第9話 穿て、俺の神剣!

一日の限界魔力を振り絞ったハージュは、切り株の上でぐったり休んでいた。そりゃあんだけ強力な一撃放てば、歩けなくもなるさ。なんならおぶって帰るって手もありだな。むしろ歓迎だ。

「歩けるか?」

「……いいんですか?」

「……ぐへへ」

 バカなんだろうか、俺たちは。初対面の人だぞ、相手は。しかもロリっ子ときた。これ下手したら、俺捕まってもおかしくないよな。

 だがまぁすぐに行くのは体力的にもキツイだろうと判断し、ちょっとここで休むことに。まぁ、言うても十分程度。あんま長いと、今度はまたオークが来るという可能性も。

「んじゃ、そろそろ大丈夫か?」

「はい。もう平気です!」

「……肩くらいかすぜ?」

 自分でも気持ち悪いくらい優しいよな、これ。でも可愛い子見たら、ついつい身体が勝手に反応しちゃってね。あ、いや、別に辺な意味じゃなくてね。

 そうして素直なハージュの肩を取り、さあ帰ろうとした。その時の俺は、どこか展開を読めていたかもしれない。それは即ち、自分が作者ならこうするだろう、っていう作者感というか。なんかそんなの。

「ブルァァァァァ!!」

「ゴルァァァァァ!!」

「バルァァァァァ!!」

 また気づかなかった。なんなんだこの森のオークたちは。みんな気配遮断のスキル持ちか何か?

 俺たちの周り、ちょうど木の影になっていた所から、目で見ただけでも10体のオークが現れていた。しかもそのどれもがさっきの暴れん坊よりも大きくて、はるかに強そうで。

 これは完全に予想外だ。そのあまりにも凄惨な光景に、俺もハージュも目を丸くしていた。足が震える。お互いの肩が恐怖を伝え合っている。

 わかっていた。あの最初の咆哮が、仲間への合図だということは。だが出て来るのがさっきのよりも強い。考えられる理由は一つ。

「……あいつ、一番下っ端だったんじゃ……」

「……訓練ってことですか」

「多分」

 そう。考えたくないけど、出て来るのはそれくらい。つまり、あの暴れん坊は、群れで一番弱い個体だったということだ。だから大人たちは経験を積ませるため、冒険者を襲わせた。その結果俺らが、勝手に奴がボスだと勘違いした。それだけ。

 そういや、町を出るときに門番の兵士に注意されたような。ある程度大型のモンスターは、魔法を使うから気をつけろ、と。

 そして、気配の遮断こそがやつらの魔法だったということだ。最悪だよ、クソが。

「…………こりゃ無理だな。逃げるか」

 そりゃそうだ。この数相手に、魔法使えない魔法使いと、一ミリも訓練受けてない戦士でどう挑めってんだ。幸いまださっき仕掛けた罠は余ってる。なんとかオークたちがそれにかかるのを待って、隙を見てハージュを背負って逃げるのが吉だろ。

「……スバルさん、僕置いてってください」

「……はぁ?」

 くそっ!こんな時に何言い出すんだ?このバカは!

 俺が焦燥と怒りのこもった目を向けるが、ハージュは言葉を撤回しない。まるでもう満足だと言わんばかりに、覚悟を決めた顔してやがる。

「……魔法が使えなくても、一応は近接戦闘できますから。スバルさんは、こんな所で死んでいい人じゃありません」

 なんなんだよ!この大バカ野郎は!なんだってそんなに俺を立てる?俺に何を求めてやがる!本気で置いて行こうか。一瞬そうも考えた。だって、こいつには謎が多すぎるもんな。

 クレティアが言いかけた、あの続き。なんなら今からゆっくり話してくれよ。いつまででも聞いてやるから。怒んないから。頼むから、そんな顔しないでくれ。

 オークが迫る。だが全速力で一気に間合いを詰めるなんて事はせずに、じっくりと。まるで自分たちがハンターだと言わんばかりに。どこで知恵をつけたのか。今すぐ丸焼きにしてやろうか。

 でも、こんなところまで来ても俺の心には迷いがあった。まだ神器を抜く事に躊躇いがある。嫌いなんだよ、この性格が。けどどうしようもない。俺は、俺ってやつは。

「……ふざけんな」

 怒ってんだよ!このバカに!クレティア以上に、どうしようもない馬鹿野郎に!

