第6話 駄女神様と同衾生活

「……くっそ……。いてぇ……」

 喧騒の後味が残ったような空気の街中を、俺とクレティアはたどたどしく歩いていた。背中に温かみを感じて。なにやら胸だとか尻だとかをちょくちょく触っているが、そんなの楽しんでる暇はない。

 あの駆け付けの一杯を飲んだ後、俺は倒れてしまったのだ。初めてなのにあんなことしたからだな。あぁ、母さんごめん。息子は不良になりました。

 頭がくらっときて、目を覚ましたのは日をまたいだあと。その頃にはもうみんな自分の家に帰っていた。これで明日もクエスト行くと言うのだから、冒険者の体力には驚かされる。

 んで、なぜ俺がこのジジイを運んでいるかというと、まぁ、ちょっと面倒くさい事があったからで。酔いつぶれたガディたちが帰ったあと、残されたのはフィルと俺とクレティア、それにギルドのオーナーだけだった。そんで二人は片付けをしなきゃならないし、かと言ってクレティアを放って置けない。飲み潰れて次の日は確実に頭が痛くなるから、なるべく連れ帰って休ませたいとのこと。俺はもう痛いけどね。

 ちかちかと疎らについた灯火が、視界で揺れてまた眠気を誘ってきた。でも頭痛がそれをリジェクト。そんなことを何回も続けていたら、当然体力も底をつきそうで。

 というかそもそも、人一人おぶって帰るなんてのが無茶なんだ。いくら近いったって、そりゃこいつ一人ならの話だろ。二人だと速度半分以下だよ?しかもこいつは起きる気がないし、このやたら無防備な姿がめっちゃ色っぽいし。

 やめろ俺ぇ!これはジジイ!そう、これはあくまでヒゲ生えたジジイなんだよ!ホラ!そう見えてきただろ?ジジイだろ!ジジイっていえよ俺の身体!

 限界した肉体は正直だった。でも、頭は理性が働いてしまっていた。踊る心臓。罪悪感と拒絶でぶっ壊れそうな心。こいつ、まさか俺を殺す気か?もしかして実は酔ってなくて、俺を試しているのでは。

 またもや都合のいい解釈をして、なんとか自制心を呼びかける。じゃないと今にも酒の勢いで頭ふっとびそうだよ。あぁ、アルコールってすげぇな。大人はこんなの毎日なのか?

 フィルさんに渡された地図通りに進んでいると、思ったよりも早く家に着いた。クレティアは宿屋の一室に住んでいるらしい。実家かと思ったが、どうやら上京してきたのだとか。

 眠りこけるジジイの鞄を勝手に漁り、鍵を確保。週刊誌の記者がいないかちらちら辺りを確認し、さっと中に入る。あれ?俺って犯罪かなんかしたんだっけ?

 部屋の中は真っ暗で、電気なんてあるはずがなく。ランプを見るに、炎系の魔法で火をつけるんだろう。無理じゃないか。この暗い中、俺にどうしろと?

 とにかく最低、この背中の駄目神を布団なりベッドなりに放り投げなければ。室内に入ったせいで、ひどく匂いが鼻につく。シャンプーとか、石鹸とか。こいつ、やべぇ。

「……んにゃ?ここはどこじゃぁ?」

 うわっ!撤回すんわ!こいつ酒くさっ!

 百年の恋も冷めるような激烈な酒の匂いに、俺の頭も正気を取り戻す。よかった。勢いで大気圏突破するところだった。うんうん。やはり酒の力は偉大だな。

 呂律が回ってないクレティアさん。タクシーかのぉ?なんて言って俺の顔をぺちぺちと。顔があれで、声がよくて、おまけに体まで密着していて。だから俺にも甘さというやつが芽生えていた。じゃなけりゃ今すぐ一本背負いかましてるわ。

