第63話 午後の雑談


 俺にとっての苦難の映画鑑賞を終え、そろそろ昼食をとろうということになった。このビルにテナントとして入っているレストランはそれなりに高級な店が多く、このあたりの平均単価に対し3割程度上の価格設定になっている。


「霧谷くん、ここに並んでいる店はどれも少し高いようだから、駅の向こう側に行ってみない?」


 別に昼食である。高いと言っても数百円のことなのだが、中川は気になるようだ。映画の代金を払ってもらった以上俺が昼を奢るつもりだったんだが。


 俺は帰還当時でこそ現金を何とかしようと頑張ったが、いまとなってはアイテムボックスの中にどのくらい現金を持っているのか気にしてもいないし、特に欲しいものもないので、金銭感覚が乏しい。そこら辺の金銭感覚は俺も中川を見習いたい。


「それじゃあ、何にする?」


「たしか駅前のデパートの向こうにファミレスがあったと思うわ。そこに行ってみない?」


「オーケー」



 複合ビルを出ると、朝は晴れていたが、いつの間にかすっかり曇っている。雨が降りそうなほどはまだ曇ってないようだ。


 駅の連絡通路を抜け、デパートの中を通り抜けて、反対側の出入り口から出ると、すぐ先に目当てのファミレスがあった。中に入ると時間が時間だけに結構人がいたが、なんとか待つこともなく店の人にテーブルへ案内された。



 中川と向かい合って座り、テーブルの上のメニューを二人で覗き込んで何を頼むか選ぶ。


「中川、ここは俺が払うから気にせず好きなものを頼んでくれ」


「そお、それじゃあ遠慮なく注文するわね」


「ああ、そうしてくれ。俺は、このハンバーグセットで、ご飯大盛だな」


「それじゃあ、私もそれにするわ。ご飯は普通でいいけれど」


 お店の人に注文を告げて、料理の出てくるのを持っていたら、


 ピン・ポーン


 チャイムの音がして、店のドアが開き、二人連れの男女が入店してきた。


「いらっしゃいませ」


 店の人が二人を空いた席に案内するのだが、その二人は村田と吉田だった。あの二人も今日映画を観ると言っていたから、観終わって食事に来たのだろう。向こうも気づいたようで吉田が手を振ってきた。



 テーブルは4人席だったので丁度いい。案内の人に何か言ったようで、二人がこちらにやって来た。


「中川さんに霧谷くん、こんにちは」「お二人一緒のところ、邪魔しちゃった?」


「いや、そんなことはないぞ、なあ中川」


「え? ええ、そんなこと全然ないわよ」


「春菜、ごめんね。見つけたら、知らない振りはやっぱりできなかったから」


「吉田さん、何言ってるにょ、言ってるの。全然、全然気にしてないから」


「わかったわ。フフフ」


 何が分かったのかは俺にはわからないが、四人で同じテーブルを囲み食事をすることになった。このファミレスにはきつねうどんは有ったが、いなり寿司はなかったので、村田が何を頼むのか興味があったのだが、無難にカツカレーを大盛で頼んでいた。吉田はグリーンサラダとナポリタンだった。


 あまり待たずに料理が運ばれて来たので、食事しながら映画の話などしていたが、そのうち期せずして進学の話しとなった。


「私はそのまま、K大の法学部に進むつもりだけど、春菜はどうするの?」


「私は、T大の理1」


「春菜なら、問題なく合格でしょうね。それで、理1に入ってからはどうするの?」


「理学部に進んで生物化学を勉強しようと思っているの。その先どこかの研究所にでも入れればと思って」


「そうなんだ。それじゃあ、霧谷くんはどうなの?」


「俺も、中川と同じT大を狙っている」


「なるほどねー。それで、学部じゃなくて第何類か。第何類を目指してるの?」


 何だか、吉田が薄ら笑いを浮かべているが、俺は何かおかしなことを言ったか?


「そこまではまだ考えてない。会社の経営関係はどこになるんだ?」


「それだと文2じゃなかったかしら」


「じゃあ、俺は文2にしよう。村田はどうなんだ?」


「僕は、家が医者だから、どっかの医学部に入れればいいと思ってるんだけど、まだどこの大学かは考えてないんだ」


「それなら、T大の医学部がいいんじゃないか?」


「それだと、理3ね」


「霧谷くん、僕が理3を狙うということは、間違ってもないから。記念受験くらいはしてみるかも知れないけどね」


「まだ3年近くあるんだ。俺も手助けできるとこはしてやるから」


「そうだった、霧谷くんは、何でも有りだからな。それじゃあ、お願いするよ」


「任せておいてくれ」



 そんなことを言っているうちに食事も終わり、昼食に付いていた飲み物も飲み終えたので店を出た。


「これから私と村田くんはカラオケに行こうと思ってるんだけど、あなたたちも一緒に来る? 別に無理して一緒に来なくてもいいのよ」


「全然無理じゃないから、一緒に行ってもいいぞ。なあ、中川?」


「えっ、ええ、いいわよ。全然問題ないわ」


「春菜、無理しなくていいのよ」


「そんなことないから」


 そういうことで、腹ごなしもかねて歩いて俺の事務所の下のカラオケに行くことになった。


 前方を、吉田と村田が並んで歩き、俺と中川はやや離れて後ろをついて行く形だ。



 村田のヤツはつくづくトラブル体質のようだ。


 5分も歩かないうちに、若いお兄さんに絡まれてしまった。運動公園のこともあるので、すぐに俺が介入しようとしたところ、俺の顔を見たお兄さんがたが頭を掻きながら、


「アニキのお知り合いの方たちでしたか? これは失礼しました」そう言ってそのまま、横道にそれてどこかに行ってしまった。


 そういえば今のお兄さんたち、森本のおっちゃんのところの若いもんだったわ。俺も顔が広くなったもんだ。何気に嬉しくなってきたのだが吉田だけはちょっと引いてしまったようだ。


「ねえ、霧谷くん、あなた、いったいどういった人なの?」吉田が、怪訝な顔で俺に聞いてきた。


「たまたまさっきの連中は、知り合いのおじさん・・・・とこに雇われてる連中だっただけだ」


「そうなの? いかにもガラが悪そうな連中だったけど」


「大丈夫。ちゃんと俺に挨拶していったろ」


「どう見てもあっちの方が年上なのに、アニキとか呼ばれてたじゃない。まあいいわ」



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