第64話 親友と書いてライバルと読む?
歩いている途中、雲行きがますます怪しくなってきて、ぽつり、ぽつりと雨が落ち始めた。
天気予報でも午後から雨とは言ってないし、朝方良く晴れていたのでだれも傘など持っていない。走れば最寄り駅まで10分もかからない距離だがどうしたものか。
吉田も今となっては親しい友達といってもいいだろう。そういえば、吉田に蜘蛛を取り付けておくのがまだだった。蜘蛛を取り付けておけば、当面安心だ。
ついでに、吉田にも俺の秘密をある程度教えておくか。
前を歩く吉田に向かい、
「吉田、吉田は俺の秘密が守れるか?」
「なによ、いきなり。別に人の秘密をべらべら喋る趣味はないわ」振り向いて吉田が答えた。
「分った。雨も降り始めたことだし、吉田も含めてみんな、俺の手を持ってくれるか?」
中川と村田は俺の言葉で何か察したようで、すぐに俺の手を握ってくれた。吉田がそれを見て恐る恐る中川が握る俺の左手の上の方を握った。車は横を通っているが通行人は周りにはいない。
「それじゃあ、びっくりしないでくれ」
『転移!』
転移で一瞬視界が揺れた。転移場所は俺の事務所だ。
「俺の事務所だ」
3人とも初めての転移だ。何も言わずに驚いて周りを見回している。こういう時はやはり村田の再起動が一番早い。
「霧谷くん、いまのはテレポーテーション? 転移? どっちでもいいけどすごいな」
「今のは一応魔法なんで、俺は転移と呼んでいる。一度行ったことがある
「霧谷くん。あなた、普通じゃないとは思ってたけど、魔法使い? 魔術師? ラノベに出てくるような人だったわけね。そんな人がほんとにいたなんて。でも、それでいろいろなことが納得できたわ」
吉田の場合初めて見た魔法が『転移』だった割にはそこまで驚いていないようだ。
「俺は魔法が使えるだけで別に魔法使いという訳じゃない。強いて言えば、そうだなー」
そういえば俺は何なんだろう? 自分は何なのか考えたこともなかった。あっちの拠点ではマスターだったし。
「そうだなー。何なんだろ?」
「そりゃあ、霧谷くんなら勇者だろ」
「村田、それだけは本当にないから」
「そうかなー。何でも有りの霧谷くんがそう言うと何か変だけど。それはそうと、ここが霧谷くんの事務所か。へー」
「大したものは何もないがな」
「ここで、春菜ちゃんが働いてるのね。霧谷くんと
「ええ、そうよ。土日、朝から夕方まで私はここにいるわ」
「そうなんだ。
ここに3人も人はいらんだろうに、吉田がやけに二人を強調する。
「霧谷くんはたいていどこかに出かけてるわ」
「俺もいろいろ忙しいからな」
「ふーん。フフ」
訳知り顔をした吉田が腕を胸の前に組んで、ニヤついて頷いている。こいつも結構変なヤツだよな。中川だってそれなりに変わっているし、村田もだ。そう考えると、俺の周りはヘンなヤツばっかりなのか? まともなのは俺だけか。
その後、下の階に下りてカラオケに行った。前回同様、吉田と村田の二人で競い合っていたのだが、前回の経験を生かした村田は、吉田3に対して自分1という割合で曲を入れていた。
「明日から連休中はトレーニングよ。前回同様、8時にこのビルの前に集合」
中川との約束はT大を目指すと言うことだけ1つで済んだのだが、誰も連休中に予定とかはなかったようで、歌の合間に、吉田に連休中のトレーニングをみんなですることを約束させられてしまった。カラオケ屋で2時間ほど遊んだころにはすっかり雨も止んでいたので、喫茶店の前でみんなと別れた。
翌日、喫茶店前に集まった俺たちは、前回同様、軽くジョギングをしながら、運動公園を目指し、何事もなく30分ほどで到着した。格好もほとんど前回と同じだが、吉田だけ、前回ピンクだったトレーニングウェアが黄色になっていた。そのままK大に進むと言っていただけあって吉田はそれなりのお嬢さまなんだろう。
今回は、前回と比べ『スタミナ』はやや緩めだったのだが、中川も村田も問題なくついて来ることができた。少しずつなのだろうが、進歩しているようで何よりだ。
運動公園の出入り口から中に入り、例のごとく飲み物を買ってベンチで休憩していると、見たことのある人影がこちらにやってくる。
異世界帰りの
「おいおい、お前ら、高校生か? 朝っぱらからイチャイチャしやがって。どっか
ややこしいヤツが現れた。先日の怪我がまだ治っていないらしく、手足に包帯を何個所か撒いているうえ、額や頬には絆創膏が貼ってある。2、3日経ってあれくらいの傷が治らないというのも、勇者らしくない奴だ。
「おい、そこの黒いヤツ、なんだか俺の知ってるやつによく似てんな? まあ、お前が俺の
金田が俺の方を向いて話しかけてきた。俺は、今日も前回と同じ戦闘服姿。先日金田をのした時と違うのは、ヘルメットとグラブをしていないだけだ。
ないない、あるわけないだろ。どっから俺がお前のライバル認定されるんだ? いい加減にしてくれ。お前は、板野とつるんでればいいんだよ。
今ので、妙な精神的ダメージを受けてしまった。まさに異世界帰りの勇者(笑)は
「それじゃあ、俺達はあっちの方に行こう」
俺が金田をどうにかするんじゃないかと期待していたのか、3人が俺の方を見ていたのだが、正直妙なやつとは関わりたくない。撤退だ、撤退。
「おい、ちょっと待て、黒いの。お前、やっぱりこの前の黒いのに似すぎだ。ちょっとばかし痛い目に遭って俺をすっきりさせてくれ。悪く思うなよ」
いきなり、両こぶしを体の前に構えて、ボクサーのようにフットワークを使いながら金田が俺の方に近づいてきた。今の俺は眼鏡をかけたままだが、こいつのパンチでどうなるような代物でもないからそのままでいいか。
残りの3人を庇うように一歩前に出た俺は思考を高速モードに切り替えた。
こいつのパンチを躱し続けてしまうと、ややこしくなりそうだ。右手のジャブが俺の左頬へ繰り出された。その1発目は偶然を装って少しスウェーして躱し、右にスキを作って次のパンチを誘う。思った通り、金田の左手が俺の右頬を狙って伸びてきた。パンチが右頬に当たった瞬間、
パシッ! いい音がした。
打った金田も手ごたえを感じたはずだ。金田自身は何もわからないだろうが、俺が何もしてなかったら、金田の拳もずいぶんなダメージを受けたはずだ。
音が鳴ったその瞬間、ほんのわずか、金田のパンチの速度の7割ほどの速さで金田の左手が伸びきるまで顔を後退させる。そして今度は、今打たれた右頬の血流をコントロールして、頬が見た目赤くなるようにした。
高速化した思考の中で、今度はゆっくり後ろに倒れ込む。ゆっくり、ゆっくりだ。俺の体は、そのまま地面に倒れて仰向けに転がった。目は、半分閉じていたのだが、半分は開いていた。それで、3人のところまで仰向けで転がったわけだ。女子2名は当然トレーニングウェアの下を履いているので、ラッキースケベ的なものは何もない。
「キャー!」
仰向けに俺が倒れ込んだせいか、中川から悲鳴が上がった。俺は何も見てないぞ。
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