第5話 異世界はとてもいい世界だ!

沈黙した冒険者たちに、フィルさんが散れ散れと解散の合図を。まず最初に後ろにいた奴がクエストに行った。それにつられる様に、次々と人混みは消えて。

 やがて誰も俺に興味を示さなくなって、ようやく落ち着けた。舌打ちしてクレティアを睨む。こいつ、にやけた顔で優雅に紅茶飲んでやがった。ギルドごと吹き飛ばすぞ?

「……んじゃ、俺もクエストでるわ」

「なんじゃ、もう終わりか。いやぁ、久々に楽しかったぞスバルよ」

 あぁ。君はそりゃ楽しかったろうね。俺があんだけ人に妬まれるのを、口一つで操れるのだから。改めて、俺は美女のチートさを思い知っていた。

 とはいえ、もう落ち着いたし、やはりここは冒険者ばりにクエストにでも行きたくなる。他の奴らも、別に悪い奴じゃないのはわかったし。とっとと金貯めて、魔王のところ行って終わりたいんだよ。

「このギルドで一番難易度高いの持ってこいよ。神器ありゃいけんだろ」

「……はぁん?お前、何言っとるんじゃ?」

 またまた呆れ顔をしながら、俺の前に一枚の紙片が差し出される。なんだその顔は。俺を心底馬鹿と思ってるような、なんかムカつく顔なんだけど。

「ここに書いてあるじゃろ?レベル1の初心者は、外のクエストに行く際は二人人組以上って」

「……まじか。読めんだ」

「それに、お前が受けれるのはせいぜい初級から中級。アレじゃ。まだ村クエじゃ」

 予想はしていた。多分クエストにレベル制限はあると。だが、二人一組なんて聞いてない。やっちまったな。詐欺だ。いや、書いてあるから俺が悪いのか?

 ……実に一ヶ月ぶりに、言語を学ばなければと危機感を覚えた俺。はぁ、とため息をつくクレティアを端目に、さらりとギルド内を見渡してみる。でもいるのは強そうな御仁や、どう見ても荒仕事系じゃないおばさんばかり。さっきのやつらはもう行ったよもう。

 別にルールなんて破ってもいいのだが、それだと連れてきたクレティアが罰を受けそうで。俺が助かったのも一応こいつの神器のおかげであるし、まぁ、そこまではしませんよ。けど、困ったのもまた事実。

 レベルを一つあげるのに、どれくらい時間がかかる?仮に子供の頃からやっとかないと上昇しないとか、そもそも体の作りが違う俺は無理とか。そんなんだったら絶望だ。

「あ、これとかどうじゃ?城壁の上から、時刻を知らせる花火を打ち上げるやつ。結構いい時給じゃぞ」

「おぉ。楽しそうだな。上からモンスターとか狙撃していい?」

「ダメに決まっとるじゃろ。鳩か?」

 こ、こいつ。いつしばこう。今日の夜か?いやダメだ。それじゃ街の人に殺される。

「街の外でなかったら、どうやってレベルあげんだよ?」

「クエストこなせば、こっちで勝手に割り振るって仕組みじゃな。モンスターは用紙に記録される」

「俺、オーク的なの狩ったよな?その前にスラキンも倒したし」

「ギルド登録前じゃったからな……。残念てへぺろ」

 可愛かった。悔しくもどきっとしてしまった。いかんいかん。中身はじじいだと言うのに。

 何を言ってもモンスターハントは出来そうにないので、仕方なくさっきのを受けることに。神様も自分の神器が使われないのが悔しいのか、俺に早くレベルを上げろと言ってきた。

 とりあえず今日はそれだけ。パーティー募集の張り紙を作っといてくれるらしいので、俺はほぼ丸腰で壁に向かった。

 初めは綺麗だと思った街も、住んでるやつを知ればなんだか親しみが湧いてきて。地理も住所もわかったもんじゃないが、一つまみの親近感が、俺の中に出来つつあった。

 城門の兵士にクエスト許可証を渡し、階段をこんこんと。心もとない手すりしかない階段は、その長さ実に三十メートルを超える。落ちたら死ぬ。それだけが俺のメモリーを食っていた。高いとこから見下ろす街並みは、それはそれは美しく。ちょうど上について眺めると、向こう側の草原と合わさってみえて、とてつもない開放感を運んでいた。

 城壁の上から、街とは逆の方向を。彼方に見える連峰と、その先にあるであろうまた別の国。俺の中には尋常じゃないくらいのわくわくが押し寄せていた。

 兵士さんが言うには、そこらへんに影時計があるとのこと。原始的だな。だがしかし、上下水道の整備に、空気の浄化。ここら辺はなかなかレベル高いんじゃない?俺てっきり、中世ヨーロッパ並みの衛生観念を覚悟してたよ。

 ちょろりと歩き回り、時計を発見。十進法はどこの世界でも共通なのだろうか。それとも、単に神様がそういう世界を選んで送ってるんだろうか。

 なんか三時っぽいところに針が乗っかってたので、そこででてくるは俺の任務。預かってきた尺玉を取り出し、火打ち石をスタンバイ。なるべく高く飛ばして、街の中には入れるなだと。

 柵の周りに転がっていた筒を持ち、さぁどうしようかと思ったわけよ。そういえば、俺打ち上げようの火薬もらってないよ?これ導火線から直接爆発するやつだよな?はぁ?

