第11話 開幕、黒くて小さな憎いやつ!
朝日が昇っては起きて、顔を洗って部屋を出る。クレティアは最初俺よりはるかに寝坊助だったが、最近じゃ朝食を当番制にしたおかげで随分と辛そうだ。でもお前受付じゃん?肉体労働しないじゃん?
そうして飯食って準備して、ギルドへ行ってハージュと合流。そこからいつも通りくだらない話して、ある程度人が集まってきたらクエストへ。もちろんそこに難易度の選択なんてのがあるわけがない。だって俺は神器を持っているのだから。ーーーーなんて思っていたのは最初だけだ。
もうここに来て一ヶ月くらいか。そろそろ慣れてきて、だんだん分かることも受け入れれる範囲も増えてきた。トイレが水洗なのは本当にありがとう。ウォシュレットなしは我慢できる。けど汲み取りだとかなり辛かった。そこだけは感謝。
本題として、レベルが上がらなきゃそもそも受けれないクエストも大量にある。まぁ、そりゃ二桁いってないやつがG級装備持ってるっつっても信じないわな。フィルさんは悪くない。そう、フィルさんは。
諸悪の根源たるくそ神様は、今日も元気に馬鹿騒ぎしている。一応は給仕としての仕事をしているようだが、さっきから来る客来る客に喋りまくってんじゃねぇか。お前それ、日本のバイトだと店長に殺されるぞ。やったことないけど、バイト。
いや、問題なのはそこじゃない。そう、あんな奴は放っておくのが正しい選択肢というもの。俺のデータにあれがいると言うだけで、なんか既にステータスがマイナスな気が。実際あいつが神らしいことをしたのは一度もないしな。
そもそもあいつはだな……。って違う!そう。真に問題なのは、今俺の眼前にあるコレだ。この紙切れだ。いや正確には紙切れじゃなくて、そこに書いてある文字というか、読めない文字そのものというか。
「今日は勉強会です。いいですね?」
そう。文字の読み書きだ。日本と識字率がそう変わらないらしいこの優秀な国家に於いて、冒険者と言えど字が読めん奴は仕事がない。
今まではハージュとクレティアにそこら辺は任せきりだったが、何を思ったんだハージュ!そんないつもと違う服を着て!まるで新人の女教師じゃないか!スーツか!今度は俺をスーツ萌えにさせる気か!
やる気に満ち溢れた様子のハージュ。あんまり熱心に覚えましょうっていうから、断れないし。でも勉強は嫌だな……。
「それでは、授業を始めますよ!教科書5ページを!」
なんだこいつ、成りきってやがるだと。そんなにやりたかったのか?異世界なのに学校あるのはまあいいよ。でもさ、まずさ先生。なんでそんな胸元開けてんの?なんで足くんでんの?なんでそんな可愛いの?
これは確実に理性が試される奴だ!そう思った俺は、早めに対話を済ませておくことに。
「せんせートイレ」
「……先生はトイレではありませんが、仕方ないですね。逃げないように、ついていきます」
「……っく!せ、せんせー!今誰かが助けを求める声が!」
「よそはよそ!ウチはウチです!」
「お母さんっ!?」
どっちなんだ?何がやりたいんだ、ハージュ。
でも仕草やら格好やらが可愛いのは本当のことで。あぁ、こんな先生があっちにいたら、俺確実に勉強してんわ。まじで。
逃げ出すことも誤魔化すことも出来なさそうなので、取り敢えずは先生に従うことに。つーかハージュって俺より若干年下だよな?情けねぇ……、俺。
そんなこんなで始まってしまった俺の言語教室。本日最初は、基本的な文字の構造かららしい。
「これがまず一覧です。表意文字じゃなくて、基本は表音ですね。これらを組み合わせて言葉を作ります。まずこれが……」
ハージュが出してきた、何やら動物の絵が書いてある文字の一覧表。見たことあるぞ。小学校とか幼稚園に置いてある、五十音表と似た何かを感じる。まぁ多分、異世界のそれなんだろうな。セサミストリートてきなやつか。
どれだけ俺は舐められているのだろう。そんなに馬鹿に見えるのだろうか。いや、見えるんだろうな。だって毎日頭のネジを工場で落としてきたみたいに酒飲んでるんだもん。バッカスですか、俺は。
一つ一つなぞりながら、発音を確認。まぁ、地道な勉強が大事だよな。
「それじゃ、これでなんて読みますか?」
「…………こんにちわ?」
「正解です!さすがスバルさん!」
「……うへへ」
いや、まさか文字読むだけでこんなに褒められるとは。勉強、悪くないな。それに読み書きさえできるようになれば、こっちでも小説が書けるじゃないか。荒くれ者の冒険者相手に、俺の世界観を演出する。これはある意味、すごく最高な事なのでは?
