第6話 赤い上履き
ハイポーションだっていう白くてドロッとした液体の小瓶を僕に差し出したオジサンが、違うオジサンに押し出されたかと思うと、その人の手が淡く光る。
元々痛く無かったけれど、ヒールの魔法って言っていたから、おそらく回復魔法を使ってくれたみたいだ。
とりあえず、お礼を言おうと思ったんだけど、また別のオジサンが僕の前に来て、プレゼントだと言いながら見覚えのある一足の靴を差し出してきた。
爪先と底が赤色のゴムみたいな素材で、周りは白い……って、これ学校の上履きだよ。
でも、加護がどうとかって言っていたし、見た目とは違ってきっと凄い効果があるのだろう。
「ツバサちゃん。遠慮しなくて良いからね。ゲームを始めたばかりのツバサちゃんにはともかく、僕からすれば全然大した事の無いアイテムなんだ。だから、どうぞ」
「え、でも……」
「大丈夫。オジサンからのプレゼントだから気にしないで。あ、もしかしたら、知らない人から物を受け取っちゃダメって、お母さんから言われているのかな? でも、ここはゲームの中だから、問題ないんだよ」
「は、はい……ありがとうございます」
目の前のオジサンが、座り込んだ僕に目線を合わせつつ微笑んでいる。
流石に、ここまで気遣ってもらって断るのも悪いかと思って手を伸ばすと、
『学びの靴+8を受け取った』
というメッセージが表示された。
しかし、この名前――学びの靴って、やっぱり上履きの事だよね!?
けど、「+8」って……確か、アオイが言っていた精錬っていう装備の強化の事だっけ。
アオイは+6でも十分凄いって言っていたけど、+8って事はかなり凄いんじゃないだろうか。
……まぁ僕が今履いている靴は+30なんだけど、これは最初にもらう初級装備だから、大した事がないのかもしれないけど。
そんな事を思いながら、上履き――もとい学びの靴を眺めていると、
「あぁぁぁっ! 先を越されたーっ!」
「アイツ、抜け駆けしやがって!」
「……だけど、回避の加護って言ってなかったか? あれって、かなり高額じゃねーの!?」
何やら周りのオジサンたちがザワつきはじめた。
詳しい事は分からないけれど、どうやら高価な品を貰ってしまったらしい。
いや、金額云々よりも、貰ったからには身に着けるのがマナーだと思うので、一先ず装備してみる事にした。
けど、せめて色が赤じゃなくて、青だったら良かったのに……と内心で思いながら、その場で三角座りになり、学びの靴を履いてみる。
僕の足には少し小さいので手間取っていると、
「おぉぉぉっ! ハーフパンツの隙間から見えそう……もう少し」
「おっしゃぁぁぁ! 見えたっ! 白だっ! そこのアンタ、GJだ!」
「マジかよ! 俺も、俺にも見せてくれよっ!」
何故かオジサンたちが、靴を履く僕の前でギュウギュウと押し合いをしている。
一体何が見えるのだろうか? と、後ろを振り返ってみたけれど、そこには石畳の道が広がるだけで、特に何も無かった。
このオジサンたちには、僕には見えない物が見えているのかな?
もしかしたら、何か見えない物を見るスキルがあったりするのかも……
「あ、そうだ。ステータスウインドウから装備出来るんだった」
スキルで思い出したけど、アイテムの装備の仕方をアオイに教わったんだ。
あまりにリアル過ぎる世界で、うっかりゲームの中だという事を忘れてしまっていたけれど、ステータスウインドウから靴を装備すると、一瞬で靴が変化して、小さいと思っていた靴がピッタリサイズになった。
やっぱり、ステータスから装備するのが正解みたいだ。
改めてお礼を言おうと思って立ち上がると、
「あぁー。俺も……俺も見たかったぁぁぁっ!」
「フッ……キャプチャ画像を撮った俺は優勝だな!」
「バッカ野郎! こういうのは自分の目で、生で見る事に価値があるんだろうがっ! ……だが、言い値で買おう。後で売ってくれ」
何故か残念そうな声が、オジサンたちから聞こえてきた。
本当に何が見えるんだろう?
だけど不思議な事に、僕がキョトンとしていると、続けざまにオジサンたちから歓声が上がる。
「おぉぉ。ツバサちゃん! その靴はイイッ!」
「これは……ヤバい。分かっていたけど、ヤバいぞっ! 似合い過ぎているっ!」
「天使だ。FOに天使がご降臨なされたぞっ!」
天使が居るの? キョロキョロと回りを見渡してみたけれど、残念ながら見つからない。
もう少し探してみようかとも思ったけど、でもちゃんとお礼をしないとダメだよね。
「あの、この靴ありがとうございます。履き慣れている靴だからか、動き易くなった気がします」
「いやー、そう言って貰えるとオジサンも嬉しいよ。やっぱりツバサちゃんには上履きが一番だよね。良く似合っているし、きっとその靴も喜んでいると思うよ」
僕にプレゼントしてくれたオジサンが上履きって言っちゃったよ。やっぱり、この人も学びの靴が上履きみたいだって思ってたんだ。
内心、クスッと笑いながら深々と頭を下げ、当初の目的地である冒険者ギルドへ向かって歩き出そうとすると、
「あ、ちょっと待って。ツバサちゃん。良かったら、レベル上げとか手伝おうか? まだゲームを始めたばかりだよね?」
「ありがとうございます。でも、もうレベル10になったので、これから一次職に転職しようと思ってて」
「なるほど。じゃあ、転職クエストを受ける訳だ。どのクラスに転職するにしても、ちょっと面倒なクエストがあるし、良ければオジサンが手伝ってあげるよ」
靴をくれたオジサンが、親切にも一次職への転職の手伝いまで申し出てくれた。
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