 気づくと、もうそこまでオークの巨体が迫っていた。そうだ。そのままこいデク野郎。罠にかかったら、唾吐きながら通り過ぎてやる。

 あと一歩。そう、そこだ!オークが足を踏み出した瞬間、大量のツタが森の中を飛び回る。大枚叩いて買ったトラップは、魔法を使わず実にエコ。迫り来るすべてのオークの身体を雁字搦めにすると、その食性を持って魔力を食いにかかる。

「行くぞ!走れ!」

「……はい!」

 いくら高級罠と言っても、いつまでも縛ってくれるわけじゃない。内蔵エネルギーが切れれば、それでただの硬い植物に戻ってしまう。それまでの猶予は約三十分。へろへろのハージュを担いで逃げても、安全圏までは十分いける。

 勝った。そう思ったさ。誰だってそうだ。そりゃ多少のトラブルはあったし、俺もそれを見越してなかったわけじゃない。

 だが、次の刹那に起こった事は俺の想像の遥か上をいっていた。

 実に優美に。まるで、午後のテラスで海を眺めているかのように。オークたちは笑っていたのだ。豚っ鼻がイラつく醜悪な面を歪ませて、家畜でも見るかのように。

「ゴルァァァァァ!!!!」

 どうせただの雄叫びだろうと。また仲間でも呼ぶんだろうと。そう思った。

 だけど違った。それは魔法だった。それも俺らが使えるようなちゃっちいのじゃなくて、まさに大魔導士級の呪文。初めて見る炎魔法。それは自分の体の脂肪を燃やし、あたり一面を火の海にする外法。

 ツタが燃やされ、オークたちは自由の身に。一方の俺たちは、炎の折に囲まれて出るに出られない状況に。野太い声の嘲りがおこる。

「くそっ!」

 片手でハージュを抱えたまま、【卍解もどき】に手をかける。だが、抜く前に俺の身体はまた宙に浮いていた。一瞬後に、身体中を衝撃が。神衣を通してダメージが地面に流れ、俺は軽く咳き込んだ。

 顔を上げ、やつらの方を見る。そこは炎のドームに囲まれて、先なんて見ることができやしない。だが聞こえてきた。ハージュの声が。必死に叫んで、うまく聞こえなくて。やっと判断できるような叫びかと思って耳を傾ける。

「逃げてください!スバルさん!」

 まだそんなことを言うのかよ。俺は俺が情けなくて、それでいて軽蔑した。だってよ、あいつはあんな必死に叫んでるのに。こちとら考えてるのは根拠のない陰謀だの敵がいるだの。

 ハージュはかろうじて張った一枚のガードステップに全神経を込め、オークたちの攻撃から身を守っている。だがそれは時間の問題。そんなのは明らかだ。

 俺の中で、何かが吹っ切れた音がした。ハージュがスパイ?神器を狙ってる?だったらなんだ。俺だってハージュを狙ってる。こりゃお互い様じゃねぇか。

 それに、俺は今かつてないくらい怒ってるんだよ。なんでかって?

「俺の未来のハーレムに、手ェ出すんじゃねぇデカブツがぁぁぁ!!」

 これに限るだろ!

 怒りに任せた俺の身体は、五次元袋に右手を突っ込んで。そしてそこから、ほぼ無意識に【ゲイ♂ボルグ】を取り出した。

 確認なんてしなくていい。照準もいらん。袋から引き抜いたそれを、力任せに投げ飛ばす。錆びた色した神槍は、空気を割いて一直線に。炎のドームを風圧だけで消し飛ばし、正面にいたオークの頭を丸ごと消滅させた。

 後に残った胴体が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。その光景に、ハージュを殴っていたオークたちにも恐怖が芽生えたらしく。

「ブ、ブルァァ!!」

 まるで蜘蛛の子を散らすごとく、一目散に別々の方向へ逃げ出した。あるやつは森の中。あるやつは泉の方へ。

 はぁん?