がぜんやる気が湧いてきた。幸い今はブランチタイム。ギルドの中にはほとんど誰もいない。個人レッスンってやつか。ならば部屋で二人きりに?いや、それは危険を感じるな……。
教えるたびに体が近づいて、否が応でもハージュを意識してしまう。夢中で気づいてないだろうが、髪を耳にかける仕草だとか、笑う時に口元を抑えるだとか。そう言うのがポイント高いんだもんな!ズルイよ!
「お前も大変じゃのぉハージュ。こいつに教えるくらいなら、まだスライムに芸教える方が楽じゃぞ?」
でたよ。このハージュの女らしさを見習わせたいやつが。お前ら身体交換してくれないか?神の名は。してくれないか?
俺たちが机に座って真剣な顔してたのが珍しかったんだろう。どうにも暇を抱えたクレティアが、手伝いもとい邪魔をしに。差し入れのつまみまで持ってきやがった。ほれ、俺の隣座れよ。
にやにやした顔で、ちょっかいかけるのが丸わかりだ。でも俺もハージュも心が広いから承諾してやろう。まったく。
「どのへんまで進んだんじゃ?……あぁ、ほうほう。小1レベルじゃな」
「一時間でこれなら上出来だろ」
「どれ、わしがテストしてやろう。ほれほれ。これはなんて読むんじゃ?」
そう言うとクレティアは俺からペンを奪い、さらさらと紙の上にインクを走らせた。あっこいつ書けてやがる。てっきり日本語しかできないと思ってたのに。まぁ、そりゃ生まれた時からなら慣れるか。
たった三単語だけを紙面に残し、クレティアはペンを置く。んで俺の文字表をさっと隠したかと思うと、これ見よがしにはぁんといってみせた。いつか記憶をなくす神器でも使ってやろう。
とは言え、こりゃテストにはちょうど良かった。これだけならなんとかいけそう。えっと何だったっけ……。あぁ、これは。
「私はクソガキ……」
「はぁん?何わかりきった事言っとるんじゃ?何かの?確認かの?ぶえっへっへ!フィルー、座布団じゃ!座布団持ってこい!」
「や、やかましいぞくそ神がっ!んじゃこれ読んでみろや!」
俺の渾身の殴り書き!さあどうだ!付け焼き刃でも対抗してやんよ!俺やってやんよ!
「なんじゃ?……私は、はぁん?字が汚くて読めんのぉ〜っほっほ」
「なっ!てめぇきたねぇぞ!ほらちゃんと見・ろ・よ!」
「放さんかい!おーい乱心じゃ!あほが乱心じゃぞぉぉ!」
ここは江戸時代か!?頭を掴んでぐいっと見せるも、相変わらずブレないクレティア。こいつ、なんとか考えを改めさせれないものだろうか。
「私は肉の木偶、です」
へ?多分、最初に出てきたのはそれだった。続いて沈黙が流れ、やがて俺とクレティアは罪悪感に蝕まれるように。
答えてくれたのが真面目で純粋なハージュだっただけに、こんなに穢らわしい単語なんて読ませなくなかった。いや、ハージュの声で読まれるのはある意味嬉しいんだけども。いや違う。俺は変態じゃないぞ。断じてだ。
にへへ、と屈託なく笑うハージュ。そんな笑顔を見せられては、いくら俺たちとて喧嘩ばかりとはいかなくて。結局、そこから二時間、昼飯を挟んでお昼過ぎまではずっと勉強タイムだった。
なんと午後からは本屋へ行って、初心者用の物語まで買ったくらい。読んでみると、これが案外面白い。ハージュやクレティアの子供時代に爆発的にヒットしたらしい作品で、内容はへんな世界へ来た主人公が、周りの人間と面白おかしく毎日を過ごすと言うもの。なんか共通点を感じた。ひょっとしたらこれ、俺の前に来た日本人が書いたんじゃないか?
