第2話 俺と神器と異世界女神

「……成功、だよな?」

 一瞬の光の後、俺が目を覚ますとそこはもう異世界。と言うことはなく、まだ部屋の中だった。まぁ、当たり前だよね。部屋ごと行ったわけだしね。

 まず手始めに状況確認を。そう思って外を見る。

 無限に広がるような空と、どこか懐かしいような雲の色。間違いなく日本じゃない。そう思えた。そして目を落とす。絶望した。

「……うそだろ……」

 そこには大量のモンスターが湧いていた。なに?俺初期リス地点が湧き地なの?そこらへん考えてくれなかったの?

 スライムと思しき丸くて可愛いそれは、やんちゃにも部屋をげしげし攻撃して。なかなか壊れない家に腹を立てたのか、みんなが一丸となって、つか本当に集まって、巨大なキング的なスライムになった。

「……やばくね?」

 体重200キロとかありそうなそれは、俺を確実に踏み殺すために助走をつけて。走ってきた。

 なんなの?この世界、そんな人間嫌われてんの?普通もうちょっとーー。

 心の中でツッコんでいても、スライムは止まらない。やばい。俺の危険信号がそう告げた。神様の部屋。頑丈さはどうだ?不安だ。だって主がアレだから。

 迫り来るスライムに、生まれて初めて恐怖を覚え。咄嗟の判断で、俺は近くにあった神器に手を伸ばしていた。

 神器【ゲイ♂ボルグ】雄へのダメージが二倍になる、一撃必中の槍。投げると戻ってくる。

 最悪だ!そう思いながらも、俺はそれを投げていた。ガラスを簡単に突き破り、大気を切り裂き、槍はスライムを貫いた。

 がっぽり大きな穴を開け、一撃で絶命させてしまう。勝手に手に戻ってきて、ちょっと格好つけてくるくるしてみた。

「……こりゃ勝てるわ」

 初めて神器で敵を倒し、出てきた感想はそれ。だってずるいもん。

 スライムの残骸が地面に染み込むのと同時に、俺には実感が湧き上がってきた。異世界に来ての楽しさとか、高揚感とか。そんなのが。

 だだっ広い平原に、生えてる草や花は見たことがないものばかり。匂いは、そう。フィンランドみたい。行ったことないけど。多分そんな感じ。

 まず俺がすべきなのは、神様を見つけ出すことだ。

 家の外に出て、周りを気にしつつ息を吸う。澄んだ空気が肺に入ってきて、なんかめっちゃ気持ちいい。これが異世界か。

 憧れの地の一歩。それは小さくて、でも俺にとっては大きくて。昔のことを記憶の隅に残して、俺は進む道を決めた。

「……どうすっかな、これ」

 背後を振り向き、ちょっと思考停止。四畳半とはいえ、持ち運べる大きさじゃない。でも置いてけない。

「なんかないかなー」

 神様のところなら、きっとなんかある。そんな安易な考えで、俺は部屋を探した。そして見つけた。都合のいい神器を。

 神器【五次元袋】なんでも入る袋。出すのは本人の意思で。

 危ねぇ危ねぇと思いつつ、神器全てをそこに放り込む。使えそうな服一式と短剣だけ装備して、いかにも初心者冒険者といった格好になった俺。ちょっと自分に酔いそう。

 最後に家まで袋に詰めて、さぁ始めるは異世界ライフ。街がどこかは知らないが、適当に歩いてれば着く。とりあえず川を見つければ一安心。

 そう思って、ピクニック感覚で草原を歩いていた。異世界と言っても、全てが敵対してくるわけじゃない。鳥とか虫とかは普通だし、むしろ可愛いし。

 そうやって歩いていると、誰かの叫び声が聞こえた。女の子で、多分若い。

 今の俺は最高に調子に乗っている。だから行かないはずがなく。気づけば、速攻で声の方へ向かっていた。

「誰かぁぁ!!」

 目標を視認。どうやら魔物に襲われてるよう。

 必死に駆けつけて、そして俺は言った。

「安心しろ。俺が君を助ける!」

 予定なら、ここで助けて惚れられる予定。だって簡単だろ?ん?異世界はハーレムって決まってんだよ。

 下心満載で、結構格好つけて。女の子とモンスターの間に入り込む。敵は体長2メートルほどのオークと、ゴブリンの群れだ。うら若き乙女を襲うとは。万死に値する。

