第10話 今日から俺たちは!

歩く一歩が軽い。心につっかえていた漬物石みたいなのが、もうどこかへ消えてしまっていた。城門が見える。もう街か。思ったより早かったな。

 ん?まてよ。それじゃクレティアが言ってたあの警告みたいな連絡は何だったんだ?

 ガセか?だったら一発きついのをお見舞いしてやろう。帰ったら大笑いされるかもな。本気と思ったんか!とか。うん。とりあえず会う時に先制で一発お見舞いしとこ。それがいいや。

 すっかり軽くなったパーティーを抱えながら、門に入ってギルドを目指す。重たい足取りでついたそこは、当たり前だが何も変わらない門構えで俺たちを待っていた。

「おお、遅かったの。ってかすごい討伐数じゃな。おーい!みんな今日はスバルのおごりじゃぞぉー!!」

「くぉるぁクレティアぁぁぁ!!」

 宣言した通りに、開幕一番クレティアの顔面めがけて飛び立った。だがそれは華麗によれられて、俺が殴ったのは机という結果に。痛い。

「なんじゃいきなり。発情期かくそがき」

「安心しろ。俺ぁじじい趣味はねぇ」

「はぁん?今はぴちぴちじゃぞ?松田聖子やケイト・ウィンスレットと並ぶくらいの美貌にしたんじゃからな!ほれほれ!」

「だからぁ!いちいちチョイスが古くせぇんだよクソジジイ!いい歳して女優にかまけてんじゃねぇ仕事しろ!」

「あぁあぁそうじゃすねー!さすが小説家(笑い)様は言うことが違うわい!」

「く……くぅぅ!!」

 なんだこれ!すっげぇ悔しいんだけど?つか何で帰ってきていきなり口論なんだよ。何だ俺らは。犬と猿か?

「おー!帰ってきたかスバル!ったくお前らの喧嘩聞かねぇと、仕事終わった気がしねぇじゃねぇかよ!」

「定着するの早くない!?」

 帰ってきて、またすぐみんなと馬鹿騒ぎか。こりゃ楽しいじゃねぇか。半端なく俺を楽しませてくれるじゃねぇかよ異世界!

 そんな俺たちの異常なテンションについてこれないハージュは、一人カウンターで馬鹿騒ぎを見ていた。それが気になって、俺も一旦馬鹿の群れから抜け出して。

「……賑やかじゃのぉ」

「……ですね」

「あいつら、体力バケモンすぎだろ……」

 信じられるか?こいつら、毎日こんな風なんだぞ。何日も持つ気がせん。でもまぁ、それはこの街のギルドがここしかなくて小さいからってのもあるんだろうけど。

 と、またムードに呑まれて聞きたいことを言いそびれるところだった。

「なぁ、お前が言ってたハージュがどうのって、何だったの?」

「……あぁ。それか。言ってもいいんか?」

 まじか。そんなにヤバいことなのか?なんだ?可愛い子には棘かなんかあったりすんの?借金持ちとか?

 俺に確認を取る前に、クレティアはハージュに視線を送る。女同士の以心伝心でもあるんだろうか。やがてハージュがこくりと頷いた。正直、心臓握りつぶされるくらい緊張した。オークの群れを相手にしたのよりも。

「ハージュはの。実はの」

「……おぅ」

「男じゃぞ」

 ……………………はぁ?

「はぁん!?」

「だから男だって!」

「そうです!僕、生っ粋のボーイです!」

「言葉わかんなかったわけじゃねぇよ!?」

 待て待て待て待て。男だと?そんな馬鹿な。まじか。極めて遺憾なんですけど?いや、こんな馬鹿なこと考えてる場合じゃないな。

 そうだ。こんな時、真っ先にやるべきことがあるじゃないか。

「……確認を」

「……えっ!……どうぞ」

 おいこら!顔赤らめるな!恥ずかしがるな!いやこれも相当無茶振りだけれども!いやいやいや。まさかそんな筈が。でもこれ、女だったら俺犯罪じゃね?しょっぴかれね?

 恐る恐る手を近づけて、そっと触って確認を。俺の触覚が異物の反応を確認。こりゃまじだ。あひゃひゃ。

 それじゃ何か。俺は今日の一日中、男相手にハーレムだとか言ってたのか?男の子を金髪ロリメイドとか言ってたのか?まじか……。

 そのショックは、一生忘れそうにない。海馬に刻み付けられた。野郎の俺にマグナムを触られたハージュは、なぜだかとても恥ずかしそうな顔をしていた。こいつ、そっちか?ガチか。

 この顔で、この体型で、この声で。まったくたちが悪い。でもまぁこれは、早とちりした俺が悪かったってことか。そうだな。うん。いやちげえ。こりゃクレティアがわるい。そうしとこ。

 馬鹿騒ぎする連中の声が鼓膜を震わせる中、俺は一人感慨に浸っていた。複雑な気持ちだ。でも、もう俺の腹は決まってる。ここまで来て男だから捨てましたじゃ、今までのクソ野郎どもと同じじゃないか。

「……なぁ、ハージュ。俺と正式にパーティー組んでくれ」

 あぁそうさ。こいつの魔法は役に立つ。そして何より、一緒にいて楽しいかが重要だろ?

「うぅ……。まさかスバルさんから誘ってもらえんなんて……。感激です!ぜひ、お願いします!」

 はい俺のパーティー成立ね!もう誰にも渡さねぇからな!

 理想の形とは随分違う。思い描いていた異世界生活とも。だがまぁ、たまにはこういうのもアリじゃないか。駄作だとか言われても、俺が楽しけりゃそれでいいや。

「っしゃあハージュ!杯交わすぞ!」

「はいっ!スバルさん!」

「バカヤロウ!俺のことは親分と呼べ!」

「わっかりました!親分!」

「……お前も相当古い人間じゃの……」

 新品の樽を一本まるまるぶち破り、直接コップですくって飲む。途中なんやかんやでみんな俺らの酒を集りに来たが、まあいいさ。今夜も祝杯あげてやるよ!

 今宵は満月。星の満ち欠けは地球と同じ。みんな今頃、何してるだろ。拝啓母さん。息子はちょいとばかり寄り道が長くなりそうです。まぁ、風邪ひかない程度に待っててください。

 この街で夜が更け、この街で朝が来る。俺の異世界ライフというやつは、どうやら満帆なスタートを切ったらしい。

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