第8話 初めてのクエスト、緊張です!

「ほれ。これなんかどうじゃ?オーク討伐。報酬は歩合じゃぞ」

「オークて……。こないだのアレだよな?まぁ、いけるんじゃね?どう?ハージュ」

「そうですね……。多分いけると思います。ではこれで」

「うーい」

 部活の練習が始まる時のような、この世から消えゆくのではと思えるほどの脱力感を醸し出し、書類に事項を書き込むクレティア。正直クエストかー。あー、うん。全然いいんだけどね。行くぶんにはね。

 さらさらペンを走らせながら、一ミリもわからん文字を書く。そのうち覚えなきゃな。

「ほれ。んじゃ契約の印押しとくんじゃぞ?わしは裏行ってるからの。終わったら勝手に行っていいぞ」

 用紙を台に置いて、クレティアは裏へ消えてった。読めないけど確認を。一応今日のうちに、書類の見方だけは教えてもらっていた。なんか、真ん中の空欄が名前を書くようなのだとか。

 おもっくそ日本語で名前を書きなぐってやり、最後に拇印を押す。これでギルドとの契約が完了らしい。モンスターを倒したら、自動で経験値が割り振られるのだとか。いいね、これ。オンゲーよりもはるかに楽よ。

「……それじゃ、行きますか?」

「俺はいつでもいいよ。ハージュは準備おっけー?」

「ばっちりです!スバルさんと一緒にクエスト行くために、昨日から準備しましたから」

 あぁ、この子はいい子すぎる。俺にゃ勿体無いくらい。

 フィルさんに書類を提出し、ギルドから去る。オークの生息地は街から結構離れた森の中だ。でもまぁ、余裕で歩いて行けるくらい。んでもってよく初心者の初クエだとか、武器の試し斬りにも使われているらしい。なんかかわいそうだな。

 まるでデートに行くかの様な気分で街を歩く俺。ついつい寄り道して、クエスト前なのにクレープを購入してしまった。やべぇ。今完全に、クエスト行くんだってこと忘れてたよ。

「ハージュはこれが初クエ?」

「……昨日パーティーを組んで行ったんですけど、弱いからいらないって……」

 おお……。こいつは結構重たそうな話題に踏み込んじまった。思えばこの十七年、他人から弱音吐かれたことなんてあんまなかったな。小説仲間がスランプんなったって喚いてた時くらいか。

 しかし、こんな可愛い子を弱いからという理由だけで解雇するとは。かくも、冒険者稼業は厳しいんだな。まぁ、俺は強かろうが弱かろうが等しく囲うんだけどな。目標はハーレム!異世界来たならこれしかない。

「まぁ、俺らはお互い助け合ってこうぜ。まだレベル低いし、俺の方が助けられるかもしれんしなー」

「……うぅ。ありがとうございます。やっぱり、スバルさんはいい人ですね」

「お、おぅ。ハージュの中の俺はどんなやつなんだ……」

 あるぇ?なんで俺こんな高評価なの?そう言えば、昨日俺のこと見たとか言ってたよな?でも昨日は俺が異世界来た1日目だぞ?会ったっつったって、そんなの夜の宴会くらいでしか……。いや、昨日ハージュは来てない。だったらなんで……。

 そんな事を考えていたら、いつの間にか城門まで辿り着いていた。見張り番の兵士にクエスト証明書を見せ、壁の外へ。そこには、昨日見た通りの無限に思える草原が広がっていた。

 初めはいやだったはずなのに。神様を転生させて、神器持ってまで異世界来て。だけど俺にとって唯一の救いがこれだ。この世界なら、永遠に物語を書き続けられそうな気がする。

 地図で指定された場所まではここら歩いて三十分ほど。低レベル帯なここら辺は、俺らみたいな少人数パーティーから大規模なものまで、色んなのが見受けられる。

 それぞれスライムを狩るやつ、大型モンスターを集団で襲うやつなどなど。実によくテンプレに沿った光景があった。

 ハージュとぺちゃくちゃ喋りながら歩いていると、時間と距離はすぐ過ぎ去った。体感時間で五分くらい。ここはもう、大樹の森だ。

 周りを見れば、巨大なビルほどの木々が立ち並び、それが先も見えないくらい続いている。なんだこれ。陰樹とか陽樹とかの概念超えてやがる。

「見てくださいスバルさん!五本角ヘラジカですよ!僕、初めて見ました〜」

「かっけぇなおい!めっちゃ森の主感でてるじゃん!」

「焼いたらめっちゃ美味しいらしいですよ!狩ります?」

「帰りに余裕あったらな。体力は残しとこうぜ」

「はい!」

 ハージュはまさに元気溌剌という言葉が似合う。ギルドに来た時はもうすっかり怯えたリス状態だったのに、俺と二人だとこれだよ。そして何より、彼女はとてもスキンシップが激しい。

