【第十章】
【第十章】
「そ、それで、あんたたちが今の私に何の用? べ、別にここで引き留められて、望くんに告白できなくたって、私なんか……」
私は一気呵成に怒声を浴びせようとした。が、その内容は、段々と自分に対する弱音になっていく。
告白から玉砕という流れが、頭蓋骨の裏側に貼りついて離れない。だったら、初めから告白なんてしない方が賢明ではないか。
俯き、スカートの裾をぎゅっと握りしめる。
そんな私の頭頂部に、ストッ、といういい音と立てて手刀が繰り出された。
「いったぁ! ちょ、何すんのよ、綾!」
落ち込みからきた反動で、私はがばりと顔を上げる。
そこにあったのは、しかし安堵感に満ちた表情の綾と真由美だった。
「な、何よ?」
「いやぁ? いつものあんただなあ、って思っただけだって、詩織」
そうのたまう綾の横で、真由美はうんうんと頷いている。
「詩織、確かにね、諦めるのは簡単だよ? 誰も傷つかないし、傷つけない。けど、後悔は間違いなく残る。その……あたしがそうだったから」
「あ、綾? 何言ってんの?」
この話を鵜呑みにするのならば、綾は誰かに告白しようとして失敗した、否、『はなっから諦めてしまった』ということになる。
あの北村綾が? いつも強気で、男女から共に人気があって、バリバリ行動派の彼女が?
「あの時の綾っち、本当に切羽詰まってたもんねー。私もハラハラしたよー」
「って真由美は知ってたの? 綾のこと?」
そんな。私たちはいつでも仲良し三人組だったはず。私だけ蚊帳の外に置かれていたということか?
私が渋面を作ったのを見て、真由美は言葉を続ける。
「怒らないでよう、しおりん。その時、しおりんは望くんにぞっこんだったから、綾のことを丸々話しちゃったらしおりんまで弱気になっちゃうんじゃないかと思って」
真由美の顔つきは、いつも通り優し気だった。が、その眼中には、今までにない鋭さがあった。私に理解と同意を求めている。流石に『綾に同情しろ』という気配はなかったが。
「だからさ、詩織」
綾が口を開く。しかし、何かを言おうとして上手く言葉を紡ぐことができないでいるようだ。
「あたしが言いたいのはさ、えっと、その、あれだ……」
「綾っちの二の舞にはならないで、しおりん」
身を乗り出してくる真由美。
「誰かを好きになることは、人間の感情の中で最も尊い行為なんだって。だからねしおりん、どうかあなたにも、勇気を出してほしいんだよ」
綾のことを弱者だと断ずることはできまい。するつもりもない。しゅんと落ち込んだ様子の彼女を見れば、誰だって矛を収めるだろう。
だが、いや、だからこそ、綾の抱いている後悔を少しでも晴らせるように、私が頑張らねば。
親友として、私は綾にはできなかったことを達成し、彼女を勇気づける義務がある。
パイプ椅子を半ば蹴倒すようにして、私は立ち上がった。私を見上げる、綾と真由美。
「綾も真由美も、ありがとう。二人には援護を頼みたいんだけど、いいかな?」
すると、やや暗いオーラをまとっていた綾が、ギラリ、と目を光らせて立ち上がり、ビシッ! と敬礼を決めた。
「了解であります、詩織軍曹! 自分・北村綾伍長は、本校屋上にて、目標・佐藤望の監視任務にあたります!」
「あ、じゃあ私も一緒に」
「え?」
私は呆気に取られた。
「真由美、一緒に来てくれるんじゃなかったの?」
「だってさあ、しおりん。自分一人で告白した方が、きっとカッコいいよ~? そのために、私も綾もズル休みしたんだから」
「でも、それが先生たちにバレたら……」
「心配ご無用であります、軍曹!」
そう言うなリ、綾は私に耳打ちした。
「担任の松浦先生には、話は通してあるんだよん」
「げ! それって、教員としてどうなの? 生徒二人のズル休みを黙認するなんて!」
「だからモテんのよ、あの先生。さ、あんたはあんたの目標を捕捉してらっしゃいな、詩織軍曹!」
こうして最終会議は終了し、私はすぐさま放送室、そして昇降口から叩き出された。
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