【第七章】

【第七章】


「ではこれより、『新山詩織軍曹による佐藤望篭絡を目的とした色恋作戦』、略称『バレンタイン作戦』の会議を開始する!」


 綾が、声高々に宣言した。


「ねーねー綾っち、最初の長い作戦名は要らないよー」


 母が持ってきてくれた煎餅を齧りながら、異議を唱える真由美。


「こういうのは気持ちが大事なんだよ、気持ちが!」


 綾は自分の胸を拳で叩く。……私の方があるかな、胸は。って、そんなことはどうでもよくて。


「問題は、私がミリオタだってことを望くんが知ってる、ってことだよね」


 しゅん、と項垂れる私に向かい、合わせて俯く綾と真由美。これでは私が、望の恋愛射程範囲外にいるようではないか。


「な、なあに! 詩織軍曹、貴官の熱意と愛情を以てすれば、佐藤望を誘惑するなど容易い!」


 やけっぱちになった様子で、綾が声を上げる。その正面から、真由美が『篭絡とか誘惑とか、なんだか怪しいよー』と非難する。


「いいや、このぐらいの意気込みでなければ駄目なのだ! 富坂真由美くん、君は民間人だからそうして呑気なことを言っていられるのだ!」

「真由美が民間人……ってそれじゃあ私が軍属みたいじゃない!」


 私がツッコむと、綾は首を傾げて『え? 違うの?』と一言。中二病にもほどがある。自分を棚に上げておいて言うのもなんだけど。


「とにかく、女は度胸だ! 当たって砕けろ!」

「砕けたくないってば!」

「貴官の佐藤望に対する想いはそんなものなのか?」

「それとこれとは違うって!」

「どう違うと言うのだ、軍曹?」

「それは――」


 と言いかけて、私は言葉に詰まった。綾が、珍しく真剣な眼差しを私に送っていたからだ。

 それから、穴の開いた風船のように、ふわっというため息をついて綾は組んでいた足を崩した。


「ねえ詩織、あたしだって女の子だよ? 恋の一つや二つもするって! 多少趣味が合わないからって泣き言並べてたら、あっという間にオバサンになっちゃうよ?」


 ぐさり。そんな擬音が、私の腹部から発せられたような気がする。

 そんな私を前に、綾は一束にした自分の長髪を解いて『あーったっくもう!』と声を荒げた。ガシガシと頭を掻いてから、私に向き直る。


「あたしはね、詩織。自分の趣味や好みが違うからって、相手に引け目を感じるのは臆病だと思う」


『ちょっと綾っち!』と真由美が声をかけるが、綾は止まらない。


「お互いの趣味趣向とか、目指すものとか、そういうもの――他人には譲れないものを尊敬し合ってこそ、お互いに恋を育めるんじゃないの? 自分の趣味から逃げ出したら、好きな相手からも逃げ出すことになっちゃうよ? それでもいいっていうの、詩織は?」


 親友による、いつになく辛辣かつ真剣な言葉に、私は唾を飲む。続け様に、


「この作戦、あたしは降りる」

「えっ?」


 私が間抜けな声を出す間に、綾はジャケットを着込み、リュックサックを背負い出す。


「あ、綾っち、まだ作戦会議が終わったわけじゃ……」

「あたしの考えは伝えたから。あとは詩織、あんたが決めて。おばさんによろしく」


 そう言って、綾は勝手知ったる様子で私の部屋を出て行った。

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