 これは俺が日本人だからなのだろうか。とかくハージュは、事あるごとに俺の腕を掴んではない胸に押し付けて、嬉しそうに話しかけてくるのだ。なんで?ここまで無条件の信頼を置かれたら、俺逆に怖くなるんだけど?でも可愛いから許しちゃう。

 時折モンスターの鳴き声のようなものが聞こえるが、まだ本命が出てくる様子はない。ただ、俺は迷っていた。もしここでオークが出て来たとして、俺は神器を抜いていいのだろうか、と。

 ハージュは間違いなくいい子だ。信じてもいいと思ってる。何より、他人を見る審美眼が確かなクレティアが何も言わなかったのだ。もしこいつが邪な考えで俺に近づいて来たんなら、神器の保護を最優先に考えるあいつが教えないはずがない。

「……緊張しますね」

「…………いつ来るかわかんねぇしな」

 だが俺がハージュと今一つのところで線を引いている理由。その最たるものは、彼女の態度にある。

 普通に見ていればまず何も不自然はない。だがここに来るまでに、彼女を不審に思ったことはいくつかある。まず一つ、ここに来るまでにかかったのは約一時間。その間に休憩は二回とった。俺は一度トイレに行ったんだが、まだ彼女は一度も行ってないのだ。水もたっぷり飲んでたし。男より女のがトイレが近いのはこの世界でも同様だ。それは朝クレティアが証明してくれた。

 そして最大の謎にして理由。なぜそこまで俺を信頼しているのか、という点である。仮に昨日会ったとしよう。それでなんでここまで警戒心なく話せるんだ?それが異世界流なのか?

「ここらで一旦待ち伏せしてみよう。罠も持って来てるし」

「……はい。僕、設置してきますね」

 一人称が僕なのは、まあいいや。可愛いし。ボクっ娘メイド。うん。理想で至高だな。

 神器を狙った誰かの手先か?俺の考えすぎならそれでいい。辺り一帯にオーク用の拘束罠を設置しながら、今更ながら全力警戒の俺。

 汗が垂れる。森の中は涼しいが、脂汗ってやつが出てるんだなこれ。昨晩ギルドにいた連中はまだ理解できる頭の構造をしている。でも、ハージュが何を考えているか。それが俺は知りたかった。ほら、せっかくのパーティーなんだからさ。一連拓植と行こうぜ。

 後ろでかさかさ音が聞こえる。どうやらまだハージュは設置中のよう。その時だ。俺の頭ん中に、突如クレティアの声が流れ込んできた。

『……あー、わしじゃ。わしじゃからな?わかっておるか?わしじゃぞ?』

 なんだこいつ。新手のわしわし詐欺か?馬鹿なのか?暇で暇で死にそうなのか?

 一晩その地の枕で寝れば、まあ大抵は順応できる。それが俺の自慢ポイント。そして、その長年の勘から察するに、これは遠隔伝言の魔法ですね。

『さっき思い出してな。言っとこうかと思ったんじゃが、少し遅かったかの?まぁいいわい。今からでも遅くない。……貴様ももう気づいとるかもしれんが……ハージュは』

 ぶつっ。例えるならそんな音が頭の中に浮かんだ。焦る。そりゃもう、ここにきて一番くらいに。でも、もうクレティアの声が聞こえることはなかった。

 なんだ?何があった?まておい!なにとんでもねぇ所で話ぶった切んてんだくそ神ぃぃ!!やっぱ肉だわ!

 あいつが言い残した言葉。ハージュは……。何なのだろうか。敵か?それとも警戒しろか?

 下手に想像力があるせいで、俺は答えを見つけれないでいた。だからなんだろう。目の前に迫る、必死の形相をしたハージュに気づかなかったのは。

「スバルさんっ!」

 その声にハッとし、反射的に顔を上げる。そこには、目を見開いて俺に向かって手を伸ばすハージュの姿が。気づかないうちに、俺は【卍解もどき】に手をかけていた。あと一歩踏み込まれていれば、間違いなく剣を抜いていた。

 だが違う。そう悟った俺。なぜなら彼女の目は、俺のことなんて見ていなかった。ハージュの視線が刺さっていたのは、俺の後ろの木。その形相たるや、まるで化け物でも見つけたかのような。