「……はっ!そうか!これが試験か……!」

 なんてどうでもいいことに頭が回ってしまったのだろう。でも、楽観的にでもならないとやってらんないよね。この世界は手厳しい。もっとチートだせよ!城か孤児院か居酒屋よこせよ!神様なら流行り取り入れろよ!

 文句を言ってても始まらないので、さてどうするかと脳内会議。取りに戻ると時間がやばい。かと言って、俺の力じゃ爆発に巻き込まれるわ。でも風邪系の魔法は使えんわ。困ったワイ。

 落ち着け、俺。そう。こういう時、俺はできるやつなのさ。あぁ。きっと。

 はっとぴーんと閃いて、手を伸ばしたのは五次元袋。映画の青狸ばりにあれでもないこれでもない言いながら、何とかお目当の道具を探し出す。

「てれてれってれー!【風神扇】!」

【風神扇】一つ振れば竜巻が、二つ振れば台風が来る。

 これにのっけて吹っ飛ばせば。なんだかいけそうな気がする。ついでだし、この際にいろいろ神器の性能を試すのも悪くないよな。

 まず手始めに、三時の鐘を鳴らしてやろう。左手の尺玉に火をつけ、急いで扇をふるって飛ばす。なんか、バトミントンのサーブをしている気分。

 神の兵器で打ち上げられたその音花火は、爆風を纏って大空に舞った。そして見事火は消えることなく、街全体に爆音を響かせた。

 なんだってこんな馬鹿でかい爆弾飛ばすのかと思ったら、なんか今日は祭りらしいのだ。鐘とかもっと他にあるだろう。でもまぁ、そこそこの時給なのでよしとしよう。もう深く考えん。

【風神扇】の力も確認できたところで、さぁ俺は超暇に。次は一時間後か。はっきり言ってやることねぇな。

 壁の上はほとんどと言っていいほど何もない。たまに前のやつが置いていったであろう、空の瓶やら本があるくらい。でも字読めねぇし、意味ねぇし。

「……ここは、定番のあれだな」

 キョロキョロと周りを警戒する俺。こんなところに誰かいるわけないが、一応ね。

 人の影一つないことを確認すると、俺は持っていた【五次元袋】から適当に神器を引っ張り出した。今のうちに、どんなんあるのかとか、それの能力とか確かめとこう。戦いでまごつくのも嫌だしな。

 クレティア曰く、もう何本かはこっちの世界に持ち込まれてるらしいんだが。でもおかしいよな。一つだけでも充分チートな武器なのに、それ持ってるやつがまだ魔王倒してないなんて。どんだけ危険な世界なんだよ、ここ。

 向こう側にそびえる、雪をまとった山を見る。今頃あそこでは、モンスターと人の戦いが繰り広げられてるんだろうか。五人とか六人とかのパーティーで、みんなで連携しあって。

 あぁ。やべ。なんか悲しくなってきた。現実世界ではある程度充実してただけに、まだ踏ん切りがついてない。こんなの高校生に要求するとか。神様酷すぎだろ。

「くっそぉぉぉぉ!!」

 大空に向かって毒を吐き、大地に向かって石を投げる。当たったらごめん。

 はあはあと息を切らす。よし、一旦頭を落ち着けよう。このままだと、本当にホームシックにかかりそう。

 適当に袋をひっくり返し、目に付いたやつを手に。始めに持ってみたのは、【天穿弓そらがりのゆみ】。なんか、放つと勝手に飛んでってくれるらしい。そんで、天に向かって撃つと炸裂して毒の鏃が落ちてくるのだとか。

 怖っ!なにこの完璧な殺人兵器!誰だよこれ作ったやつ。俺、なんか自分の手が恐ろしくって、おちおち持てねぇじゃねぇかよ!

 限りなく危険な匂いのする情報が流れてきたので、とにかく記憶をなかったことに。そこらへんに投げ捨てて、もう知らんことに。あんなの間違えて番えでもしたら、まじくそ物騒じゃん。

 お宝鑑定をする人ばりに、次々出しては用途を考える。もともと小説を書いてただけあって、妄想力だけは人より自信がありますよ。えぇ。でもね、俺が考えるのはほとんどが仲間だとかそのほか大事なもんのために振るう神器なわけで。だから、こんなのほほんとした世界じゃ今のところ使い道はなさそうで。

 例えばこの、【KAMIKURO】の服ね。これは、なんかどっかで見たことあるぞ。あぁ。そう。あれだ。火鼠の衣。多分その性能に、耐水、耐風、耐魔力やら防刃やら。考えつくのをありったけつけた感じよ。ほらね?チートでしょ?

