【第十三章】

【第十三章】


「でぇ? 結局未だに手も繋いでないわけぇ?」

「……むぅ」

「焦らせちゃだめだよう、綾っち。人には人なりの、しおりんと望くんには二人なりの関係があるんだよー」

「でもさあ真由美、コクって一ヶ月だよ? 青春真っただ中だよ? 手を繋ぐくらいどうてことないんじゃないの?」

「どうだろうねー」


 そう。あれから一ヶ月が経過した。

 望に逆告白されてから、あの日をどう過ごしたのか。現在に至るも私の記憶は定かではない。

 確か一緒に公園のそばを通って、スーパーの前を横切って、蕾状態の桜並木の下を歩いて……。

 という経路を辿ったのだと思うのだけれど、これはいつもの通学路から推測したに過ぎない。本当に、あの日の私はどうかしていた。また父に心配され、母に(父共々)呆れられるくらいには。


 ただ、何も進展がなかったわけではない。

 休み時間や昼休み、放課後などに、望と話すことができるようになったのだ。


「愛しているよ、詩織……! 私もよ、望くん……! げふっ!」


 下手な芝居を打つ綾の脇腹に肘鉄を入れる。

 事実、そんな歯の浮くような話はしていない。いや、だからこそ、お互い素直になれているような気がする。


 私も最近、読書をするようになった。しかし、それは望に『合わせて』のことではない。望に『釣られて』と言った方が適切だ。

 彼が読んでいるのは、主に純文学と哲学・心理学書。私にはついていくのが難しい分野だ。

 だが、望はそんな私のために、家からたくさんの児童文学や大衆小説を持ってきてくれた。


 暴力沙汰が苦手な望でも読めるだけあって、非常に読みやすい。だから、私たちは自然と、話を合わせることができるようになった。

 時々綾が茶々を入れるけど、クラスの皆は、何やら微笑ましいものを見る目を向けてくる。からかわれたらどうしようと思っていたのは、私の杞憂だった。


 時々は、一緒に下校もした。私の趣味の話をする場面ではないからなあ、と始めは戸惑っていたけれど、望は自分の好きな作家やその思考、思想などを、実に積極的に、噛み砕いて説明してくれた。

 私の知的好奇心は、ちょうど腹八分目といったくらい。


 深入りしすぎず、かといって我を張らない。そうする必要もない。

 私は自分が、佐藤望という男子に好意を抱いたことを日々感謝した。


 そんな日々が、一ヶ月経過している。

 望と一緒に下校するのは、すでにルーティンだ。しかし、この日はルートが違った。


「ああ、桜にはまだ早いね」

「うん」


 こくり、と頷いた私に目配せし、望は、


「じゃあ、梅の花なら咲いてるかな。ちょっと、寄り道してもいい?」


 と慎重かつ丁寧に提案してきた。

 この期に及んで、私はようやく意識した。今日がホワイトデーであるということを。

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