第22話 男の嫉妬


 村田が100メートル走でヒーローに成りあがった日。


 授業の後のホームルームも終わり、今週は掃除当番の無い帰宅部の俺は同じく掃除当番を外れている帰宅部の村田と今日もつるんで帰ろうと思い村田の方をみると、秋山に連れられて教室を出て行くところだった。荷物はまだ机に置いているので帰るわけではないらしい。


 自他共に許すオタクのかばみの村田とスポーツマンの秋山に接点などないだろう。さっきも、秋山のヤツ、村田をにらんでたものな。さては、元U15は、村田が体育でクラスのヒーローになったのが気にくわなくて難癖を村田につけてるんじゃないだろうな。負けてさらなる競争心を抱くのならいいが、経験がないので女の嫉妬が美しいのかは知らんが、男の嫉妬はみにくいぞ。


 元U15はこれまで周りからちやほやされて恵まれた環境で成長したのだろう。それが、高校に入り、目の前の鈍重そうに見える村田に自我のり所であるスポーツで負けたというのが気にくわなかったんだろうな。


 取りあえず、秋山と村田の後をつけてみるか。


 俺は、空の学生カバンを持って教室を出た。


 こういう時のお決まりコースで体育館の裏にでも村田を連れて行くのかと思ってあとをついて行ってみれば、校舎の屋上に続く階段を屋上への出入り口のある踊り場まで上っていった。そこでなにやら秋山が村田に向かって話しているようだ。俺の位置は階段の登り口。ちょっと距離が有るが普通に聞き取ることは出来る。


「……お前、少しくらい足が速いからといって、いい気になるなよ。いいか、俺の目の前で目立ったことをするんじゃないぞ。忘れるなよ!」


 ふーん。いっちょ前にガキがすごんでるわけか。


 そう言った秋山は村田を突き飛ばすようにして階段を降りて行った。危ないヤツだなー、階段から転げ落ちたら村田だと大怪我だぞ。


 面白い。秋山、お前に教えてやるよ。お前なんぞただのモブってことをな。


 あいつはすでにサッカー部に入部していたようだから、これから部活だろう。村田と二人でサッカー見学でもしてみるか。


 しかし、今回の件は俺にもかなりの責任があるが、村田はつくづくトラブル体質だな。


 階段を降りて来た村田にさも偶然を装って、


「なんだここにいたのか。村田、一緒に帰ろうぜ」


「霧谷くん、カバンを取ってくるから下駄箱のところで待っててくれるかい」


「了解」


 上靴から靴を履き替え玄関口で村田を待っていると、すぐに学生カバンを持った村田がやって来た。


 村田が靴を履き替えるのを待って、


「今日は、ちょっとグランドの方に回って帰らないか?」


 村田が嫌そうな顔をしたのは気付いたが、村田は押しに弱そうなので、強引に連れて行くことにした。


「ちょっと、だけだ」


「わかったよ」


 こんな具合ですぐ押し切られてしまう。それが人のいい村田のいいところなのかもしれない。


 最初は元気の無い顔をしていた村田だが少し元気が出たようで、


「霧谷くん、ほんとにバフ使えたんだね。冗談じゃなくすごすぎないか? 現代に魔法使いが居たんだ。このことはみんなに言っても信じてもらえないだろうし、きみも迷惑だろうから秘密にしているけど、よかったら、他に出来る魔法があれば教えてくれないか? 絶対秘密にするから」


 別に秘密にしているわけでもないが、さきほど秋山に嫌なことを言われたことなど真正オタクの村田にはもはやどうでもいいことらしい。


「村田の思いつくような魔法はほとんど出来ると思うぞ。例えば」


 そう言いながら、指先に小さな火を出してやった。


 目を見張る、タヌキ顔が面白い。


「す、凄い」


「そういうわけだから」


 言った自分でも何がそういう訳なのかはわからないが村田は納得してくれたらしい。二人でとりとめのない話をしているうちに目当てのグランドに着いた。ちょうど、サッカー部が練習を始める前だったらしい。部活は4時からだろうから、秋山も部活前にボールを持って、今はシュート練習をしているようだ。


 どうやら、秋山は俺と村田がグランドの端に立っているのを見つけたようで、こっちの方をしばらく睨んでいるようだった。


 村田は、もはやグランドのことなど気にならなくなったようで、盛んに魔法がらみのオタク知識を俺に開陳かいちんし続けている。


 もう少し秋山の方に近づいてやろうと思いゴールポストの方に寄って行ったら、おもむろに、ボールをセットした秋山が、軽くドリブルをした後思いっきりシュートを放った。シュートと言ってもゴールに向けてではなく、村田に向かってだろう。もちろん村田の隣に立つ俺も巻き込まれる可能性のあるボールだ。


 あからさまなヤツだなー。村田は当然飛んできているボールに気付いていない。


 秋山の蹴ったボールは俺からするとヘロヘロボールだ。コースがやや低いのでカッコよく決めようと思っていたオーバーヘッドキックができず、少し体を斜めにしながら飛んできたボールを左足でボレーシュートしてやった。思いっきり蹴ってしまうとサッカーボールなど紙風船のように弾け飛んでしまうのでかなり手加減、いや足加減している。


 左足は利き足ではないが、蹴り返したボールは高速回転しながら楕円形に変形し、いい具合にカーブしてゴールポストの向こう側の網を揺らした。

 

 秋山、お前程度の実力で天狗になってはお笑い草だってことがすこしは理解できたかな?


 今の俺のシュートを見た先輩のサッカー部員たちが騒いでいたようだ。どうも、サッカー部の先輩たちは俺をスカウトしたいらしい。俺はサッカーなど興味がないので知らんふりをして学校を後にした。


 村田は、俺がシュートをしたこと自体には気づいたが、さして驚かなかったようだ。シュートは練習すれば大抵の人間が出来るようになるが魔法はそうはいかない。指先にライターほどの火を出してやっただけなのにいまだに興奮している。


 出来ることなら、村田に魔法を教えてやりたいのだが、俺自身、魔法の使えない人間に魔法を使えるようになる方法など知らないので教えようがない。



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