 他には、腰に刺した短剣の【卍解もどき】とか。一かすりで全身の細胞構築が分解されて、分子レベルのゼロに戻るらしい。こんなのでどうやって苦労しろと?冒険するには足枷があるけど、それ引いても充分すぎるよ。

 そんなこんなで、やいやいやってたらいつの間にか四時に。次の一時間は暇だから、そこらに落ちて来た望遠鏡を使って街の外を観察。モンスターがいたら弓で射って、いんちきな経験値稼ぎを。こんなの何日もやってられるか。

 そこからは街に降りたり、クレティアをからかいにいったりでなかなか楽しい何時間かだった。午後八時には祭りが始まるから、もう帰れとの命令が。日当もらって笑顔でギルドへ。いくらか知らないが、まぁ、多分三千円分くらいあればいい方だろ。バイトした事ないし知らんけど。

 すっかり空は暗いのに、街の中は活気がいっぱいだ。そこいらで灯がともされてやかましいくらい。外国である夜市のような賑わいに、俺の心は踊りに踊っていた。それはもう、今日もらったぶんを使い切らんと言わんばかりに。

 誘惑の匂いが俺の鼻に浸入し、焼けた肉を連想させる。香ばしい皮と、口溶けまろやかな赤身。ちらりと見る。そこでは見たことないモンスターが、ケバブの要領で焼かれていた。じゅるりなんてもんじゃない。なに肉なんだろう。どんな味?見た目は鳥っぽい。

 更に目立つは、そこいらから溢れ出ている酒の香りだ。と言っても、日本酒なんかの癖のあるやつじゃなくて、もっとフルーティーな。ついつい未成年なのに飲みたくなる。いや、異世界だから法律なんて関係ないか。ほら、小さい子も呑んでるしね。

 でもぐっと心を抑え、なんとか寄り道をせずにクレティアの所までは頑張ろう。旅の資金は多いほうがいいもんな。そう思ってギルドに着く。扉を開ける。するとそこには……。

「おぉ!遅かったなスバル!もう始まっておるぞ!」

「やっと帰ってきたかバル公!初クエストだったんだってなぁ?どうだ?上手くいったか!」

「あぁ……、気にしないでください。この人たち酔ってますから」

 足取り軽く入った俺を出迎えてくれたのは、すっかり出来上がったクレティアに、顔をゆでだこにしたガディ。そして完全素面のフィルさんだ。しかも中には、まだまだ赤飯みたいな顔した親父がいやがるじゃねぇか。

「おぉ!スバルじゃねぇか!おら!新人は一気って決まってんだよ!はよ来い」

「大丈夫よぉん!まだなにも入ってないから!安心しなさぁい!」

「おいスバル!俺と勝負しようぜ!勝った方が今夜クレティアさんと!」

「はぁん?ならワシが直々にやってやるわ!死ぬなよジータァ!」

「うおおっ!でたっ!クレティアさんの【踊る女神の樽喰らい《ダンシング・クレティア》】!」

 それまでは、家に帰れば親がいて、飯なにする?なんて聞いてきて。なんでもいいって答えたら、あっそ、なんて言ってきた。友達と飯食いに言った時なんかは、注文してくれるやつとか、やたらお好み焼き仕切るやつがいたな。まぁ、いつも三人しかいなかったけど。

 何だろう。俺はちょっと、震えていた。体の奥から何かが飛び出してきそうで。それは俺の中で燻っていて。今まで、我慢してたんだろうか。

 馬鹿騒ぎする連中に、はよ来いと怒られる俺。とてもあんな酔っ払いの渦中に飛び込みたくなんてない。絶対いやだ。絡まれるから。

 なんて、昔の俺なら思うんだろうな。もっと時間かけて順応してくもんだと思ってたよ。けれど、それは俺の勝手な思い違いだったんだ。

 まだ先のことなんてなにも視れてないのに。帰った時のことばかり考えて、こっちのことをなにも考えてなかった。バカだったな、俺。

 ここにもこんな楽しいことがあるじゃないか。メンバーだって、そりゃ最高とは言えないさ。でも、クラスのやつなんかより、よっぽど。だからなんだろう。俺は気づくと、今日持ち帰ったバイト代を掲げて叫んでいた。

「おっしゃぁぁ!!つまみもってこいやごるぁぁ!!」

 呑む。喰う。騒ぐ。今日が祭りでよかった。どんなに泣きそうでも、酒のせいにできるから。

 生まれて初めて飲んだ、ビールっぽい酒の味。炭酸が強くて、俺でも飲みやすい。ちょっと苦くて大人の味。

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