巨城  ケオトイコス

01 借りた招待状

乾燥した大地に身を焦がすような太陽が照りつけ、風が砂を巻き上げ全てを拒むかのように吹き荒れる。 




 懐から四つ折りにした地図を広げ方角を確認しながら、砂が舞う中をもろともせず歩いていく。


 砂が舞うのをやめた頃、小高い砂の丘の向こうには真珠色の壁が周りを囲む、おおよそ砂漠には似つかわしくない栄えた街があった。


 私は持っていた地図を懐にしまい、街を目指し丘を下って行く。








「入国の目的は?」




 街の入り口に着くなり、門番にそう尋ねられた。




「薬を売りに」




 そう言い肩がけの袋を開け、門番に液体の入った瓶を数本見せた。


 門番はその中の一つを乱雑に取り入念に確認しだした。暫く瓶と睨めっこした後、袋に戻し、その石のような口を開く。




「入国を許可する。通れ」




「どうも」








 街へ入ろうと大きな門をくぐる。瞬間人々の歓声が周りを包む。花びらが街を舞い、奥から器楽隊の演奏に合わせて兵士が行進してくるのが見えた。


 大通りは足元が見えない程の人だかりが出来ており、私は人で酔う感覚を初めて知る事になった。


多くの店が並び「いらっしゃい!いらっしゃい!」「安いよ!買っていきな!」と客引きをしているがそれを尻目に人々は拍手をしている。暫くすると人々が拍手をしている先に移動式のやぐらがゴロゴロと大きな車輪を転がしながら馬に引かれやってくる。




「ほぉ〜。なんだあれ?」




 私は物珍しさでやぐらの方へと視線を向け、見上げた。そこにはゴージャスな紫色のマントをつけ鎧交じりの服を着てオールバックで口髭蓄えた中年太りの男とすらっと長いスカートの真っ白のドレスを着たプラチナブロンド髪の小柄な少女がにこやかに手を振り、その横にいかにも下っ端ですと言わんばかりの丸メガネで緑の服を着た細身の男が静かに佇んでいた。




 街の人々の前にやぐらが来ると人々は大きな声でその中年の男に呼びかける。




「国王! 国王!」




中年の男は国王と呼びかけた人々の方へ向き手を振っていた。




「へぇ、あれが国王か」




 拍手している人々の間を掻き分け、衛兵達がバリケードを作っている手前まで行き、国王の乗ったやぐらを覗き込んだ。


 その時は国王は明後日に向いていたので、子供の様にバリケードから身を乗り出し大声で呼びかけてみた。




「よっ! 国王!」




 我ながら響いたと思った声が聞こえたのか国王を振り向かせることが出来た。しかし期待の眼差しで、いざ対面と心躍らせたのは束の間ですぐに血潮が逆流する思いをする事になった。




