【第五章】

【第五章】


 その日の放課後のことだ。

 いつものように、私は綾や真由美と駄弁る。しかし、注意は散漫としており、逆に私が気にかけているのは望のこと。


 望は、私とは趣味は合わないかもしれない。けれども、何かに熱中できる人は素敵だと、はっきり断言してくれた。

 私は繰り返し胸中で呟いていた。私にも、勝機はある。


「しおりーん、ぼんやりしちゃってどうしたのー?」

「くっ……ふふふふ……」


 真由美の問いかけに、私はこみ上げてくる笑いを堪えるのに精一杯だ。

 その時、一人の男子生徒が望の元へ近づいた。影山達也くん。確か陸上部で、綾とも仲がいい。

 そんな彼は、望に向かってこう言った。


「望、聞いたか? ガンダム最新作の公開延期の話! やってらんねえよな!」


 ガンダムと言えば戦争である。私はロボットに興味は薄いが、少しは齧ったことがあるから分かる。


「あー、ったく早く観たいぜ!」

「達也くん、誘いに来てくれたのかい?」


 やや慎重な声音で応じる望。ここからでは、その表情までは窺えない。

 すると、大きく頷いた達也に向かって、望はこう言った。


「ごめん、どうしても人が死んじゃうような映画は苦手で……」


 ピシリ。と、私の心にヒビの入る音がした。

 人型ロボットは、男の子に根強い人気を持つ、歴史あるコンテンツだ。きっと私に感知できない、大きな魅力が籠っているのだろう。

 

 が、しかし。望は達也の誘いをあっさり断ってしまった。


 ちょっと待て。人殺しが苦手というなら話は分かる。だが、ロボットものも駄目なのか?

 そうしたら、実在兵器にロマンを見出す私など、見向きもされないではないか。

空想やSFですら苦手だという望。だったら実在兵器など目にしたくもないだろう。


 一瞬で視界が暗転――という事態は起こらなかった。しかし、私は自分の心が、徐々に欠けていく音が聞こえるような気がした。ガリガリと。メリメリと。


 だがその時、思いがけない人物が、望と達也の会話に割り込んだ。


「望くん、ガンダムは面白いよ、ドラマがいっぱいあって! ねえ、たっちゃん?」

「おい北村、恥ずかしいから止めてくれよ、『たっちゃん』だなんて」


 綾だった。『まあいいじゃん!』とか言いながら、達也の背中をバンバン叩いている。

 仲がいいのは結構だが、馴れ馴れしくしすぎやしないか? 異性に対して。

 もしかして、綾の好きな人って……?


 いや、今はそれを考える時期ではない。望の『暴力性アレルギー』が、ガンダムにまで及んでいるとは。


「あちゃあ、これは期待しない方がいいかもねー」


 気遣ってるんだかないんだか判断しかねる口調の真由美を残し、私はふらふらと帰路についた。

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