「……っ!」

 その答えは一瞬だった。右側から大砲に撃たれたみたいな衝撃が来て、それを感じた時には身体は宙を舞っている。

「ってぇ!」

 木をなぎ倒しながら一直線。俺は二本の大木をぶちおってようやく地面と足をくっつけることができた。

【KAMIKURO】のおかげで殆どダメージはないが、それでも目が回ったことで平衡感覚はひどく失われている。頭を殴って、無理やり視界をクリアーに。映ったのは、深緑色した化け物と、それに立ち向かうハージュの姿だ。

「大丈夫ですか?!スバルさん!」

 目の前のオークに注意を払いながら、大声で叫ぶハージュ。それでようやく、自分がオークに殴られたのだと気づく俺。ぜんぜん気づかなかった。気配なんてのも、全く。

「大丈夫だハージュ!それより!」

「はい!こいつがメインターゲット、コード暴れん坊です!」

 モンスターの大量討伐というのは、基本的にどの個体を倒しても値段は同じらしい。だが例外的に、一匹で報酬の三倍はあるやつがいるのだとか。それは人間側で危険指定されているモンスターで、冒険者や行者が被害に遭うと付けられる二つ名の怪物。

 その体躯はまさに神話やら物語に出てくるそのもので、鍛え上げられた筋肉なんかは俺の貧相なのとは比べ物にならない。涙袋の下の傷跡に、片方折れた角。間違いない。これが今回の二つ名だった。

「ブルァァァァァ!」

 俺らを怯えさせるように咆哮し、その丸太ほどの巨腕を振るう暴れん坊。だがそれは、ハージュの肉体強化の前に阻まれた。

「ガードステップ、4ビート!」

 よく目を凝らさないと見えないが、確かにハージュの周りには薄い緑色の層が展開されている。それが二枚三枚と割られ、だが最後の一枚が持ちこたえた。

 が、できたのはそこまで。いくら肉体強化が専門とは言え、まだ彼女はレベル2か3程度。オークを一人で相手できるほどじゃない。

 攻撃に転じようとしても、その巨体ゆえのスピードにどうしても防御に回らざるを得ない。だがそんな消耗戦じゃ、スタミナが先に尽きるのは目に見えている。

 多分、これこそがハージュの解雇された最大の理由だ。本来魔法職は後方でみんなにバフやらスクルトをかけるもの。だがハージュはそれを自分にしかできないのだ。体力のない魔法が前衛で、できることは自分の守り。仲間が悪けりゃお荷物にもなる。

 理解した。からこそ、俺は彼女を救いたい。あの罠さえ発動すれば、残りの魔法全部攻撃につぎ込める。それなら仕留めれる。それに、それなら俺が神器を使うまでもない。

「五秒持たせろ、ハージュ!」

「はい!」

 纏わり付いてくる筋繊維を引き千切り、限界のその先を。筋肉痛など知ったことか。肉離れなど考慮せん。

 オークがハージュに気を取られているうちに、後ろに回って罠の線を切る。瞬間、大量のツタがオークの身体を雁字搦めに縛り付けた。さすが高級品。借金して買っただけはある。

 なんでもキープという、建築にも使われるほど強力なツタだそうで。だからオークが全力で筋肉解放しても、千切れることはまずない。

 チャンスは作った。あとは任せたぞ!ハージュ!

「いっけぇぇぇぇぇ!」

「ブレイクステップ!8ビート!ブラストインパクトぉぉ!」

 攻撃用の筋力強化8枚重ねに、殴った対象が炸裂する魔法。最悪の組み合わせだ。絶対食らいたくない。を、遠慮なしにオークの心臓めがけてハートブレイク!

 ハージュの残り使用回数全部持っていったその攻撃は、堅固なオークの肉体を背中まで貫通した。当然一撃で絶命し、その場に崩れ落ちる。

 この世界じゃ、死んだ生物は光になって消えるなんて事はないらしい。ギルドにはもう契約書を通して報告が入ってるだろう。いくらだ?今日はみんなに酒でも奢ってやろうかな。でもその前に。

「やりましたね!……あ、すいません」

「……いや、気にすんなよ。うん」

 そう。アレだけの爆発が起これば、当然血も飛び散るわけで。んでもって、オークの真後ろで罠を発動させた俺に、逃げる時間なんてあるはずもなく。したがって俺は今、トンデモナイくらいオークの血で塗れていた。うえ。くっせ。

「……もっと狩ってく?」

「……すいません。もう魔法使えないです」

 今回の目的はオークの群れを討伐という事だが、二つ名を倒したのだからそこら辺は大目に見て欲しい。まあどうせ今頃俺の戦績を見たクレティアから、今日はおごれなんて連絡が来るだろうけど。

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