 逃がすわけねぇだろ。

「穿て!【天穿弓】」

 空に向かって弓番え、天に向かって矢を放つ。太陽の光で包まれた鏃は幾千もの毒と化し、森の方へ逃げた三体に降り注ぐ。当たるなり肉が溶ける神の調合した毒は、オーク如きに使うのはいささか勿体無い。

 もう既に、戦意のあるやつなんて一匹たりともいなかった。それは俺が怖いのか、それとも神器なのか。まぁ、百パー武器だろうな。そんなお前らにゃお仕置きだ。

「【風神扇】!」

 この世に一片たりとも肉片を残さんぞ。

 かつて天候をも支配したと言う伝説の武器。それを勢いよく二回振り払う。風が生まれ、流れができて。それは速度を持って、どんどん質量を巻き込んでゆく。

 そうしてだんだんと強力な自然現象と化したそれは、音速を超えて鈍色オークの背後についた。どんだけ早く逃げてももう遅い。気流に抗えば抗うほど、肉が吸い寄せられてゆく。そうして次第に皮膚が裂け、やがてオークは細切れになって事切れた。ここでまた五体。

 あと一体。そいつは炎を出した張本人で、群れのリーダー格らしく。大量のオークを片付けた俺に恨みでもあるのか?バレてるんだよ。背後にいることは。

 事もあろうに、そいつは仲間が死んでいるすきに俺を殺そうとしやがった。そりゃお前らは合理的な判断するのが本能なんだろう。だから俺は何も言わない。そこに関してはな。

「お前にゃとっておきをくれてやる」

 棍棒もって、勢いよく振りかぶる。生身の人間を何人潰したのか知らないが、それは随分と血で塗れていた。あぁ。それも自然の定め。

 だったら、今から起こるのは自然の定めなんかじゃ決してない。こりゃただの、神様の気まぐれだ。

「断て!【ゴッドカリバー】ァァ!」

 恒星のごとき輝きが、オークの視界を一瞬奪う。もうそれで彼の人生は終わった。

 三秒溜めたゴッドカリバーの威力。かなり抑えて抜刀したつもりだったんだが。まぁ、調節はまだ難しい。

 俺の先にある景色。そこには一本の木も無くなっていた。全部きれいに消し飛んで、神の光によって浄化されるんだとか。

 すっかりギャップになってしまった森の中。俺は倒れたハージュに近づいて、無理やり笑顔を浮かべてみせる。

「大丈夫か?立てる?」

 あぁ、使っちまったな、神器。まぁ別に、正直言えば敵に神器の性能が割れたところで、このチートに対抗する手段なんてそうそうない。それこそ、俺と同じ神器持ちを雇うくらいか。でもそいつらにしても結局武器はあるわけで。だから金に困ってることなんてないだろ。

 差し出された俺の手を、恐る恐るとるハージュ。震えていた。恐怖と興奮のせいか、すっかり体温は上がってしまったらしい。あったかいのは嫌いじゃないぜ。いいよな。

「……す、すごいですね……」

 完全にポカン顔のハージュ。そりゃそうだ。まだレベル4の駆け出し冒険者で、見た目も弱そうな男が一瞬で森を更地に変えたんだからな。

 何はともあれ、これで一件落着だ。もうこれ以上でてこんだろ。まぁ、出てきたらそれはそれでお金になるからいいのだけど。

「早く帰って飯でも食おうぜ。今日はパーティー組んだお祝いに、俺が奢るよ」

「ありがとうございます……。でも、ちょっとすいません」

「ん?あぁ……」

 申し訳なさそうに謝るハージュを見て、俺はようやくさっきの状況を思い出す。そういやハージュ、魔法の使いすぎで動けないんだった。

 背中に彼女の重さを感じながら、俺たちは夕暮れに染まる草原を歩いていた。赤々と染まった草が燃えているようにゆらゆら揺れて、それに呼応するようにハージュの髪が俺の視界でちらちら揺らいでいた。

