鎌』にはいったい何の意味があるんだ?」


「ツバイは、外では自分のことを『魔王の鎌』と呼んでるそうです。それで、魔王とはマスターのことだそうです。鎌については、どこかのダンジョンで手に入れた大鎌が気に入ったようで、それまで武器など使っていなかったツバイが最近はそれを好んで使っているようです」


「なんだ、俺のことを魔王と呼ぶやつがいることは知っていたがあいつのせいだったのか」


「申し訳ありません」


「それじゃあ、わたしは『魔王の3号さん?』うーん、何にしましょうー」


「ドライはみょうなことを考えるな」


「わっかりましたー」


「それじゃあ、アイン、早めにツバイに連絡を取ってこっちにさせてくれ」


「了解しました」


「そんなところだな。それじゃあ美登里にエリクシールを飲ませてから俺が家に連れて帰る」




 アイテムボックスから白く輝くエリクシールの入ったポーション瓶を取り出し、寝ている美登里の口をあけ、エリクシールを垂らしてやったら、寝たまま全部飲み切り、ぱっちりと目をあけた。赤くあざになっていたほほの腫れもひいている


「フファー。気持ちよく寝た。あれ? ここは?」


「美登里、起きたか?」


「あれ? お兄ちゃんだ。それに、アインさんとドライさん」


「おまえの寝てるまにいろいろあったんだが今はもう問題は片付いた。ここはドライの秘密基地の中だ。美登里、一緒に家に帰ろう」


「荷物が学校にあるんだけど」


「美登里さん。サヤカかモエが持って帰りますから、ご自宅に届けさせます」


「は、はい。よろしくお願いします」


 美登里はエリクシールの影響で嫌な記憶を完全になくしたと思う。少し戸惑っているようだが、すぐに自分の中で折り合いをつけたようだ。


「それじゃあ、お兄ちゃん、一緒に帰ろ。アインさんとドライさん、さようなら」


「美登里さん、さようなら」


「美登里ちゃん、さようなら。そうだ、わたしは『魔王の楽毅がくき』ですー」


「おまえは、まだ考えていたのか? 俺の楽器になってどうしたいんだ?」




[あとがき]

楽器ではなく楽毅:かの諸葛孔明がかくありたいと言ったという中国戦国時代の武将「楽毅」のことです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る