第21話 100メートル走
学食で、村田と食事しながらたわいもない話をしていると、近くに座った女子生徒の話し声が聞こえて来た。
「2組の秋山くんってカッコ良いわよねー」
「そうかなー、それよりうちのクラスの…‥‥」
さすがは、U15の秋山、他のクラスにもファンがたくさんいるようだ。
……
体操着に着かえ、グランドに集合した我々2組の生徒たちの前で、キャップを被って手に出席簿を持った先生が最初の挨拶を始めた。
「先生が、みんなの体育を教える
それじゃあ、先生の動きに合わせて、1、2、3、4、2、2、3、4……」
「今日は、100メートルのタイムを測るぞ。その前に、全員でグランドを軽くジョギングだ。そのまま4列になって先生についてこい」
高校のグランドは中学の時と比べかなり広い。中学では、グランドの対角線上にしか100メートル走のラインを引くことができなかったが、ここでは、グランドの長い方の辺に平行に100メートル走のラインが描かれている。その分トラックの1周も長い。
神林先生の後についてトラックを2周したのだが、それだけで村田はへばってしまったようだ。可哀そうなので軽く『スタミナ』を掛けてやったら落ち着いたようで、急に疲れのとれたことにびっくりしたのか周りを見回し始めた。俺と目が有ったので右手の親指を立ててやったら、村田は目を見開いた。
「ようし。合図をしたら、出席番号順に二人ずつスタートしてくれ。先生はゴールでタイムを計る。まずは男子から」
……
「位置について、ヨーイ!」
ドン! はなく100m先のゴール横に立つ神林先生が白旗を振り下ろす。
さすがはU15の秋山だ、普通に速い。
隣で走っている同級生と20メートル以上差をつけてゴール。
「11.8、 14.1」
この結果をみて、やはり一部の女子生徒が騒いでいる。
秋山が走った次が俺の番だった。
「位置について、 ヨーイ!」
「12.1、 15.0」
陸上界に大衝撃を与えるわけにはいかないので俺は適当にセーブして、頭の中で秒数を図りながら走った。それでも結構なタイムになったのだが、俺の走りを見てもだれも騒いでくれなかった。
……
次は村田が走る。
「村田ー。頑張れよー」
声援しながらスタート地点に立った村田に軽く『ヘイスト』を掛ける。
「位置について、ヨーイ!」
旗が振り下ろされる。いいスタートだ。
村田がぐんぐん隣の生徒を引き離す。いいじゃないか。ただ、なんというか、村田の走り方が独特だ。手の動きは二拍子だけど足の動きは三拍子? いや、2.5拍子か。あれでよくこけないな。時々左右の手足が揃ってしまう。これでこけないのは一種の才能なのかもしれない。
ちょっとの間、村田の独特な、いや珍妙な走りに見とれてしまったのだが、クラスの連中のざわめきで我に返った。おっと、ちょっとまずい。このままだと10秒切ってしまう。
『スロー』
ゴール手前で、村田は失速。ちょっとヤバかった。
「11.3、 14.5」
先生が驚いてストップウォッチを2度見している。村田の呆けた顔が印象的だ。ほかの生徒たちもビックリしている。村田はどこからどう見ても速そうに見えないものな。
「あいつ、すげー。秋山より断然早い」
「でも、あいつ、オタクだよな」
「あの体形でどうなってるんだ。あの走り方が速さの秘訣なのか?」
ないない、それだけはない。真似するとコケるぞ。
「最後失速しなかったら10秒切ってたんじゃないか?」
そんな声も聞こえて来た。鋭い。
「宮川、お前、中学の時100メートルどれくらいで走った」
村田と一緒に走った宮川に神林先生が確認した。
「ハア、ハア……、14.8でした」
「3秒は差が出来てたから、ほんとに11秒切りそうだったのか。
村田、お前陸上やってたわけじゃないよな? どうだ、陸上やってみないか? お前のその体格と変な走り方で、今のタイムが出るならちょっと真面目に訓練して走り方を覚えたら、体も絞れるだろうし、10秒前半で走れるようになるぞ」
全員100メートルを走り終え、女子を含めたクラスの連中が村田を囲んでワイワイやっている。村田もこれでクラスの人気者なるだろう。
村田が何だかすがるような目で俺を見ているのだが、俺は自分の口の前に右手の人差し指を立ててウインクしてやった。誰得?の男のウインクを村田が受け取ってくれたようだ。すがるような目からあきらめの目に変わったようだ。良き
『ヘイスト』を かければ駄馬も 駿馬なり
(へいすとを かければだばも しゅんめなり)
いやー、いい句が出来た。
ここで俺は
なぜか離れて立っている秋山だけ村田を睨んでいるように見えるが。男の嫉妬なのか? 好きにしてくれ。
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