 相当疲れたんだろう。さっきから俺らの間に会話は殆どない。申し訳なさそうに、体縮こめてるがな、こういうのは素直に力まない方がいいんだぞ?にしてもこいつ胸ないな。でもまぁ、そこは女の子特有というか。やっぱ柔らかい。

 首筋にかかる彼女の吐息が、時折俺の煩悩を暴走させようと企ててやがる。今の俺は危険だぜ?そりゃもう、次やられたら我慢できないくらい。

「……スバルさん」

 おおっと。思った側からこれか?フラグってやつなのか?神様仕事しすぎだろ。

「ん?」

「……やっぱり、スバルさんは僕のヒーローです」

 ん?聞きなれない単語が聞こえたな。俺がヒーローだって?

「……そう?」

「そうです。絶対です。初めてスバルさん見た時から、ずっとそう思ってました」

 会話のレールが敷かれれば、あとはそれに従うだけ。でもちょっと聞きたくなってしまった。このタイミングで、このシチュエーション。シリアスなら今しかないよな。

「……ハージュはさ、なんでそんな俺のこと慕ってくれてんだ?俺なんてまだこっち来て二日だぜ?」

「…………えっと、それは……」

 そうさ。俺はこれが聞きたかったんだ。別にどんな理由でもいいけどさ、わかんないままじゃ怖いじゃん?

 静かに歩きながら、気長に待っていた。まだ街まではしばらくかかる。ゆっくりでいいぞ。聞ければそれで。

「スバルさんを初めて見たのは、昨日のお昼です。クレティアさんをオークからすくったところを、たまたま見つけて」

 あぁ、アレか。あん時は俺もだいぶ驚いたぞ。主に別の意味でだが。にしても、あれ誰かに見れてたのか。周りに人いないと思ったんだけどな。

「それで、女の子守れるってかっこいいなって。その次に見たのは、塔の上から弓を射ったスバルさんでした」

 ハージュは語る。俺が知らなかった俺のことを。

 昨日、俺が不正に経験値を稼いでいた時。あの時ハージュは、五人でパーティーを組んで森へゴブリン狩りに出かけていたらしい。んでもって途中で逸れて一人で歩いていたところを、大量のゴブリンに囲まれたのだとか。

 一人で頑張れる量じゃなく、結局は今日と同じ感じに。でもそんな時にゴブリンを全滅させたのが、無差別に放たれた【天穿弓】だった。帰ったらすぐにギルドへいって、俺の名前を確認したんだとか。

 そんだけかって思ったけど、当人からしてみれば俺は命の恩人なわけか。まぁ、分からなくもない。

「……でも、本当にスバルさんをすごいって思ったのは、実は宴会の時なんです」

 ほほぅ宴会ね……。宴会!?お前それ、俺ただ酒と飯かっ喰らってただけだぞ?まじか?アレか?よく食べる人に惹かれる的な?それはそれでいいけどさ。

「僕、あんまりお酒の席って得意じゃないんです。人と喋るのも。だから、初めてなのにあんなに馴染んでるスバルさんがすごいって思って、一緒にパーティー組んだら楽しいだろうなって。……ほんとにそうでした。スバルさんは面白いです。かっこいいです」

「おいおい、それは褒めすぎではないのかね〜」

 でれでれだった。これ以上ないくらい照れていた。もうそれは、顔がタコなんじゃないんかってくらい。

「……そんだけ?」

「……?はい」

「…………ははっ」

「??なんです?」

「何でもねーよ」

 はぁん。こりゃ笑うしかねぇや。聞いたかよ。たったこれだけだったんだぜ?俺が考えてた下らない案なんて、あるはずがなかったんだ。

 肩にあったハージュの目を見る。うん。よくわかんねぇけど、嘘はついてないっぽい。勘だけどさ。でも、今はそれでも文句ない。

 馬鹿なこと、今日一日中考えてたんだな俺。こりゃクレティアにアホアホ言われても反論できん。まあいいさ。平和が確約された今なら、いくらでも罵られていい。

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