 五次元袋に手を突っ込んで、そこにあったのを手に取った。瞬間、オークたちがうねり声をあげて突進してきた。だが焦らない。俺は手に取ったその神器を知っているから。

「喰らえ!ゴッドカリバー!!」

 眩い光とともに、剣を引き抜き振り払う。爆音と荒れ狂う風とともに、オークたちは完全に消滅した。

 三秒溜めれば地を切って、六秒溜めれば海を裂いて、九秒溜めれば天を絶つ。それが神器【ゴッドカリバー】だ。

「……大丈夫?」

 剣を袋に戻して、少女の方を振り返る。戦慄した。

 俺と同じくらいの歳の人。だけど顔は良すぎるくらい。芸能人とか、そんなの比べ物にならない。銀色の髪はさらさらで、碧い眼は吸い込まれそうで。神の芸術のような四肢は、どこを見ても完璧で。

 そんな美少女が、俺の前にいた。

「……あ、ありがとう、ございます」

 深々と頭を下げ、少女は礼をあらわに。その仕草も可愛かった。うん。百点。

「……強いですね。すごい」

「いろいろ守るために、結構鍛えましたから。それであなた助けれたし、なんか、僕も嬉しいです」

 嘘だ。ははん。さあこいチョロイン。俺は否定なんかしないぞ。でも安易に手を出さないぞ。ハーレム築いて、じじい見つけ出して。それまでは好きにしたっていいじゃない。

 俺のキザな台詞にあてられたのか、少女は手を取った。冷たい。柔らかい。最高。

「……あの、俺、冒険者してて。ここらへん来たの初めてで、国探してるんですよ。良かったら連れてってくれません?」

「…………クレティアです」

「……スバルです」

 なんか最高の出会い果たしちゃった系だろうか。うん。そうに違いない。きっとこれから街へ行き、ギルドへ登録し、英雄ともてはやされるんだ。そうなりゃじじいの耳に入るのも早かろう。

 クレティアはまだ俺の手を握ったまま、下を向いたまま肩を震わせていた。泣いているのだろうか。きっと、見られるのが嫌なんだろう。

「……安心してください。何があっても、絶対守りますから」

 はい来たよこれ。完璧じゃない?

 俺が爽やかに、無駄に格好つけてそう言うと、クレティアはより一層肩を震わせてた。ふるふると。小刻みに。そして次第に大きくなって、遂には噴き出した。

「ぶぇっへっへぇ!!ばっかでーい!守ってやるよ、だぁ?はぁん?人の神器勝手に使いよって!何が鍛えましたじゃクソガキぃぃ!」

 一瞬理解できなかった。けど、妙にイラつく「はぁん?」で気づいた。気づきたくなかったけど。

 はっきりと顔を見る。すると、クレティアの額には、化粧と髪で隠された『肉』の印があるではないか。

「……惚れた?なぁ?ワシに惚れた?旅始まったと思ったじゃろ?はぁん!はぁん!甘いわボケェ!」

 顔に似合わない言葉遣い。汚ねぇ言動。もう分かっていた。こいつが、じじいの転生した姿なのだと。

「…………死ねじじい!」

 見られた!聞かれた!恥ずかしい!死にたい!でも殺したい!

「……まぁ、冗談はさておき、お前も来てしまったのか」

「お前復活させれば、担当の人に会いに行けるかと思ってな。思ったより早くあえてよかったわ」

 もう、あれだ。切り替えてこ。じゃないと死にたくなる。なんかじじいも妙に真面目だし。

「そうか……。それはすまんの」

「いや、俺が戻るためだし」

「……だが、ワシが黄泉返るためには魔王の討伐が必要じゃ。そう世界に定められておる」

「……いけるだろ。神器もあるし」

「……ワシは宿屋で看板娘を……」

「一緒に来いよ?」

「……くぅ。仕方ない」

 じじい言葉の美少女と、チートを持って来た高校生。こんなので世界が制覇できるほど、異世界は甘いのだろうか。

 そんなのはどうでもいい。俺が求めるのは、生きて元の世界に帰ること。だから魔王も他もすぐぶった切って、一瞬で終わらしてやる。

 新緑が香る異世界の春。一人の勇者が、世界に落とされた。

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