第70話 図書館
結局俺に怒られた後はおとなしくなったドライを連れて歩き続けた。ドライは最初の内は遠くに見える高層ビル群や、ときおり左手の線路を通る電車に驚いていたが直ぐに慣れたようだ。
「マスター、だいたいこの世界のことが分かってきましたのでもう大丈夫ですー」
ほんの10分ほど歩いただけで、この世界が分かったそうだ。口もえらく達者なヤツだ。今のテレビ電波は暗号化されているというが、まさかこいつ暗号解読して地デジやら何かの電波から情報を得てるんじゃないだろうな? しかもさっきは、アスファルト道路も自動車も知っていたし、サーバントがどうとか言っていた。あのアニメはたしか昨日の深夜に流れていたはずだ。
「まさかとは思うが、お前、テレビ電波が受信できるのか?」
「あの暗号化された信号がまさか映像データと音声データとは思っていませんでしたー。少し手間でしたが何とか解析できたのでー、今も8チャンネル分同時に見てますー。この時間帯の番組は面白くないですー。あとラジオ電波も複数拾ってますー」
自分で頭脳特化型というだけはある。なんかの役に立つだろうからちゃんと情報を得るために環境を整えてやろう。
「そうか。そしたら、おまえにもパソコンを買ってネットにつなげてやろう」
「Wi-Fiの電波を拾うのはわたしでも面倒なうえ聞き取りにくいので、期待していますー」
俺とドライの会話を残りの3人も聞いていたはずだが、漫才でもしてると思ってくれているようで、誰からも突っ込みがない。
「ところで、ドライ、みんな歩いてるんだが、なぜお前は歩かない?」
ドライなのだが、振り返ってみると足が動いていない。5センチほど宙に浮いて滑るように後ろから着いて来ている。白い顔のお人形が白衣を着て足を動かさずついて来るんだ、傍から見るとかなり不気味だろう。
「わたしは、マキナドールですからー」
マキナドールに何の関係がある?
「いいから、ちゃんと歩け」
「ここが、県立図書館か」
新しくできた市立図書館と比べ目の前の県立図書館はショボく見える。その分、人も少ないだろうということで、県立図書館で勉強しようということになったのだ。
図書館の中に入いると、思った通り利用者の数は少ない。窓際の机に座って勉強している人がいるのでそのあたりで勉強してもいいのだろう。
窓に向かい横並びに、村田、吉田、中川、俺、ドライの順に座った。みんな、俺とドライのことは考えないようにしたのか、あきらめたのか分からないが、何も話しかけてこない。それはそれで、寂しくもあるが、好都合でもある。
そんなことは、お構いなし。能天気なヤツがここにいる。
「たくさん本が並べられていて楽しそうですー。マスター、この図書館に並べられている本は勝手に読んで構わないんですかー」
「大切な本は図書館の人に頼む必要があるが、外に並んでいる本は自由に読んでいいぞ。ただ、棚から出して読み終わったらちゃんと元に戻すんだぞ。ところで、ドライ、お前は漢字というか日本語は読めるのか?」
「今のところ少ししか読めませんが、2、3冊本を
「そうだったな。日本語を読むくらい暗号解読に比べれば簡単だものな」
俺とドライが小声で話している間に、他の3人は黙って勉強だか宿題を始めたようだ。俺自身は授業中に出された宿題はその授業中か次の授業を聴きながら済ませたりしているので、すでにすべての宿題は終えている。ここで何もすることは無いのだが、格好だけでも勉強していないとみんなに悪いので、一応筆記具を出してノートを広げることにした。
「ドライ、勝手にそこらの本を読んでていいが、あまり音を立てるなよ」
「了解しましたー」
音を立てるなとは言ったが、宙に浮いて移動するなよ。
俺は暇なので、ドライが何をするのか見ていると、書架から本を取り出し、ぱらぱらとすごいスピードでめくって元に戻して、また次の本を取り出す。これをずーっと繰り返している。1冊当たり10秒くらいかかっているようだ。おそらくすべて目を通しているのだろうが1000冊読むのに3時間近くかかってしまう勘定だ。
フッ。俺も1冊10秒程度なら本を読むことはできるぞ。
ドライは結局昼までに800冊ほどの本を読んだそうだ。かなり先の方にある書架まで移動していたので、手を振って呼び戻してやった。他の3人は真面目に勉強していたらしくかなりお疲れのように見える。俺は、何度か中川に数学の問題を聞かれたのに答えたくらいで他に何もしていなかったのでドライ同様元気いっぱいだ。その日は結局、みんなとは近くのファミレスで食事をしてそこで解散した。
「ドライ、図書館で何か役に立つ情報でもあったか?」
「はい。マスター、株式トレード始めてみませんかー? おそらくわたしがトレードすればかなり収益を生むことが可能と判断しましたー」
「株なんか素人が手を出してうまくいくようなものでもないだろ」
「やって見なくては分かりませんではなくー、やって見なくても分かりますー」
「そこまでドライが言い切るのならやってみるか。証券会社に口座を作って売り買いすればいいんだろ? 未成年でも株なら大丈夫だろうからやってみるか。パソコンで発注できるようだし、お前にインターネットを使わせるつもりだったから、これからノートパソコンでも買いに行こう。回線は事務所にもう来てるから簡単に始められるだろ」
「マスター、楽しみですー。調べたところ、マスターが証券会社に口座を作るためには戸籍謄本のような物とマスターのご両親のどちらかの同意書が必要だそうです。ですがマスターの年齢ですと取引にかなりの制限が付きますー」
相当やる気があるようで、ちゃんと調べているようだ。
「少し面倒だな。お前ならどちらも自前で偽造できそうだが、あまりメチャクチャすると後で面倒がおきるかもしれないし、父さんの名前で口座を作ってもらおう。そっちは何とかなるだろうが、今後はウィークデーで学校にいる時間に出歩くことも必要そうだな」
「マスター、いま寝かせているドールですが、マスターの影武者にしませんかー? 外見をマスターそっくりにして学校にドールをやっておけば、マスターは自由に出歩けますよー。その逆でも可能ですしー」
「それはいい考えだと思うが、お前の作ったあのドールに俺の代わりができるのか?」
「マスターは学校に行って座ってるだけなんですよねー。そのくらいなら簡単ですー」
「なんで、それをお前が知ってるんだ?」
「さー?」
その後、二人で電気屋に行き、一番高くて良さげに見えるノートパソコンと役立ちそうな周辺機器や部材をドライ用に買ってやった。
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