 振り向いた顔の左目には黄金色に輝く義眼が嵌め込まれていた。そしてその瞳はうっすらと開き、まるで偽物では無いかの様に瞳孔を動かし、物を追っている。


 その時だった。左腕の義手が別の生き物の様に気持ち悪く脈を打った。




「なんだ……これ……!」




 その脈動はお互いが近づくにつれ大きくなる。そして鼓動の高鳴りが頂点に達しようとした時確信する。




「あれ」は同じ物だ




顔をなめくじのような気持ちの悪い汗が流れる。左腕を右手で握りしめ、無意識に追い詰められた犬の様に睨みをきかせる。




「ほう……?」




 向こうもこちらに気がついたようだ。黄金の瞳はじっとこちらを見ていて、それはまるで時が止まったかのように長く感じられた一瞬だった。




 そうしている内にやぐらは離れていき、通りの先にある白い壁に覆われた巨城へと向かっていく。


 私はどうしても瞳の事が気になり、追いかけて城へ入ろうとするが、蓋をする様に屈強な兵士達が入り口を固める。




「ここから先は通せません。入る場合は招待状をお持ち下さい」




入ろうとした私を棒で押し返す。その間にやぐらはどんどん奥へ行ってしまって、いつの間にか国王の姿は無く、私はどうする事も出来ず城を後にするしかなかった。








 城を後にした私は大通りへと戻ってきた。




「招待状か……」




 アテは無いが取り敢えずの気持ちで目と鼻の先で客引きをしている果物屋に聞いてみる事にした。




「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど……」




「おーそこのねーちゃん! どうだい?ウチの林檎! 瑞々しくてサイコーだよ! 」




「そこのお城の招待状ってどうしたら手に入るか、わかる? 」




商人は少しの沈黙の後繰り返す。




「おーそこのねーちゃん! どうだい? ウチの林檎!瑞々しくてサイコーだよ!」




 同じ事を言われてピーンときた。聞きたかったら買えって事なのか、私は仕方ないなと一つため息をつき、果物の値段を見て目が飛び出そうになった。




「青リンゴ一つ4ギル!?」




 どう見てもぼったくりだ。普通リンゴはせいぜい高くても2ギルが相場である。情報は欲しいけど流石にこれは高すぎる!だけどこちらから話しかけた手前、サヨナラとはいかなかった。




「う〜、じゃ……じゃあこの青リンゴ一つ……」




「毎度! 4ギルね!」




 長旅の末で節約をしなくてならないのにリンゴ一個に4ギル…痛すぎる。しかし買ってやったからにはさぞ良い情報が貰えると私は少し期待していた。




「それで? 招待状はどこに行けば貰えるの?」




 そう聞くと商人はねじ巻きが切れた玩具の様に動かなくなる。さっきまでの賑やかさはどこへいったのか、沈黙は暫く続き流石に心配になった。




「もしもーし、大丈夫?」




 商人の眼前でヒラヒラと手を振ってみた。するとまるで何もなかったかの様に意気揚々と動き出した。




「おーそこのねーちゃん! どうだい?ウチの林檎! 瑞々しくてサイコーだよ!」




赤の他人に心配させておきながら、無視した上で更に金を要求してくるとは、ここに人がいなきゃ、ぶん殴ってるところだ。




「ふざけんな! 情報をよこせ! 情報を!」




 そう聞くとまた商人は玩具に戻った。まだ買わせる気なのか。




「もういい!」




 そう言い地面に唾を吐きかけ、そして一つ睨みつけてやろうとする。しかし商人の目を見てみると、商人はどこか虚ろで感情を感じさせない目で客引きをしている様に見えた。




「なんだこいつ……」




 少し不気味に思いつつ、次の商店に向かうことにした。


その後、次の商人もまたその次の商人も私がいくら質問しようが同じ事を繰り返し、皆虚ろな表情でまともに返答が返ってこなかった。




「どうなってんだ。まったく……」




 商店の道沿いの隅っこに座り込んでしまった。




「はぁ〜……疲れた……」




そう言いつつさっき買わされた青リンゴをひと齧りする。悔しいがリンゴは瑞々しく程よく酸味があり、さっぱりとしていた。




「うまい……」




「こっちだ。こっち!」




項垂れていると一人の腰の曲がった、髭の長いカエルの様な顔の男が小さく手招きしていた。


 またこいつもそこらの商人のように同じ事を繰り返すだけだろと暫く流し見していたら、


男はトコトコと曲がった腰で歩いてきて、ぬるっと話しかけてきた。




「さっきから見てたんだが、あんたぁ、よそ者だろ? 見ねぇ格好だし、何より普通に話してらぁ」




どうやら他の商人とは違うらしい。




「そういうあんたは?」




「おっといけね。俺は露天商のミケってんだ。あんたと同じよそ者さ」 




 ミケはシワシワの顔の広角を上げ、歯並びの悪い歯を見せて握手を求めてきた。


 正直生理的に苦手なタイプだったが、ミケは満面の笑みで待っていたので仕方なく上から握手をした。




「……よろしく」




「よろしくだぁ」




 そうして挨拶を済ませた後、気になっていた話題を切り出すことにした。




「この街の奴らは皆同じ事しか言わねぇし、どうなってんの?」




 それを聞いたミケはキョロキョロと周りを見渡し口に手を添えて小声で答える。




「ここだけの話だがよぉ。国王に逆らったり都合の悪い住人は皆お城に連れて行かれて「儀式」をされるんだとよ。すると奴らみたいに魂が抜けちまったみたいになるらしいぜぇ。あくまでも噂だがな」




