第12話 それは意外な生態で
「なっ……!ぬぅ……!くそっ!」
大方こいつは、自分が男の時のつもりで読んでたんだろう。あーあ。頭自分の設定置いて読むのは国語できないやつの特徴だぞ?
目の前のバカが一通り絶望し終わると、さあ俺たちはクエストの準備を。と言っても五次元袋を持ってる俺からしたら、正直何もいらんけどね。何でもここにあるし。
いつまでも模試終わりの学生のように机に突っ伏すクレティア。めんどクセェな、このジジイ。
「ほれ、早く準備しろよ?日が暮れると危ないぞー」
俺とハージュは仕事前の一杯を楽しみつつ、クレティアの準備を待つことに。ほらほら、もう抵抗しても遅いんだから。言質ならフィルがとってるぞ。
ぶつぶつ文句を垂れつつも、一応は身支度をするクレティア。やたら時間のかかりそうなバカとは違い、ハージュは一瞬でいつものローブに着替えてきた。なんか悲しいな。
まだまだ時間がありそうなので、ここらで一旦おさらいを。やっぱこの年で新しい言語覚えようなんざ、よほどの天才じゃない限り無理だよ。英語ですら五年習って喋れるか喋れんか程度なのに。
アルファベットですらない文字を覚えようと思ったら、それこそどんだけ時間が必要か……。つっても、まぁ、いくらでもあるんだけどな。時間。ここじゃ学校行く必要もないし、金が溜まればクエストだって無理に行かなくていいし。
「なんか問題出してくれよ」
手持ちぶさたが悲しかったので、何となくハージュにテストしてもらうことに。こういうのは、人に問題出されるのが一番だよな。多分。
うーん、と顎に手を当て少しばかり唸ったかと思うと、ぴーんと閃いたような顔に。
一ヶ月間パーティーを組んでいたからわかる。こりゃ変なことを思いついた時のやつだ。
「それじゃ、これを口に出して読んでください」
かりかりとクエストロールの裏に落書きを。これこれ。そんな事したら、悪魔のようなお姉さんに粛清されちゃうぞ。
黒インクと藁半紙で彩られるそれは、意味を持って俺の脳に響いてきた。まじかと思ったがもう遅い。うきうきで俺からの回答を待つハージュを見たら、わからんなんて言えませんよ。えぇ。
何だか喉が枯れるような感覚で、わななくわななく口にする。
「…………あ、愛してるぜ、ハージュ」
「あっりがとうございまぁぁす!」
「おおっ!ついにスバルの野郎、目覚めやがったぞ!」
「覚醒の宴だ!酒もってこい酒ぇぇ!!」
「いっやぁぁぁん!私にも言ってぇぇ!!」
「仕事いけよてめぇらぁぁ!!!」
なんだ、これ。めちゃめちゃ盛り上がってんぞ。これ今夜も宴会コースか?まじか?異世界の住人、どんな肝臓してんの?
人が何かすればすぐ騒ぐ。ここの連中はこんなんばっか。だから、こんな俺でも自分をさらけ出せるんだろう。ちょびっとだけだけど、なんか俺、今幸せってやつに浸ってるかも。死亡フラグ的なのを脳内で展開させつつ、落ち着けるために酒を仰ぐ。思う壺だな、俺。
このままだとクエストに行けそうにないので、何とか沸き立つ野獣どもを鎮めてギルドの外へ。いつもの街、いつもの道。雲一つないそらは限りなく住んでいて、見るたびにここが日本じゃないと痛感させられた。
「いやぁ、楽しみですね。クエスト」
「先生よぉ。俺らの国じゃ、個人レッスンってのがあってな。ぜひ教えたいことがあるんだが」
鳴りもしないくせに指をぽきぽきする真似を。さっきまで有頂天だった先生に詰め寄って、壁ドンとも取れる体制に。
「こ、こらこら。先生そういうのは……ちょっとNGですから。あと、教えるのは僕の方……」
「あぁん?」
「ひぃっ!ご、ごめんなさい……。ちょっと言って欲しかったんです……。最近あんま話せてなかったし……」
どうやら俺が本気で怒っていると思ってるらしく、口元を手で押さえ声に露を秘めたハージュ。気のせいか目元にはほんのり雫がたまっている気までして、なんだかやけにしゅんとして。
見る人が見たら犯罪な状況。こうまでされては、俺も怒る気になるはずもなく。と言うか、目を合わせないように肩を震わせるハージュの仕草が、妙に色っぽいなんて思ってしまったり。
「……まぁ、言って欲しいんなら直接言えよ?」
チョロいな、俺。なんて思いつつも、気づけばハージュの肩を抱いていた。うわ、柔らかい。これで男の子なんてな。神様何考えてんだろうな。聞かせてやりたいよ。なぁ、クレティア。
「うひひ」
あ、こいつ今笑いやがった。てめぇ、ここまで計算して涙浮かべやがったな。悪女か!