「灯りつけろよ。使えんだろ?魔法」

「はぁぁん。……むり」

 そう言ってクレティアは、何もせずにがっくりと項垂れた。それも俺の背中で。また体重が余計にかかって、足と腰に多大なる負荷を。明日筋肉痛かな。

 これだから酔っ払いは。うちの親父と一緒じゃねぇか。とは言えこいつは親父よりもふた周りは軽い。だから家に入ってしまえば、運ぶの自体は辛くない。

 背中に暖かみを感じたまま、とにかく部屋の中へ。ワンルームの内からベッドを探し出し、そこに旧式一本背負いで優しく投げ飛ばす。ぼよんと綺麗に反発し、クレティアは見事ど真ん中に陣取った。

 俺もそろそろ眠気が襲ってきていたので、そこらの荷物をどかして寝ることに。部屋は汚かった。物だらけだった。こいつに収納術を教えたかった。そういやあの神殿で暮らしてたんだもんな。そりゃ得意なわけないか。

「……起きてるか?」

 声をかける。期待はしてなかった。ただ、なんとなくこの暗闇が寂しげに映っただけ。が、俺の予想に反してクレティアが返事を。

「……おう」

「……ここって、毎日あんな感じなのか?」

「まぁ、大体そうじゃな……。だが、いつここが魔王に攻められてもおかしくないのも事実じゃの」

「……そうか」

 薄暗い部屋の中、聞こえるのはお互いに呟くような小声だった。言葉の節々に眠気を込めて、相手に押し付け合う。特に意味はないが、そんな事をしていた。

 こうしていると、不思議と俺の気も紛れてくる。明日から逃げられないこの世界で頑張らなきゃなんないんだろ?だったら初日くらい許してくれよ。

「ほんとに肉ってつけたんだな」

「お前がくる予定じゃったからの……。美少女なのにこんなのついてたらいい笑いもんじゃろ?」

「ほんとクソジジイだよな」

 憎まれ口を叩いても、二人してそれを受け流し合う。どうでもよかった。そんな過去のことは。

 問題なのは今からなんだよな。明日には街の外に出れるレベルになるだろ。あぁ、できるならいいやつがいいな。パーティーメンバーは。今日の晩酌に鑑みると、まぁ、新人は俺一人なんだろう。だからあんな樽を一気で……。やべ。思い出したら吐き気が。

 そこそこ仲良くなれたと思うし、着いてくくらいならできそうなんだけどな。でも神器って見せていいもんなのか?これはあのパターンが待ってるんじゃないか?ほら、寝てる時に奪われるだとか。

 だが俺はそんな使い古された主人公になるつもりはない。神器を見せるのは限られた人物だけにしよう。うん。なんかこれもフラグな気がするぞ。

「…………のぉ、スバル」

「……あん?」

 静かだった。月明かりだけがカーテンの隙間から入っていて、ぼんやりと部屋の中が窺える。

 だからはっきり聞き取れた。クレティアのその言葉を。一体どこの神様だよって言いたくなるくらい。でもかなり人臭く染まってしまっていて。

「……すまんな。こんなことになって」

「……謝んなよ。別に俺だけじゃねえし。文句言っても始まらねえし」

「そうか……。それじゃわしはもう寝るぞ」

「はよ寝ろ酔っ払い」

「襲うなよ?いや、ワシとてわかっておるぞ。貴様が思春期男子だということは。しかもワシに性別はない。じゃがまぁ……。なんかお前は嫌じゃ」

 あぁん?!さっきまでいい話してたと思ったら、なんですこの仕打ち。馬鹿なんですか?それとも天然なんですか?1秒たりとも真面目になれないのは、なんかもうそういう運命なんですか?

 喉につっかえた言葉を無理やり飲み込んで、記憶の中から消しておく。やめとこう。もう知らん。二度とこのクソジジイと真面目な話をするもんか!けっ!

 すーすー聞こえる寝息。布団をかぶって遮断した。何にも聞こえないように。この世界に、一秒でも早く馴染めるように。

 クレティアの毛布からは、芳香剤と果物の匂いがした。

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