百ページ近くある本を半分ほど読んで、残りは明日へのお楽しみに。だいたい文字も読めるようになったし、試しに俺一人でクエストを選んでみることに。
「受けれるのはピックアップしといたが、この中には一つ、結構難易度高いのあるぞ。それを選んだら罰ゲームじゃな」
目の前に並べられたクエスト募集要項は五枚。内三枚までは内容が読めた。レベル8になった俺たちがぎりぎり行けるくらいの、中級難易度クエストばかり。だが俺が行きたいのはそれじゃない!もっと楽で金稼げるのがいいんだい!
そして残ってしまったこの二枚。正直焦っていた。そりゃもう、テストで必死に単語の意味を思い出している時と同じかそれ以上くらい。
どっちだったっけ?危険?安全?なんで二つとも綴りが似てんだよ!紛らわしいじゃない!
えぇい!悩んでいても答えは出ない。ハージュは簡単な方を選んでくれと懇願するように俺を見ている。あぁ、これが頼られるもののプレッシャー。これは俺には重たいな。もうどっちでもいいや!どうせ全部ぶった切りゃいいんだからな!
「これだぁぁぁ!!」
勢いよくクエストロールを剥ぎ取り、天高く掲げる俺。あぁ。自信はあるさ。どうだい?運の女神よ。俺の味方してくれるだろ?
「なんだスバル、いかれちまったか?」
「あ、スバルさん。勉強終わったんですねー」
俺が奇声をあげたからなのか、ギルド内にいた人がわらわらと集まって来やがった。ガディはまた花摘みに行ってたらしく泥だらけだし、フィルさんは相変わらず大人っぽい。うん!セクシー!
じゃなくて。集まったみんなに見えるように、カードを下げて堂々と。みんなの視線が集まって、そしてそこには静寂が。
最初に言ったやつは誰だっただろう。多分、ガディだったんだろうな。それは憐れみと同情を込めた、ちょっと俺にゃ悲しい声。
「……こりゃ……やっちまったなスバル」
「あぁ……。まぁ、元気出してください!」
「次があるからの。あんま気にするな」
「そうですよ。ビギナーズラックが切れただけですから」
みんなして口々に俺に慰めの声かけて来やがる。まじかよ!俺、間違えちまった?!いつもは人を小馬鹿にするのが生きがいなクレティアまでが……。つーかハージュ、それは俺がバカってことを認めてるんじゃ……。
「これ、違う?」
単語だけだった。なんか、言葉を喋るのすらおこがましいというか。ごめんなさい。こんな馬鹿が神器持って無双して。
「難易度B。アベレージ十五のクエストです」
「まじか……」
そりゃあんたアレじゃないか。中級くらいの人が行くところじゃないか。しかも多分、そこそこの人数のパーティーで。
やっちまったな。でも手に持ったのを受けると言うのが暗黙のギルドのルール。いくら強いからって、それを破っちゃ粋じゃない。
仕方なく二人で血判を押し、クレティアのいる受付へ。と、そこで俺は気づいてしまった。
「なぁ、お前言ったよな?受けれるクエストを選んだって」
「……はぁん?当たり前じゃろ。別にアベレージ足りなくても行けるからの?神の目に誓って漏れはない」
「……じゃあ、もし不備あったらお前も来いよ?」
「はぁん?そりゃもしそんなのあれば、いくらでも付いてってやるわい。荷物持ちでも盾役でもこいじゃ」
「…………ふぅん」
「だがの、お前らは残念ながらパーティー人数も最低レベルも満たしとる。残念じゃったの付け入る隙は……」
「……ふははははは!刮目しろオラァぁっ!」
釣って、煽って、乗せてやったぜ!
俺はまるで無敵の要塞でも体現しているかのようなクレティアの目の前に、力強くクエストロールを叩きつけてやった。
はぁん?とおきまりのセリフを言いつつも、一応目を通すクレティア。そこでやつの目は、契約書の裏面入った瞬間に動きを失った。そう。そこには書いてあったのだ。
「じょ、女性メンバー必須じゃと!?」
「残念だったなクソジジイ!そりゃ流し読みしてりゃ違和感に気づかないよな!人のことさんざん馬鹿バカ言いやがって、てめぇなんざカモシカだ!」
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