「儀式?」




「そう、儀式だぁ」




 なんだかとても胡散臭い話が飛び出てきたので私は話を流し、本題を言うことにした。




「お城に入る為の招待状ってどうやったら手に入るか、知らない? 」




ミケはキョトンとした後、肩を震わせて答えた。




「ヌフフ、オメェさっきの話聞いてたか? まあいいや。


ん〜招待状は一部のお偉いさんが持ってるって事しか知らねぇな。そういえば、さっきそのお偉いさんがそこらで買い物してるのを見たぜ。そいつに言って借りてくればいいじゃねぇか。まっ冗談だがなぁ」




 ミケはケラケラと笑う。しかしその情報は自分が最も欲しい情報だった。そして今招待状を持っているやつが近くにいる。やることは決まった。




「んじゃ、借りてくる。ありがと」




 決めてから行動に移すのは早かった。立ち上がり、その場を後にしようとしたがミケは焦りながら止めに入る。




「借りるってあんたぁ。そりぁ、無理ってもんだぜ」




ミケの話を聞かず手を振りその場をあとにした。








 お偉いさんを探して大通りをブラブラと歩いていると大きな帽子に、身なりの良いローブを着た、布で右半分顔を隠している紫髪の髪をゆった女性が立っていた。


 見るからに身分の高そうだが、見目麗しい外見とは裏腹にその交渉する様はさながら商人のそれだった。




「もう! さっきから値段の交渉したいって言ってるのに同じ事しか言わない人ばかりですわ! いい? 私はこの王国に招待された客人なのよ! 少しくらいまけて下さってもいいじゃない!」




女性は白い封筒をヒラヒラと商人に見せている。私は「何てわかりやすい人なんだ」と思わず吹き出しそうになったが我慢して標的を見定めた。




「この万病に効く霊薬!今ならたったの200ギル!さあ!買った買った! あと一個だけだよー!」




商人はいかにも高級そうな黄緑色の液体の入った瓶を売っている。


 私は爪を噛み悩んでいるお偉いさんの横に並び、わざと大きな声で言う。




「あー! これいいなー!こんなの滅多に見ないし、私買っちゃおうかなー!」




「なっ!? 」




焦ってる焦ってる。この調子で今度は商人の手から瓶を預かり、クルクルと人差し指で回して見せた。




「まっ!しかたないよねー! おねえさんお金なさそうだし~」




「ぐぬぬぬ! それは私のよ! 買うから寄こしなさい!」




そう言い商人に金の入った袋を押し付けた。




「毎度!」




「さあ、早く寄こしなさい!」




そう言い女性は手をこちらに差し出す。


今だ。私は手から足に瓶を渡し、トンと蹴り上げ、そして再度指に乗せクルクルとボールのように回して見せた。すると相手は不安なのか目が瓶にくぎ付けになっている。




「それ、パス!」




瓶を高く投げる。




「あわわわわ!」




 焦ったお偉いさんは荷物を放り投げて腕を広げ、瓶は無事キャッチされた。




「なんてことするの! 割れたらどうするの?!」




女性はヨロヨロと倒れそうになり、ぷりぷりと怒った。




「ごめんごめん」




「気をつけなさい! ふん!」




 平謝りをして手を振りそそくさと立ち去る。


 そのサアラの左手には白い封筒が握られていた。




「借りてくよ」 








 夕方頃、招待客らしき煌びやかな人が次々と城へと入っていく。特におめかしはしていなかったが、招待客に無理やり混ざって列に並ぶ。そして門番までたどり着くと衛兵は鉄のような冷たい顔で手を差し出す。




「招待状を拝見」




 私は爽やかな作り笑顔で招待状を門番に渡す。


門番はその細い目で招待状を目で読み、顔色一つ変えず折り畳む。




「魔導研究院のレヴィ様ですね。お待ちしておりました。どうぞ奥へ」




「どうも」




「良い一夜を」

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