目を瞑ってキス顔までして、何を待っているのやら。でもちょっとだけ吸い寄せられそうにもなる。ぷっくりとした桜色の唇。肌のきめ細やかさなんて、どこの人形だよと見まごう程に。そして極め付けは、風でさらさら揺れるつやつやとした黒髪だ。思わず触りたくなったりして、引力でもあるかのごとく手が伸びて……。
「……なにやっとるんじゃ?お前ら」
そこで救いの女神と言わんばかりに、かのクレティア神が現れた。完璧なタイミングだ。あと一秒遅かったら、俺別のクエストを受注してたかもしれん。
「いや、気にすんなよ。んじゃ行こうぜ」
「す、すきゃんだる、ですね。明日には噂になってるかも……」
「ワシは寛容じゃぞ。むしろ恋慕というものはかくあるものなのじゃ。交わりだけが生じゃないぞ」
おぉ。神様がそんなこと言うと、なんかめっちゃ説得力があるように思えるから不思議。いや、別に俺は違うからね?ノーマルもノーマルだからな?
くだらない話に時間を取られるわけにもいかないので、とっととクエストに臨むことに。城壁を目指し行進を。
「冒険者用のも持ってんだな」
「まぁの。たまに採取行くくらいじゃが」
今のクレティアの格好は、いつもとはかなり違うものだ。露出多めのワンピースのような、どこか魅惑的な姿。目立った武器がないと言うことは、魔法職なんだろう。
そもそもこいつ、俺とあった時一人で外に出てたんだ。そりゃ戦闘の一つや二つできるわな。あの時は俺が出てったから一瞬だったが、もっと遅れてたら対応は違ったんだろうか。イメージ的には精神を壊す魔法とか使いそうなんだが。それとも、実は転生特典でめっちゃいい魔法持ってるんじゃね。
隣で歩くワンピースに生ぬるい視線を送りながら、しばし考えに没頭する。ステータスをいじってたっぽいし、やはりこいつは強いのだろうか。でもそれなら、なんでこんな小さい町で受付嬢なんて。
「お前ってさ、どんな魔法使うの?」
「そうじゃのー。ハージュみたいな自分を強化するのはあんまないが、状態異常と攻撃魔法ならお手の物じゃ」
「……いいじゃん」
よくね?普通にさ。前衛二人に後衛一人。ネットゲームならまずまずのパーティーだ。ヒーラーがいないのがちょい痛手だが、まぁ、俺がメインの盾すれば怪我することはまずないし。意外とバランスいいんじゃね?このメンバーって。
兵士に愛想を振りまきつつ門をくぐり、向かうは壁外南西のおり。洞窟が集まる山の中だ。
クエストロールを読んだ限りじゃ、今回のモンスターは群れで出てくるらしい。そして重要なのが、殺さずに捕まえること。何でも、そのモンスター食えるんだとか。バターで炒めると絶品なのだとか。
絶対いくつかかっぱらっとこう。そう思った俺を、果たして誰が責めれるだろうか。酒のアテにして、夜中に一杯やるんだ。それが夢なんだ。
日が沈む前に、なんとか俺たちは目的地に到着した。鬱蒼と木が生い茂り、ゆるやかな勾配が無駄な体力を使わせる。
「ここらへんだよな?」
「…………じゃの。でも、何もないの」
「……巣ですかね?めっちゃ穴ありますよ?」
山の中腹の、拓けた大地。バスケットコートくらいの広さのそこが、クエストの開始地点となっている。だが、辺りを見ても何もない。巣と思われる小さな洞穴が無数にあるくらい。
「今回のクエストって、なんで女性必須だったんだ?」
「あぁ。なんか、モンスターが女性がおらんと出てこんらしいんじゃ。匂いにでも敏感なんじゃろ」
たっぷり汗をかいたクレティアが、水を飲みながら適当に答える。流石は現役のローティーン。この匂いだけはいいんだよな。
隣で石に腰掛けるハージュからも、なぜだかやたらフローラルな香りが。こいつら、二人して汗臭さを知らないのか?心配だから服をくんかくんか嗅いでみる。大丈夫。やはり神器だけあって、匂いはつかないんだね。
そうして5分くらい経っただろうか。何やら、洞穴の辺りから黒い生物が出てくるのを俺の目が確認。
「…………アレか?」
「あれじゃの」
体調一センチもないくらいの、本当に金平糖と見まごうその大きさ。それが二体、三体と巣穴から顔を出し、顔を出し、なんか増えた。
その総勢、数える気も起きんほど。一気にミツバチのごとく、巣穴から噴火するように出てきよった!
