【第三章】
【第三章】
同日・昼休み。
「あっははははははは!」
「ちょっ、綾! 笑い事じゃない! 脳天ぶち抜くよ!」
「そうだよ~、綾っち殺されちゃうよ~?」
「ごめんごめん、いやー、そこまで詩織が望くんのこと気にしてるなんて思わなくってさ!」
へらへらと謝る綾。そこに誠意を見いだせず怒鳴る私と、援護射撃を試みる真由美。
今私たちがいるのは、屋上へ出る階段の踊り場だ。教室で話せるネタではなかったので、こんなところまで足を延ばした。
まあ、こんな大声を上げていては本末転倒な気もするが。
「でもさ、詩織。次の機会はもうすぐ来ちゃうよ?」
「え? 機会、って……」
すると綾は、容赦なく私の頭に拳骨を落とした。
「いったぁ! さっきから何なのよ、綾!」
「バレンタイン」
綾のその一言に、私はギクリ、と身を固くした。
「告白には絶好の機会でしょ? この手を逃す手はないっての!」
「そうだねー。しおりんって手先も器用だし、お手製のチョコレートを作るくらい簡単でしょー?」
「って真由美、そう言うアンタはどうすんの? 彼氏へのプレゼント」
「えーっとねー」
人差し指を顎に当て、ぼんやりと視線を彷徨わせる真由美。そう、幼馴染三人組の中で、彼女が唯一の彼氏持ちである。
「全く贅沢な悩みよねえ」
「そう言う綾はいないの? 好きな人」
私はじろり、と綾を睨む。
「え? べ、別にあたしのことは関係ないでしょ! あんたの問題でしょ、詩織!」
「ふぅん?」
両手を振って誤魔化そうとする綾を、拳銃ではなく視線で射抜く。
すると、まるで小動物がするりと入り込むかのように、真由美が割り込んできた。
「私はねー、今年は彼と駅前のパフェ屋さんに行こうと思ってるんだー」
「何ッ⁉」
「何ッ⁉」
私と綾の台詞が被る。駅前って、あの高級スイーツの店か!
「私が奢ってあげるんだー、えへへー」
私と綾が羨望の籠ったため息をついた時、ちょうど昼休み終了の予鈴が鳴った。
※
その日の午後は、特に何ということもなく過ぎ去った。部活動に参加していない私は、陸上部の綾と、裁縫部の真由美が帰宅したであろう時間を見計らって、LINE上で恋愛相談の場を設けた。
《とりあえずさぁ詩織、あんたはミリオタ属性、隠しておいた方がいいよ》
《そうだよー。彼氏さんの好みに合わせてあげるのも、すっごく大事だよー》
二人の連携の取れたメッセージに、思わず怯んでしまう。
「そう言われてもなあ……」
《人生妥協も必要なのだよ、詩織軍曹》
「ッ!」
ま、まさかこんなことを綾に言われるとは。
次の言い分を考えつつ、私は薄暗くなった自室の電気を点けた。そうして目に入ったのは――。
拳銃。自動小銃。戦車。戦闘機。戦艦。空母。
我ながら心躍るプラモデルの面々だった。これが女子の部屋、って変だろうか?
ちなみにイチ押しは、三、四年前に買った陸上自衛隊の74式戦車。丸みを帯びた砲塔が、90式や10式にはない愛嬌を醸し出している。
《って詩織、あんたまた自室のコレクションに見入ってんの?》
「あ、えっ? どうして分かったの?」
盛大なため息が、鼓膜を震わせる。
《うーん、確かに綾っちを超えるオタクさんは、恋には向かないかもよー》
「ぐぼはあっ!」
私は転倒する勢いのまま、ベッドに倒れ込んだ。
《ちょっと詩織? 詩織ってば!》
「もうダメ。真由美に心折られた。綾伍長、隊長は貴官に引き継ぐ……」
《しおりん? おーい。もしもーし》
真由美の平和ボケした呼びかけに応答もできず、私は通話から離脱した。
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