第7話 殿上院様③

 「わかりました、お受けしましょう」

 と彼は公言した。


 勝てる勝てないの話じゃない。今ここで嫌だ嫌だとごねれば自分が四歳の頃の自分に戻ってしまう気がした。そして、周囲の悪評を自らが証明してしまう、と思った。


 七夕家の面汚し。疫病神。名折れ。


 七夕 詩音という人間が養子だからこそ、どこの誰とも知らない人間の子だからこそ、妬みと蔑みから七夕家の外の呪術師は彼を忌み嫌った。


 呪術の才能は元より、斬術の才、知力、その他呪術師として詩音は2人の義兄弟に比べて劣っていた。例えば、七夕式斬術の技のすべてを収めていない。彼が使えるのは一の型、二の型が半分ずつ、三の型が一つだけ、という有様で、四の型まで含めて計六十を超えるすべての技を習得できていなかった。


 七夕の名を冠しておきながら、と侮蔑の言葉を送られる所以だ。加えて彼の呪術、呪術式もまた軽蔑の対象となった。


 ――詩音は攻撃できる呪術を使えない。彼は索敵に特化した呪術師だ。戦闘において索敵は重要だというのは呪術師世界でも共通の認識であり、詩音は戦闘前の事前準備では役に立つだろう。


 しかし、彼が索敵系の呪術師として評価されるのは彼が七夕の人間でなければ、だ。


 ノブリス・オブリージュ、とまでは行かないが、名家名家ともてはやされる家の人間は必ず荒事での負担を強いられる。つまり、前線を支えうるほど絶大な呪術の腕が求められるのだ。


 馬鹿馬鹿しいが、これは人間の歴史の伝統とも言える。いつだって被支配者は支配者が自分達の後ろでティーカップ片手にケーキを食べていたら怒り狂うのと同じように。


 ――それでも詩音を評価する呪術師は何人もいる。彼の義理の家族は元より淳平やレノンなどの高い実力を持つ呪術師は彼のことを実力者として考えていた。しかし、あくまでも少数派マイノリティー。大多数はこの正殿にたむろするお偉方と同じく、詩音を狭い了見で見る。


 「貴様が受けてくれたこと、嬉しく思う。七夕の子よ、貴様の矜持を見せるが良いぞ」


 しかし、殿上院はそういったどちらかの尺度で物事を見ることはしない。彼女は常に正殿のお偉方と同じく、ただただシステムの維持を目的としている。詩音は彼女の意を組み、静かに一礼し、淳平と共に退室した。


 その後姿を見ながら、殿上院はくすりと笑った。励ましの意味合いではなく、システムの維持のため命を捧げてくれてありがとう、という意味で。


 さて、と詩音達が去ったのを見計らって、殿上院は正殿の隅で怯えるお偉方へ視線を向けた。彼女の変色を繰り返す七色の瞳はすべてを諦観し、彼らがもう使い物にならないことを瞬時に見抜いた。


 「其処許ら、短い付き合いではあったがよくぞ仕えてくれた。もう休んで良いぞ?」


 使えない駒はいらない。殿上院のシステムを不能にする人間は関東には必要ない。で動揺する駒はただの害意だ。


 彼女の一声に怯えていた呪術師達は我に返ると、我先にと御簾の前に居直った。脂汗激しく、鼻水涙問わずダラダラと汚れた顔面は穢らわしい、と表する他無い。


 「宮殿!我らは誠心誠意お仕えいたします!」「我らなくして関東は維持できませぬ」「お慈悲を」「どうか猶予を」「関東の安寧のために」「なにとぞ」「貴方様のためならば我らは勤しんでて盾となり矛となりましょう」「今一度我らに挽回の機会をお与えくだされ」


 必死に命乞いをする呪術師達だが、どこ吹く風とばかりに殿上院は言葉を紡いだ。


 「貴様達は大元のソフトと補助ソフトの関係を知っているか?」


 どこまでも涼しげに、感情の機微など感じさせずに。


 「大元のソフトは補助ソフトを組み込むことで作業が早くなる。しかし見方を変えればソフト自体は補助がなくとも正常に稼働する、ということだ」


 人間味は一切感じさせず、ただただ淡々と。

 「私は大元のソフトだ。関東というハードを動かすためのな。そして貴様らは私を補助するための小さな、小さなソフトに過ぎない」


 「その通りでございます。ですかr」


 「つまり、だ」


 ひときわ語気を強めて殿上院は呪術師達の言葉を遮った。


 「補助ソフトがなくとも仕事はシステムはできる維持される。まして不具合を起こした補助ソフトともなれば……エンジニアはどうするだろうな」


 「いや、おやめくだされ!」「我らはまだお役に立てます」「どうかお慈悲を」「今度不逞の輩が侵入すれば我ら一丸となって」「必ずや……」


 「補助ソフトが大元のソフトよりも優れているなど思わないことだ」


 一瞬だった。

 殿上院が鈴を鳴らすと同時に正殿の床がなくなり、呪術師達は暗闇の中へと落ちていった。それは彼らが一度だけ見た光景。かつての前任者を処分するとき、一度だけ殿上院が見せた生と死の境目。


 その時、彼らは理解した。歴代の殿上院も含めて、人間ではない、と。人間とは違う知的生命体である妖怪とも、怪異とも違う。もっと高次の存在である、と。


 暗闇へ視線を向ければ、何かが見えた。赤い瞳の巨大な眼球。自分たちが微粒子かと見間違うほど規格外の大きさのそれに見つめられた呪術師達は一瞬の間に無限の時間を差し込まれた。


 彼らは精神崩壊と精神回復を繰り返し、瞳の中に吸い込まれていく。


 「さて、どうしようか。次の補助ソフトも探さねばならぬし、あの下郎もどうにかせねばならぬ」


 暗闇を閉じ、殿上院は静かに瞑目する。ただシステムを維持し、来るべき争いに備えるために。


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