【第十一章】
【第十一章】
電柱の陰で、私は呼吸を整える。綾と真由美が、逐次連絡をくれる。連絡というよりは、応援と言うべきか。
綾からの『健闘を祈る』との言葉に『了解』と応じてから、私はごくり、と唾を飲んだ。
自分を落ち着かせるべく、根拠のないカウントダウンを決行。
「三、二、一、今!」
私は反転しながら、歩道に飛び出した。そして、
「あ」
「あ」
見事に望と目が合った。両手で握り込んだパッケージに、じっとりと季節外れの手汗が滲む。
「新山さん、ど、どうかしたの?」
穏やかな表情で、首を傾げながら問うてくる望。
彼の瞳が、かつてないほど近距離にある。そして、私を覗き込んでいる。彼の瞳に映る私の顔が見える。
「あ、あのっ! これっ!」
私は腰を九十度に折り、ずいっとパッケージを差し出した。……ん? 何だか感触に違和感が……。
無音が続くのに耐え切れず、私は頭を下げたまま薄く目を開けた。するとちょうど、望の足が一歩、後ずさるところだった。
「どうかしたのかい、新山さん? これ、僕のじゃないんだけど……」
いや、ここで押し切らねば。
「い、いえっ! どうか、受け取ってください! つまらないものですけどっ!」
「そう言われても、新山さんのじゃないの? その筆箱」
「え?」
私はぐいっと上半身を起こし、自分の握っているものを見た。そして、愕然とした。
チョコを包んだパッケージだと思っていたもの。それは望の指摘通り、私の筆箱だった。
淡い迷彩柄に、グラサンをかけてショットガンを構えたハリウッド俳優が印刷されている。
差し出すものを間違えたのだ。平常心を失っていたとはいえ、こんな失態を犯してしまうとは。
「う、うわ、うわわわわわわっ!」
取り落としそうになった筆箱を、両手の間でトスしまくって何とかキャッチする。
「ご、ごめんね望くん! 渡したいのはこっちじゃなくて、えっと、あれ? あれえ?」
どうして見つからないんだ、チョコレート! 謀ったな、チョコ!
鞄を下ろしてしゃがみ込み、慌てて中身を手で探る。見つかるのは、教科書類にノートが数冊(市街地迷彩柄)、遊び用に携行していたエアガン(今日はグロック19)くらいのものだ。
「えーっと……、新山さん、大丈夫?」
「あ、うん! その、あの……」
って、これでは私の鞄の中身が丸見えである。火薬臭さが漂っていくのが目に見えるよう。
ヤバい。望に引かれる。嫌われる。
「あっ!」
やっとのことで、私は鞄からチョコレートを取り出した。
「ご、ごめんね望くん! 渡したいのは筆箱じゃなくて、こっちの方……ぎゃあっ!」
悲鳴を上げてしまった。鞄を引っ掻き回している間に、パッケージがズタズタに破けてしまっていた。とても人様に渡せる状態ではない。
もう駄目だ。今作戦は失敗である。
綾、真由美、ごめん。私、結局自分がミリオタだったせいで、せっかくのチャンスをフイにしてしまった。
「ああ……」
膝のネジが緩んで、その場に崩れ落ちそうになる。今の私を支えているのは、筋肉でも骨格でも気力でもなく、ただの空気だ。
だんだん視界が揺らいできて、ぽつり、と雫がアスファルトに落ちる。夕日に照らされた水滴が、不自然なほどにゆっくりと落ちていく。
そんな私の手先に、僅かな振動が走った。
「これ、ぼ、僕のために……?」
はっとして顔を上げると、そこには驚きの表情を隠せずにいる望が立っていた。
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