真っ暗な粒が集まって、宙に浮きながら散開。ゴマみたいな大量の粒が、俺たちめがけて飛んできた。
「まじかよ!おいクレティア!まじでアレなの?」
キモいんだけど!多いんだけど!俺ゴキブリとかそういうの、一切ダメなんだけど!
俺が情けない弱音を吐くと、ふっと笑うクレティア。そしてやつは、高らかにこう告げた。
「そうじゃ!アレこそが今回のメインターゲット、キリル文字のモンスター!キリルンじゃ!」
「なぜロシア!?」
ほんとだ。よく見ると、あいつらの形キリル文字だ。手足は生えてないものの、大きな瞳が俺を見ていた。怖いよ!いろいろと!大丈夫なのか、これ。アルファベットじゃないからセーフなのか?
版権とかいろいろな恐怖に溺れつつ、【卍解もどき】に手をかける。ハージュと俺が前線に。うじゃうじゃいやがって。全部残らず叩き斬ってやる。
「殺しちゃダメですよ!」
「わかってるって!」
このクエストは生け捕りが前提。ならいいだろう。俺だってそのくらいの知恵はあるさ。まず最初の一匹を抵抗する気も起こらないくらい無残に消滅させればいいのさ。恐怖だけで震え上がらせるくらいの力は、この短剣が全て持っている。
迫り来るキリルン。よく見ると一つ一つ別個な個体らしい。そしてクエストロール曰く、食うとうまいらしい。ハラショーだとかの、スペルで綴ってあると人気が高いのだとか。まぁ、なんとなくわかる。
さぁ、もうあと一歩のところまでキリルンたちは押し寄せていた。波になって、まるで何かにつられるように。準備はいいか野郎ども!
「さぁっ!来やがれ!」
「ポイズンインパクト!」
「ガンバじゃぞー」
約一名全くやる気がない奴がいるが、まあいいさ。もう餌としての役割は終わったからな。ん?帰っていいよ、君。
近づくにつれ、キリルンたちから甲高い声のようなものが聞こえてきた。キリルンキリルンと、まるでヘリウムでも吸ったような。
俺たちと、キリルンの大群が衝突する。目が開けられないくらい大量だ。なんか思い出すな。田舎道を帰ってた時にあった、蚊柱的なのを。
とめどなく溢れでるようなその集団に向け、俺は【卍解もどき】を振り抜いた。ーーーーでも当たらなかった。
「あれ?」
そう。俺はすっかり忘れていた。キリルンの生態を。こいつらが、なんで今ここに出てきたのかを。
「う、うぉっ!なんじゃ!なんでわしを狙うんじゃ!」
俺に一ミリも興味を示すことなく、キリルンが向かったのはクレティアだった。こいつらの習性は、女性の匂いにつられると言うもの。こらこら。そんなの女性認定しちゃいけないじゃないか。
多数のキリルンに群がられ、必死になって振り払うクレティア。だが、空中に浮いている彼らを叩こうと思っても、なかなかうまくいかないらしく。そして何を思ってか、キリルンたちは服の中にまで侵入したりしたらしく。
「ばっ!ばかものっ!ワシを誰だと……ひゃあっ!」
「…………なんか、いろいろきもい」
甲高い声を漏らしながら、クレティアの体全体を羽虫のごとく這い回るキリルン。けれどそれにダメージはないらしく、ただ戯れているだけにしか見えないのだ。つーかそんなに近くにいられたら、神器を使おうにも使えないし。
女の身体になってやたらと神経が張っているんだろうか。クレティアから甘い声が溶け出した。ほおまで赤く染めてやがる。涙を流して、まるでどこかの二流エロ雑誌のような。そんな状況だった。
「おいこらっ!ワシを助けろガキども!お願いじゃから!劬わってくれぇい!」
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